第21話 俺は心配だぞ
「槍田。ちょっと来なさい」
「ん?」
放課後、帰り支度をしていると、玖詩が俺の机の前に立っていた。
「どうした?」
「いいからついて来なさいよ!」
相変わらず強引だ。
玖詩はそれだけ言うと、俺の返事も待たずに教室を出ていった。
「…………」
女子から放課後に呼び出される。
となれば、考えられる可能性は二つ。
決闘か。
あるいは——告白だ。
どちらも十分あり得るな。
俺は鞄を手に取ると、玖詩のあとを追った。
連れてこられたのは、屋上だった。
玖詩は屋上が好きなのか?
「それで、何の用だ?」
「…………」
玖詩は俺に背を向けたまま、何も言わない。
「照華さん?」
「…………」
「部活はいいのか? なじみはもう向かったぞ」
「分かってるわよ!」
玖詩は落ち着かない様子で金髪ツインテールをいじりながら、しばらく黙り込んでいた。
やがて意を決したようにこちらに視線を向ける。
「その……昨日と今日のことよ」
「昨日と今日?」
「分かるでしょ!」
いきなり怒られた。
「一応……お礼、言っておこうと思って」
「お礼?」
「だ、か、ら!」
玖詩の頬が、ほんのりと赤くなる。
「なじみと仲直りできたの……アンタのおかげでもあるから……」
そして、消え入りそうな声で——。
「その……ありがと」
……可愛い。
「…………」
「な、なによ」
「いや。本当になじみのことが好きなんだなと思って」
「そりゃ……好きに決まってるわよ」
玖詩の表情が、ふっと柔らかくなった。
「なじみって優しいし、誰にでも分け隔てなく接するでしょ? それに、テニスをしてるときはすごくカッコいいの」
「分かるぞ。それでいて、笑った顔は最高に可愛い」
「そうなの! なじみの笑顔って、見てるだけでこっちまで明るい気持ちになるのよね」
「間違いないな!」
気づけば、屋上のベンチに腰をかけ、俺たちはなじみの魅力について熱く語り合っていた。
「この前の練習でもね、なじみったらボールを拾うたびにスカートの裾を押さえてたの。見せパンを穿いてるんだから、気にしなくてもいいのに——」
「…………」
玖詩は、こんな顔もするんだな。
俺を睨みつけ、罵声を浴びせているときとはまるで違う。
なじみのことを話す玖詩は、本当に楽しそうだった。
話に熱が入るにつれて身振りが大きくなり、ときには堪えきれないように吹き出す。
屈託なく笑うたび、尖った八重歯がきらりと覗いた。
ああ、この笑顔をずっと見ていたい。
そう思った瞬間、胸に芽生えた気持ちの正体に気づく。
そうか。
俺は——玖詩のことが好きなんだ。
「でも、なんと言ってもなじみは可愛いのよね」
「玖詩……!」
「な、なによ、いきなり」
「確かになじみは可愛い」
「そんなわかりきったこと、今さら——」
「だが、玖詩も負けてないくらい可愛い」
「…………っ!?」
玖詩の顔が一瞬にして真っ赤になった。
「な、なななななっ……何言ってるのよ! しかも、玖詩って気安く呼んでんじゃないわよ!」
玖詩は真っ赤な顔のまま、俺を睨みつけてくる。
俺は玖詩へ身体を向け、まっすぐその目を見つめた。
「俺は玖詩が好きだ」
「…………は?」
「だから、俺のハーレムに入ってくれ」
「はあああああああ!? どこをどうしたら、そんな話になるのよ!」
玖詩は肩で息をしながら、俺を睨みつけている。
だが、もう俺にはそんな姿すら可愛く見えて仕方がない。
「玖詩は乱暴で、口も悪い」
「はあ? 喧嘩売ってんの?」
「だが、大切な人のために本気で怒って、本気で泣いて、本気で笑う可愛い女の子なんだ」
「…………」
「素直になれなくて、思ってることと逆のことを言ってしまう。そんな不器用なところも含めて、俺は玖詩が好きだ」
「わ、分かったようなこと言わないでよ! 気持ち悪い!」
そう吐き捨てながらも、その声にはいつもの勢いがなかった。
「……アンタさ」
「なんだ?」
「なじみのことが好きなんじゃないの?」
「もちろん好きだ」
玖詩がじろりと俺を睨みつける。
「誰彼構わずに好きって言って……ほんと最低ね。なじみが可哀想だわ」
「誰彼構わずではないぞ。なじみも玖詩も、どちらも本気で好きなんだ。そして、二人とも俺が幸せにする」
「意味分かんない!」
「なじみが好きだからといって、玖詩を好きになってはいけない理由にはならないだろ?」
「普通はなるのよ!」
玖詩は頭を抱えた。
「俺は、なじみも玖詩も同じように大切なんだ」
「…………」
「だから玖詩も、なじみと一緒に俺のハーレムに入ってくれ」
「ああもう! 分かったわよ!」
玖詩が勢いよく俺を指差した。
「なじみがいるなら……いいわよ! アンタのハーレムに入ってあげても!」
「おお! 本当か、玖詩!」
「勘違いしないでよね! アンタには興味ないから! なじみが一緒だから入るだけなんだから!」
「そうか! ちなみに、なじみ以外にもハーレムメンバーがいるぞ。みんないい子たちだから、すぐ仲良くなれる」
「なじみ以外の子と仲良くするつもりなんてないから!」
まさか、玖詩が本当にハーレム入りを受け入れてくれるとは。
正直なところ、誘った俺自身も驚いている。
だが、加入してもらう以上——もう一つ確認しておかなければならない。
「あと……玖詩」
「なによ」
「俺は玖詩とおせっせがしたい」
「…………っ!?」
玖詩は耳まで真っ赤に染まり、口をぱくぱくさせた。
「お、おせっせって……アンタと!?」
まずい。
さすがに踏み込みすぎたか。
今にも「死ね!」が飛んでくるものと思い、俺は身構える。
しかし——。
「…………でも、それってさ」
「ん?」
玖詩はなぜか、もじもじと胸元で指先を合わせていた。
「もしかして……なじみも一緒だったりする?」
「もちろんだ」
「…………」
「いずれ開催されるおせっせカーニバルでは、なじみとも共演することになる」
「私が……なじみと……!」
玖詩は両頬に手を当て、ふにゃりと頬を緩めた。
「…………」
「…………」
何を想像しているのかは分からないが、ずいぶん真剣に悩んでいる。
やがて玖詩は顔を真っ赤にしたまま、小さく口を開いた。
「……な、なじみが一緒なら」
「……っ!」
「アンタとのおせっせ……考えてあげてもいいわよ」
「な、なんだと!?」
「勘違いしないでよね! アンタとおせっせしたいわけじゃないから!」
「…………」
照華玖詩。
そこまでなじみに惚れ込んでいるとは。
どうやら玖詩をハーレム入りさせるうえで、なじみという存在は想像以上に大きかったらしい。
しかし——。
なじみが一緒というだけで、おせっせまで受け入れるのはハーレムメンバーとして少々心配だ。
なお、この会話がなじみにバレた結果——。
俺が二人からボコボコにされたのは、言うまでもない。




