第28話 また間違ってないか?
「はぁー……楽しかったぁ」
沙奏はカフェのソファへ深く腰掛け、満足そうに息を吐いた。
ゲームセンターで取った二体のちょんまりんは、大きなビニール袋に収まり、沙奏の足元に置かれている。
テーブルに載っているのは、生クリームがこれでもかと盛られ、チョコソースまでたっぷりとかかった、やたらと甘そうなドリンクだ。
沙奏はストローを咥え、幸せそうに頬を緩めていた。
「ん~っ、おいしい……」
「…………」
見た目だけなら、優雅にブラックコーヒーでも飲んでいそうなのだが。
俺は隣でコーヒーを一口飲む。
ゲームセンターを出た俺たちは、少し休憩しようと近くのカフェへやってきていた。
「ゲームセンターって、あんなに楽しいところだったんだね!」
「姉唐さんなら、どこへ行っても楽しめそうなものだが」
「そんなこと……ないよ」
沙奏はそう言うと、そっとドリンクをテーブルへ置いた。
「こんなに自分をさらけ出して、思いっきりはしゃいだの……久しぶりだもん」
「そうなのか?」
「うん。私ね……小学生の頃から、ずっと自分を隠してきたの」
ぽつり、ぽつりと話し始める。
「背も周りの子より高くて……発育も早くて。一人だけ、クラスの中で浮いてた」
沙奏は、自分の胸元へ視線を落とした。
「でも私、みんなが着ているような可愛い服が好きだったの。フリルのついたスカートとか、可愛いキャラクターとか……今だって、ちょんまりんみたいなのが大好き」
そう言って、袋の中のちょんまりんへ目を向ける。
「でもね……だんだん、そういうものは私に似合わないって言われるようになったの。子どもっぽいとか、変だとか……気持ち悪いとか」
沙奏は困ったように笑う。
「好きでこんな見た目になったわけじゃないのに、ね」
「姉唐さん……」
「それから、自分の好きなものを口にするのが怖くなった」
沙奏は俯いたまま、ストローの袋を指先で弄ぶ。
「だから、逆にみんなが思ってる私になっちゃえばいいって思ったの」
「みんなが思ってる姉唐さん……」
「うん。大人っぽくて、余裕があって……男の人の扱いにも慣れてる、『お姉さん』」
沙奏は深く息を吸い、ゆっくりと目を閉じる。
再び瞳を開いたとき、その口元には艶やかな微笑みが浮かんでいた。
「ふふっ……男の子が考えていることなんて、お姉さんには全部分かるのよ?」
「…………」
初めて見たときの……沙奏だ。
だが、その笑顔はほんの数秒も続かなかった。
「……なんてね」
すぐに表情が崩れ、沙奏は寂しそうに目を伏せた。
「そうやって演じて、嘘に嘘を重ねてるうちに……いつの間にか、本当の私とは正反対になっちゃった」
恋愛経験豊富で、男の扱いにも慣れている。
そんな『姉唐沙奏』が、周りの中で勝手に出来上がってしまった。
「気づいたときには、もう手遅れだったの」
沙奏は脚をぶらぶらとさせる。
「『本当は恋愛経験なんてない』『可愛いものが大好き』って言っても、みんな笑うだけだもん。『沙奏さんがそんなわけないじゃん』って」
沙奏は膝の上で、両手をぎゅっと握った。
「……私だって、みんなと同じ普通の女の子なのにね」
「姉唐さん……俺は——」
「いいの」
沙奏は小さく首を振った。
「伊阪利ちゃんのおかげで、吹っ切れたから」
「吹っ切れた?」
「今日、伊阪利ちゃんと一緒にいて……思いっきりはしゃげたから」
「姉唐さん……」
「だから、もういいの」
「もういい?」
「うん。最後に素の私で思いっきり楽しめたから、もう満足」
その言葉とは裏腹に、沙奏はどこか寂しそうに笑っていた。
そして、意を決したようにソファから立ち上がる。
「これからは、ちゃんとしたお姉さんになる。見た目だけじゃなくて、中身まで大人の余裕に満ちた、本物のお姉さんに」
沙奏は照れくさそうに笑う。
「ありがとね、伊阪利ちゃん」
「…………」
その笑顔は、今まで見てきたどんな妖艶な微笑みよりも眩しく見えた。
けれど、その言葉が胸に引っかかり、俺はすぐに返事をすることができなかった。
——それからしばらくして。
少しずつ空が暗くなり始めた頃、俺たちはぱなえと合流した。
「沙奏さん、デートどうだった?」
「すっごく楽しかった!」
「おっ?」
「ほんと……夢みたいな時間だった」
「……夢みたいな、ね」
ぱなえが意味ありげに俺を見る。
「なんだ、その顔は」
「べっつにー?」
沙奏は二体のちょんまりんが入った袋を、大事そうに抱える。
「でも……これ以上、伊阪利ちゃんとぱなえちゃんに頼ってちゃダメだと思うの」
「……姉唐さん」
「私一人の力でやってみる」
そう言って沙奏がぱなえにお願いし、俺たちはこの街でも有名なナンパスポットへやってきた。
「本当にやるの? 沙奏さん」
ぱなえが先ほどまでとは違う、真剣な表情で尋ねる。
「うん」
沙奏は力強く頷いた。
「私……本物のお姉さんになりたい」
「…………」
「男の人の一人や二人くらい、余裕で手玉に取ってみせるの!」
そう宣言すると、沙奏は俺たちから離れ、一人で人通りの多い場所へ歩いていった。
「沙奏さん……ほんとに大丈夫かな?」
俺とぱなえは少し離れた物陰に隠れ、沙奏の様子を見守る。
「…………」
本当に……これでよかったのだろうか。
沙奏は今、自分を変えようとしている。
たくさん悩んで、それでもなりたい自分になるために頑張っているんだ。
その覚悟に、俺が口を挟むべきじゃない。
そう自分に言い聞かせながら、沙奏の背中を見つめる。
そして——。
沙奏がそこに立ってから、ものの数十秒。
「ねえ、お姉さん。マジでイケてるね。一人?」
早速、一人の男が声をかけてきた。
「…………」
見た目は、いかにも遊び慣れていそうな男だ。
だが顔立ちは整っており、背も高い。
年齢も、俺たちより少し上に見える。
「もう声かけられるとか、早っ。さすが沙奏さん……」
隣で、ぱなえが感心したように呟く。
「…………」
その言葉を聞きながら、俺は沙奏と男の姿をじっと見つめていた。
なぜだろう。
胸の奥が、少しだけざわついていた。




