第26話 普通にしてればいいのに
「まあ、アタシにも責任あるしね」
ぱなえは腰に手を当て、大きく息を吐いた。
「責任?」
「沙奏さんをいざっちに紹介したの、アタシじゃん? 『ハーレムにおすすめの爆美女がいる』なんて、無責任なこと言っちゃったし」
「ぱなえちゃん……」
「だから——」
ぱなえが自分の胸を、ぽんっと叩く。
「ここはアタシが、一肌脱ぎますか!」
「ぱなえが脱ぐだと!?」
「いや、そこに食いつくなって!」
即座に怒られた。
「沙奏さん一人でもういっぱいいっぱいなんだから、これ以上ボケを増やさないでもらえる?」
「すまない。ぱなえが来てくれて、つい安心してしまった」
「もう、いざっちってば……」
ぱなえは呆れたようにため息をつくと、改めて沙奏へ向き直った。
「それで、沙奏さん」
ぱなえの声が、少しだけ真面目なものに変わる。
「変わりたいって言ってたけどさ。ぶっちゃけ、どんなふうになりたいの?」
「……どんなふうって?」
「今のお姉さんキャラをやめて、素の自分を出せるようになりたいのか。それとも——」
ぱなえが沙奏を上から下まで眺める。
「中身の方を見た目に追いつかせて、本物のお姉さんになりたいのか」
「後者ね」
「即答じゃん」
「だって、私の見た目は変えられないもの!」
沙奏は勢いよく立ち上がった。
「それに……私、この見た目自体は嫌いじゃないの」
「そうなの?」
「ええ。だったら、中身の方を変えればいいのよ!」
沙奏は胸の前で、ぎゅっと両手を握る。
「見た目だけじゃなくて、中身まで大人の余裕に満ちた——完璧なお姉さんになるの!」
つい先ほどまで床にうずくまっていたとは思えないほどの意気込みだ。
「姉唐さんには、かなり無理があると思うが……本人がそうしたいなら仕方ないか」
「ちょっと! そこは応援してよぉ!」
沙奏が頬を膨らませる。
「じゃあ、いざっちは沙奏さんのこと、どう思う?」
ぱなえから突然、話を振られた。
「そうだな……」
改めて、沙奏の全身をじっと見つめる。
「……そんなに見られると、恥ずかしいよ」
「まず、お姉さんらしく振る舞おうとしているのは分かる。だが、少し極端すぎないか?」
「…………え?」
沙奏の表情が固まった。
「俺も本当のお姉さんがどういうものかは知らん。だが、大人っぽい女性だからといって、いきなり男を誘惑したり、下ネタばかり口にしたりするわけじゃないだろう」
「そ、そんな……!」
沙奏が目に見えてショックを受ける。
「いや、少し考えれば分かるだろ」
「だって……ネットで調べたら、そういうお姉さんがたくさん出てきたんだもん……」
「ネットを基準にするな」
隣で聞いていたぱなえも、深く頷いた。
「それはアタシも思ってた」
「ぱなえちゃんまで……?」
「なんていうかさ、沙奏さんのお姉さんキャラって、ちょっとやりすぎなんだよね。セクシーを通り越して、たまに白々しいっていうか」
「白々しい!?」
沙奏が胸を押さえ、よろよろと後ずさった。
「うぅ……私が今まで必死に築き上げてきたものが……」
「まあ、それでもみんな信じちゃうんだけどね」
「……本当?」
「うん。だって沙奏さん、圧倒的にビジュが強いもん」
「ビジュ……」
「その見た目で余裕たっぷりに『ふふっ』なんて笑われたらさ。こっちも『大人の女ってこういうものなのかな』って納得しちゃうっていうか」
なるほど。
多少の不自然さがあったとしても、この圧倒的な見た目が、すべてに説得力を持たせてしまうのか。
「うーん……」
ぱなえは腕を組み、沙奏をじっと観察する。
「かといって、いきなりお姉さんぶるのをやめたら……今までとの差がありすぎて、それはそれで不自然なんだよね」
「素の私って、そんなにひどいの……?」
「…………」
余裕たっぷりに男を誘惑する沙奏。
床に座り込み、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくる沙奏。
確かに、落差があまりにも激しい。
沙奏には中間というものがないのだろうか。
「だったら、まずは——」
ぱなえが何かを思いついたように、俺を指差した。
「いざっちで、男って生き物をちゃんと知るところから始めればいいんじゃない?」
「俺でか?」
「そ。沙奏さんの男に関する知識って、ほとんどネット仕込みなんでしょ?」
「……うん」
「だったら、実際に男と話したり、一緒に過ごしたりして、現実の距離感を知るのが一番っしょ」
ぱなえは、にっと笑った。
「しかも、いざっちはもう沙奏さんの素を知ってる。今さら格好つける必要もないし、練習相手にはちょうどいいじゃん」
「なるほど……」
沙奏が、まじまじと俺を見つめる。
「伊阪利ちゃんで……練習……」
「…………」
なぜだろう。
ものすごく嫌な予感がする。
◇◇◇◇◇
放課後、ぱなえの提案により、俺たちは学園を出て街までやってきていた。
「じゃ、あとは二人で適当にデートしてみて」
「デート!?」
沙奏が驚いたように声を上げる。
「そ。男のことを知りたいなら、実際に二人きりで過ごしてみるのが一番っしょ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
沙奏が不安そうに、ぱなえを見る。
「ぱなえちゃんは一緒じゃないの?」
「アタシがいたら練習にならないじゃん。変わりたいんでしょ? いつまでも甘えないの」
「…………」
沙奏は少し迷ったあと、小さく頷いた。
「……分かった。私、やってみる」
「その意気、その意気!」
ぱなえは嬉しそうに笑った。
「あと、沙奏さん。一つだけルールね」
「ルール?」
「困ったからって、いつものセクシーお姉さんモードに逃げちゃダメだよ」
「うっ……」
沙奏が、分かりやすく言葉に詰まる。
「それじゃ、今までと何も変わらないっしょ? 今日は素の沙奏さんのまま、いざっちと過ごしてみること」
「素の私で……」
「そ。いざっちはもう全部知ってるんだから、今さら取り繕う必要もないじゃん」
「…………」
沙奏が、ちらりと俺を見る。
目が合った途端、慌てたように視線を逸らした。
「……分かった。頑張ってみる」
「よし!」
ぱなえは満足そうに頷くと、今度は俺の肩をぽんっと叩いた。
「んじゃ、あとは頼んだよ、いざっち」
ぱなえはひらひらと手を振ると、そのまま人混みの中へ消えていった。
「…………」
「…………」
残されたのは、俺と沙奏の二人だけ。
ちなみに、俺はこれまで一度もデートをしたことがない。
大丈夫なのか、これ。
こうして——。
俺と沙奏の、奇妙なデート練習が始まった。




