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第16話 俺はもっと知りたい

 昼休みに入ると、俺はすぐにぱなえのもとへ向かった。


「お、いざっちじゃん。どしたの?」


 ぱなえは、いつもと変わらない明るい笑顔で俺を迎えた。


「少し話がしたい。昼、一緒に食べないか?」

「アタシと?」

「ああ」

「へえー」


 ぱなえは、何やら面白そうに俺の顔を見つめる。


「いざっちの方から誘ってくるんだ。もしかして昨日ので、アタシのこと気になっちゃった?」

「そうだ」

「…………」


 ぱなえの笑顔が、ぴたりと固まった。


「なに? アタシが帰ったあと、やっぱりおせっせしとけばよかったー、とか思った?」

「いや。俺は萬地さんのことを、もっと知りたいと思った」

「はあ? なにそれ」


 ぱなえは一瞬だけ目を見開き、すぐに呆れたような笑みを浮かべた。


「いざっちって、ほんっと変なやつ……」

「昨日、俺に言っただろ。なじみたちを傷つけるのは許さないと」

「あー……あれね」

「あの言葉が、どうしても気になってな」


 ぱなえは気まずそうに頬を掻く。


「忘れてよ。ちょっと熱くなっちゃっただけだから」

「どうして、あんなことを言ったんだ?」

「どうしてって……」


 ぱなえは少し考えたあと、いつものように、にっと笑った。


「なじっちたち、見るからに純情そうじゃん? 女遊びしたいなら、アタシみたいなのを相手にすればいいのにって思っただけ」

「……またそれか」

「え?」

「どうして萬地さんは、自分なら遊びでも構わないような言い方をするんだ?」


 ぱなえは眉間に皺を寄せる。


「なじみたちと同じように、萬地さんも一人の女の子だ。萬地さんだから軽く扱っていいなんて思わない」

「…………」


 ぱなえはしばらく黙り込んだあと、小さく息を吐いた。


「……もういいじゃん、その話。アタシ、そういう重いの好きじゃないんだよね」


 そう言って、再びいつもの笑顔を浮かべる。


「俺にはそうは見えなかった。ちゃんと話を聞かせてくれないか?」


 ぱなえは諦めたように肩を落とした。


「だったら、二人きりになれるところへ行かない?」


 俺たちは売店でパンと飲み物を買い、人の少ない裏庭へ向かった。


 校舎の陰にあるベンチまで来ると、ぱなえは俺の隣へ腰を下ろす。


 しばらく黙ったままストローを咥えていたが、やがて小さく頭を下げた。


「ごめん。実はアタシ、いざっちの化けの皮を剥がしてやろっかなーって思ってただけなの」

「化けの皮?」


 ぱなえはストローを咥えながら、俺を見る。


「ハーレム作って全員幸せにするー、とか言ってるけどさ。どうせただの女好きで、やりたいだけでしょって思ってた」

「…………」

「だから、アタシが誘惑したらすぐ食いつくと思ったんだよね」

「そう……だったのか」


 確かに、出会ったばかりの美少女ギャルにいきなり言い寄られるなんて、今思えば不自然だった。


「もしアタシと関係を持とうとしたら、ほら見たことかって。なじっちたちに、全部バラしてやるつもりだった」

「それで、俺の家まで来たのか?」

「そゆこと。だから、いざっちには変な期待させちゃってごめんね」


 ぱなえは、あっけらかんと笑った。


「まあ――いざっち、全然引っかからなかったんだけどさ」

「だが、なぜそこまでするんだ?」

「ん?」

「もし俺が本当にその気になったら、どうするつもりだったんだ?」


 ぱなえの動きが止まる。


「……別に、いいよ」

「え?」

「そのまま、されちゃったってさ」

「…………」


 ぱなえは、なんでもないことのように笑う。


「それで、なじっちたちみたいな純情そうな子たちが変な男に引っかからずに済むなら……別によくない?」

「いや、よくない」

「はあ? 何言ってんの?」

「それで萬地さんが傷つくなら、俺は嫌だ」

「…………」

「なじみたちが傷つかなければ、萬地さんは傷ついてもいいのか?」

「別にいざっちには関係ないっしょ」

「いや、ある」

「なんで?」


 ぱなえが、理解できないものを見るように俺を見つめる。


 昨日からずっと、彼女のことが気になっていた。


 明るくて。


 距離が近くて。


 見た目は、どうしようもないほど俺好みのギャル。


 だが、それだけではなかった。


 なじみたちが傷つくことを本気で心配しながら、自分が傷つくことには、あまりにも無頓着で。


 そんなぱなえを、放っておけないと思った。


 もっと知りたい。


 もっと話したい。


 いつもの笑顔ではなく、心から笑っている顔を見たい。


 今、ようやく自分の気持ちが分かった。

 

「ぱなえ」

「…………え?」


 呼び方が変わったことに気づき、ぱなえが目を見開く。


「決めた。ぱなえにも、俺のハーレムに入ってほしい」

「……頭湧いてんの? 話聞いてた?」

「ああ。全部聞いた」

「だったら——」

「聞いたから、分かったんだ」


 俺はぱなえを真っ直ぐ見つめる。


「ぱなえは、他の子のためなら身体を張れるくらい優しい。そのくせ、自分のことは簡単に投げ出してしまう」

「…………」

「そんな、危なっかしい女の子なんだって分かった」

「なに……それ」


 ぱなえは戸惑ったように眉を寄せる。


「なんで、それがハーレムに入れたいって話になるわけ?」

「俺がぱなえを幸せにしたいと思ったからだ」

「…………」

「ぱなえが、自分のこともちゃんと大事にできるように、俺がそばにいたい」

「…………やめて」


 ぱなえは、食べ終えたパンの袋をくしゃりと握りつぶした。


「ハーレムとか……アタシ、無理だから」

「どうしてだ?」

「昨日も言ったじゃん。全員本命なんて、続くわけないって」

「俺は本気で全員を――」

「そういうの、いいから!」


 思っていた以上に強い声が返ってきた。


「最初はみんなそう言うんだよ。大切にするとか、ずっと好きだとか、本気だとか……」

「ぱなえ……」

「でも、結局は適当に遊んで……飽きたら終わりなんだって」

「そんなことは——」

「あるんだよ……」


 ぱなえは俯いたまま、小さく吐き捨てる。


「アタシ、前に好きだった人がいたんだ」

「…………」

「その人と付き合ってるつもりだった。でも、向こうには最初から本命の女の子がいて……」


 握り潰された袋が、かすかに音を立てる。


「『軽そうだから遊んだだけ。本命と付き合えることになったから、もういい』って言われた」

「ぱなえ……」

「そんなもんなんだよ」


 ぱなえは顔を上げ、無理やり笑おうとした。


「アタシは所詮、遊び相手なんだよ。誰かの本命になんて、なれない」


 それだけ言い残し、ぱなえは俺に背を向けた。


「待ってくれ!」


 呼び止める声にも振り返らず、ぱなえはそのまま裏庭を去っていった。


「…………」


 俺はどうしていいかわからなかった。


 少し遅れて教室へ戻り、中を見渡す。


 だが、ぱなえの姿はどこにもなかった。


「どこに行ったんだ……?」


 昼休みの時間は、もうほとんど残っていない。


「どうしたの、伊阪利くん?」


 廊下から、走琉が声をかけてきた。


「走琉。ぱなえを見なかったか?」

「ああ、ぱなえちゃんなら、さっき校門を出ていったよ」

「学園の外に?」

「うん。忘れ物でも取りに行ったのかな?」


「…………」


 さっきのぱなえの顔が、どうしても頭から離れない。


『アタシは所詮、遊び相手なんだよ。誰かの本命になんて、なれない』


 もうすぐ午後の授業が始まる。


 それなのに学園を出たということは、ただの忘れ物とは思えなかった。


「走琉……」

「追いかけるんでしょ?」


 走琉は何も聞かず、からっと笑った。


「だったら行ってきなよ。先生には、ボクからなんとか言っとくよ。ちゃんとぱなえちゃん捕まえてきてね!」

「ああ!」


 俺は小さく頷いた。


 午後の授業をサボることになるが——知ったことか。


 今は、ぱなえを放っておけない。


 俺はそのまま校門を飛び出した。

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