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第17話 童貞だが、悪いか?

 学園を飛び出した俺は、ぱなえを探して街中を走り回っていた。


「ぱなえ……どこへ行ったんだ!」


 学園から続く大通り。

 

 駅前。


 商店街。


 思いつく場所を片っ端から探しているが、一向に見つからない。


 そもそも、俺はぱなえのことを何も知らない。


 家がどこにあるのか。


 普段はどこで遊んでいるのか。


 辛いとき、一人でどこへ行くのか。


「くそっ……」


 もっとぱなえのことを知りたい。


 でも、今はまだ何も知らないんだ。


 俺は息を整える間も惜しみ、再び走り出した。


 それから、どれだけ走り続けただろう。


 大通りを抜け、人通りの少ない路地までやってきたときだった。


「…………!」


 見覚えのある派手な金髪が、視界の端に入る。


「ぱなえ……」


 いた。


 ようやく見つけた。


 すぐに駆け寄ろうとして——足が止まる。


「……誰だ?」


 ぱなえは一人ではなかった。


 目の前に、見知らぬ男が立っている。


 俺より頭一つ分は背が高く、がっしりとした体格の男だ。


「だからさぁ、久しぶりなんだし遊ぼうぜ」

「……今日はいいって」

「なんだよ。学園サボって、一人でぶらついてんだろ? 暇してんじゃん」


 男が、ぱなえの肩に手を伸ばす。


「…………」


 なんだ、あいつ。


 胸の奥が、妙にざわついた。


「アタシ……もう、そういうのやめたから」

「はあ? つれねぇな。いい女なのに、もったいねぇって」

「いい女って……」


 ぱなえは自嘲するように、小さく笑った。


「都合のいい女ってことでしょ?」

「何言ってんだよ。そんな格好して、男の気を引いてんだろ?」


 男の視線が、ぱなえの身体を舐め回すように動く。


「アタシは、こういうファッションが好きなの!」


 ぱなえの声が強くなった。


「勝手に決めつけんな。したいなら、一人でしてな」


 肩に置かれた手を振り払おうとする。


 だが——。


「いいじゃん。ちょっとくらい」


 男は逃がすまいと、ぱなえの肩を強く掴んだ。


「ちょ……しつこい。離して……!」


 助けに入らなければ。


 そう思うのに、男の威圧感に足がすくみ、あと一歩が踏み出せない。


「はあ? 勘違いすんなって。別に誰も、お前に本気になったりしねえから」

「……え?」

「自分でも分かってんだろ?」


 男は、当然のことのように笑った。


「顔はいいし、身体もエロい。ノリも軽くて、遊ぶにはちょうどいいんだよ。そこがお前の魅力だろ?」


「…………」


 ぱなえの抵抗が止まった。


 さっきまで男を睨みつけていた瞳から、ふっと力が抜けていく。


「……そっか」


 小さく呟いた。


 まるで、自分自身へ言い聞かせるような声だった。


「そうだったね……アタシ、そういう女だった」

「だろ?」


 男が、ぱなえの腰へ腕を回す。


「お前はそれでいいんだよ。ほら、行こうぜ」

「…………」


 ぱなえは何も言わない。


 ただ諦めたように、男に連れられるまま歩き出そうとした。


「——待て」


 男が振り返る。


「あ? なんだ、お前」


「…………っ」


 睨まれただけで、足が震えた。


 でかい。


 その威圧感で、体格以上に大きく感じる。


 当然だが、俺はこれまで喧嘩などしたことがない。


 怖い。


 正直、今すぐ逃げ出したい。


「いざっち……?」


 ぱなえが驚いたように、俺を見る。


「なんだ? 知り合いか?」


 男は俺とぱなえを見比べると、下卑た笑みを浮かべた。


「だったら、お前にもあとで遊ばせてやるよ」

「…………」


 その言葉を聞いた瞬間——。


 恐怖よりも先に、腹の底から怒りが込み上げてきた。


「ぱなえを、そんなふうに言うな!」


 一瞬、周囲の空気が止まる。


「ぱなえはいい女だ。誰かが遊び半分で、好き勝手に扱っていいような軽い女じゃない」

「…………」

「一生大切にする覚悟がないのなら、今すぐその手を離せ」


 男は苛立たしげに俺を睨むと、ぱなえの腰から腕を外した。


「なんだ? お前、こいつに遊ばれて本気《マジ》になっちゃったタイプかよ」


 男は馬鹿にするように鼻で笑い、俺との距離を詰めてくる。


「いるんだよなぁ、そういう勘違い童貞。悪いことは言わねぇから、失せろよ」


 男が俺を見下ろす。


「やっちまうぞ?」

「…………っ」


 すごい迫力だ。


 心臓は激しく鳴り、足の震えも止まらない。


 それでも、不思議と言葉だけは止まらなかった。


「そうだ。俺は童貞だ」

「は?」

「ぱなえには、ただ遊ばれていただけなのかもしれない」


 それでも——。


「俺が知っているぱなえは、周りのことをよく見ていて、誰かが傷つくことを放っておけない優しい女の子なんだ」

「…………」

「明るく笑っているくせに、自分のことになると、すぐに投げ出そうとする危なっかしい女の子なんだ」


 震える足に力を込め、男をまっすぐ睨み返す。


「だから俺は、ぱなえを大切にしたい。幸せにしたい」

「…………」

「この気持ちだけは、本気《マジ》だ」

「いざっち……」


 ぱなえは、何かを堪えるように俯いた。


「おいおい……聞いたかよ」


 男は呆れたように笑う。


「面白えやつだな。だったら、お前の口から言ってやれよ。勘違いして本気になられて迷惑だってな」


 男がぱなえの背中を軽く叩く。


「……ぱなえ」

「ほんと……迷惑だよ」

「…………」


 胸の奥が、ずきりと痛んだ。


「あははっ! だってよ!」


 男が楽しそうに笑う。


「アタシ、そういうの嫌だって言ったじゃん。それなのに、こんなところまで追いかけてきてさ……」

「…………」

「なじっちたちだっているのに、アタシまで本気だとか……ほんと意味わかんないし」


 ぱなえは俯いたまま、ぎゅっと拳を握った。


「でも……」


 その声が、わずかに震える。


「いざっちの言葉……マジで嬉しかった」

「……ぱなえ」


 ぱなえがゆっくりと顔を上げた。


「アタシ……やっぱ軽い女でなんかいたくない」

「…………」

「遊び相手なんかじゃなくて……アタシだって、誰かの本命になりたい!」


 ぱなえの目には、涙が浮かんでいた。


「だったら、俺と学園に戻るぞ」

「……え?」

「急げば、まだ六限には間に合う!」


 俺はぱなえへ手を伸ばした。


「はあ? 何言ってんだよ! こいつは今から俺の——」

「うっさい! クズ男っ!」

「ぐはっ!?」


 ぱなえの蹴りが、男の股間へ見事に突き刺さった。


 男はその場に崩れ落ちる。


「いざっち!」


 ぱなえは迷うことなく、俺の手を握った。


「走るぞ!」


 二人で手を取り合い、その場から駆け出した。


 人気のない路地を抜けていく。


「ちょっ! いざっち、逃げてんのに足遅すぎて、草!」

「はぁ……はぁ……俺は喧嘩も運動も苦手なんだ!」

「あはははっ! 喧嘩もできなければ、逃げ足も遅い。それでよく飛び出したね、マジでウケる!」


 ぱなえは俺の手を引きながら、楽しそうに笑っている。


 さっきまで浮かべていた涙を吹き飛ばすような、明るい笑顔だった。


「もう一度言う! ぱなえ、俺のハーレムに入ってくれ!」

「…………」


 ぱなえから返事はない。


 それでも、繋いだ手は離れなかった。


「ぱなえ?」

「それってさ……」


 走りながら、ぱなえがちらりと俺を見る。


「アタシも……本命ってこと?」

「当たり前だ!」

「…………っ」


 ぱなえが目を見開いた。


「なじみも、紀律も、走琉も、ぱなえも。俺にとっては、嘘偽りなく全員が本命だ!」

「ほんっと、それ意味分かんない」

「ああ! よく言われる!」


 ぱなえは呆れたように笑った。


 だが——。


 握られた手に、少しだけ力が込められる。


「……でも、なんとなくいざっちのこと、分かった気がする」


 ぱなえは前を向いたまま、少し照れくさそうに笑った。


「いざっちのハーレム……悪くないかもって思っちゃった」

「ぱなえ……」

「この前、言ってたじゃん。みんなでハッピーエンドを迎えるんだって」

「ああ」

「アタシもさ……それ、一緒に見てみたくなった」


 ぱなえが、俺の手をぎゅっと握り返す。


「俺も、もうぱなえのいないハッピーエンドなんて考えられない」

「…………っ」


 ぱなえの頬が、ほんのりと赤く染まった。


「じゃあ……絶対にアタシもハッピーにしてよね?」

「——もちろんだ!」


 俺は迷うことなく、力強く答えた。

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