第20話 仲直りできるな?
「死ね! 死ね死ね死ね! 全部アンタのせいよ!」
「お、落ち着いてくれ、照華さん!」
「アンタがいなかったら、なじみと喧嘩なんてしなかったのに!」
俺が蹴られた腹を押さえながら立ち上がると、玖詩は泣きながら胸をぽかぽかと殴ってきた。
「アンタのせいで、なじみに嫌われたじゃない!」
「いや、まだ嫌われたとは——」
「嫌われたわよ! あんなこと言っちゃったんだから!」
大粒の涙をぼろぼろと零しながら、玖詩は俺の胸にもたれかかってきた。
「全部アンタが悪い! この変態! 発情害虫!」
「発情害虫、気に入ってるのか……」
「うるさい! 死ねぇ!」
再び拳が胸に当たる。
けれど、さっきまでのような勢いはなかった。
俺を殴りたいというより、行き場のない感情をぶつけているだけなのだろう。
「……照華さん」
「なによぉ……!」
玖詩が顔を上げる。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、俺を睨んでいた。
おかげで、俺の制服までぐっしょりだ。
「なじみのことが、本当に大切なんだな」
「…………っ」
ぴたりと、玖詩の拳が止まった。
「知ったようなこと言わないでよ」
「俺も、なじみが大切だからな。だから、なんとなく分かるんだ」
「アンタなんかより私の方が、なじみのこと大事に思ってるわよ」
「そうかもしれない」
「…………え?」
玖詩が少しだけ目を見開く。
「でも、本当に大切に思ってるなら、なじみにあんな悲しい思いをさせないでくれ」
玖詩は何も言い返せず、俯いた。
「なじみには、照華さんからちゃんと謝ってもらったと伝えておく」
「……は?」
「それなら、なじみも納得するだろ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 私、アンタに謝ってなんか——」
「分かってる」
「…………」
「だから、俺がそういうことにしておく」
玖詩が呆気に取られたように俺を見る。
「もう一人でそんなに泣くな。なじみだって、照華さんと喧嘩したままなのは嫌なはずだ」
俺はそれだけ告げると、玖詩に背を向けた。
その場を立ち去ろうとした——そのとき。
制服の裾を、くいっと引かれる。
「……まだ何かあるのか?」
「待ちなさいよ……」
振り返ると、玖詩は俯いたまま、俺の制服を掴んでいた。
耳まで真っ赤に染まっている。
「その……悪かったわよ」
「……え?」
思わず聞き返す。
玖詩は誤魔化すように制服から手を離し、両腕を組んで顔を背けた。
「だから! アンタのことを、何も知らないのに……ひどいこと言って、悪かったって言ってるの!」
「照華さん……」
「アンタなんかに借りを作るの、死んでもごめんなんだから!」
「…………」
照華玖詩。
見た目は文句なしの美少女。
プライドが高くて、口も悪い。
理不尽なうえに、すぐ手も出る。
なのに——。
なじみに嘘をつくのが嫌で、こうしてちゃんと自分の非を認めて謝った。
「なんだ……可愛いところもあるじゃないか」
「はあ!?」
玖詩の顔が、さらに赤く染まった。
俺はますます、照華玖詩という女の子に興味が湧いてきた。
◇◇◇◇◇
翌朝。
「なじみ、少しいいか?」
「槍田くん?」
俺は登校してきたなじみを呼び止めた。
「昨日の照華さんのことなんだが」
「…………」
なじみの表情が曇る。
「照華さんには、ちゃんと謝ってもらったぞ」
「……本当?」
「ああ。俺のことを悪く言いすぎたってな」
「あの玖詩ちゃんが……」
なじみは少し安心したように息を吐いた。
「だから、もう昨日のことは気にしなくていい」
「ううん。そういうわけにはいかないよ」
「なじみ?」
「私も、ひどいことを言っちゃったから。嫌いになるなんて言って脅すのは、友達にすることじゃないよ」
なじみは申し訳なさそうに俯いた。
「昨日は槍田くんのことをあんなふうに言われて、悔しくて……。私も玖詩ちゃんを傷つけるようなこと、言っちゃった」
「なじみは、俺のために怒ってくれたんだろ?」
「……そうだけど」
「俺は、すごく嬉しかった」
「槍田くん……」
「それに、なじみが照華さんを本気で嫌いになったわけじゃないことくらい、俺にも分かる。ちゃんと伝えれば、照華さんにも伝わるさ」
「…………」
なじみが小さく頷いた。
「照華さんのことは嫌いか?」
「……もちろん嫌いじゃないよ。玖詩ちゃん、大切なお友達だもん」
「なら全く問題ないな」
「え?」
「二人なら、きちんと話せばすぐに仲直りできる」
俺は自分の席から立ち上がった。
「というわけで、今日の昼休みは空けておいてくれ」
「……何をする気?」
「安心しろ。すでに照華さんとは話をつけてある」
「ええっ!?」
◇◇◇◇◇
俺はなじみと照華さんを連れ、昼休みに開放されている屋上へやってきた。
「…………」
「…………」
無言のまま、それぞれ弁当を広げる。
玖詩は先ほどから落ち着かない様子で、何度もなじみを見ては、すぐに視線を逸らしていた。
「あ、あの……なじみ」
「うん」
「昨日の、その……私……えっと……」
「玖詩ちゃん」
「な、なに?」
なじみは弁当を脇へ置いて立ち上がると、玖詩へ歩み寄った。
そして——。
「えっ……?」
そのまま、玖詩の身体をぎゅっと抱きしめた。
「ごめんね、玖詩ちゃん」
「な、なじみ……?」
「嫌いになるなんて言って……ごめんね」
「…………」
「私、玖詩ちゃんのことを嫌いになんてならないから」
「…………っ」
玖詩の顔が、くしゃりと歪んだ。
「なじみぃ……!」
玖詩も、なじみの背中へ両腕を回す。
「私こそ……ごめんなさい……! あんなひどいことを言って……!」
「ううん……」
「なじみは、こんな私とずっと友達でいてくれてるのに……私、また……っ」
「大丈夫だよ」
なじみが、玖詩の頭を優しく撫でる。
「これからも、ずっと友達だよ。玖詩ちゃん」
「……うん……!」
「…………」
よかった。
どうやら、俺が口を挟む必要はなかったらしい。
二人が抱き合う姿を見ているだけで、なぜか俺まで目頭が熱くなってきた。
「うう……うぅ……」
「ちょっと、なんでアンタが一番泣いてんのよ」
「美少女二人が仲直りする姿……あまりにも感動的だ!」
「槍田くん、私たちは見世物じゃないんだけど」
なじみは呆れたように笑うと、俺の弁当へ箸を伸ばした。
「見物料として、おかず一つもらうね」
「あっ!」
大切な唐揚げが無慈悲にも奪われ、そのままなじみの口へ運ばれていく。
「俺の唐揚げが!」
「じゃあ、私はこれにするわ」
今度は玖詩が、俺の紙パック飲料をひょいと奪った。
「おい、それは——」
止める間もなくストローを差し込み、一口飲む。
「…………」
「どうだ?」
「マズッ!」
玖詩が盛大に顔をしかめた。
「なによ、これ! ものすごくまずいじゃない!」
「黒酢抹茶ドリンクだ。健康にいいと思ってな」
「変なもの飲んでんじゃないわよ!」
いや、勝手に飲んだのは玖詩だろう。
中身の残った紙パックが、こちらへ投げ返される。
「おっと!」
俺は両手で、どうにか受け止めた。
「まったく。もったいないことをするな」
俺はそのまま、ストローへ口をつけた。
「…………」
「まあ、確かに美味しくはないが……良薬は口に苦しと言ってだな」
「…………アンタ」
「なんだ?」
「それ……私が口をつけたストローなんだけど」
「そうだな」
「な、なななななっ……!」
玖詩の顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。
「なんで平然としてるのよ!」
「別に、飲み物を返してもらっただけだろ?」
「今すぐ吐きなさい! 私が口をつけたところに、そのまま口をつけるなんて、ありえないでしょ!」
「今さら吐いたところで、手遅れだろ」
「うるさい! 死ねぇぇぇっ!」
玖詩が真っ赤な顔で殴りかかってくる。
「や、やめろ! 話せばわかる」
「滅べ、間接キス魔!」
俺は玖詩の拳を避けながら、屋上を逃げ回った。
「ちょっ……玖詩ちゃん……あはははっ!」
なじみはそんな俺たちを見ながら、腹を抱えて笑っていた。




