第15話 恐ろしい女だ
「ちょっとくらい、遊んじゃう?」
「…………」
ぱなえはベッドの上で、俺を誘うように手招きしている。
「そんな難しく考えなくていーって。これはただの練習なんだからさ」
「ただの練習……」
「そそ。いざっちだって、おせっせしたいんっしょ?」
「それはもちろんしたい!」
「あはっ、正直だね」
ぱなえは楽しそうに、くすくすと笑った。
「アタシは、インチョみたいに堅くないしさ。そんな深く考えなくていーよ」
「…………」
「いざっちの好きにしていいんだよ?」
着崩した制服から覗く胸元。
短いスカートから伸びる、健康的な褐色の脚。
目の前にいるのは、間違いなく俺好みの美少女だ。
正直に言えば、めちゃくちゃ心を揺さぶられている。
ずっと夢見てきた状況だ。
俺がその気になりさえすれば、今すぐにでも——。
「……萬地さん」
「どした?」
だが、なぜだろう。
先ほどから、ぱなえが自分のことを軽く扱っているように見えて仕方がない。
ぱなえだって、紀律たちと同じ女の子だ。
ギャルだから。
こういうことに慣れていそうだから。
だから軽く扱っていい——なんてことにはならない。
それに、よく知りもしない俺が、見た目や本人の言葉だけで決めつけるのも失礼だ。
もっとぱなえのことを知って。
俺のことも知ってもらって。
もしそういう関係になるなら、お互いに惹かれ合ってからだ。
その先にこそ、俺の目指すハッピーエンドがある。
その場の欲に流されたおせっせなど、なんの意味もない。
「こんなのは……おせっせカーニバルじゃない」
「別にいいじゃん、いざっち」
「いや、絶対に駄目だ」
俺はきっぱりと言い切った。
「もし萬地さんとそういう関係になるとしても、今じゃない」
「…………」
「もっと萬地さんのことを知って、きちんと好きになってからだ」
「…………」
ぱなえはしばらく俺の顔を見つめていた。
「……ねえ、いざっち」
「なんだ?」
「いざっちってさ、結局誰が本命なの?」
「もちろん全員に決まっている」
「…………」
「なじみも、紀律も、走琉も。全員俺の本命だ」
「あはっ……なに、それ」
ぱなえの声から、さっきまでの軽さが消えた。
「そんなの無理に決まってんじゃん」
「なぜだ?」
「だって、そのうち一番好きな子ができるっしょ?」
「…………」
「そしたら、その子だけに時間使いたくなって、他の子なんてどうでもよくなる」
「そんなことはしない」
「今はそう思っててもさ」
ぱなえはベッドの上で頬杖をつき、俺をじっと見つめる。
「ずっと全員を同じくらい好きでいるなんて、無理じゃない?」
「…………」
「そんな無理なことしてたら……いつか絶対、誰かが傷つくよ」
ぱなえは、さっきまでとは違う、どこか悲しそうな目をしていた。
「そうならないように、俺が全員を幸せにする」
「簡単に言わないでよ」
ぱなえの声が、少しだけ強くなる。
「なじっちも、インチョも、走琉もさ……そういうの慣れてないんだから」
「…………」
「いざっちがそんなこと言ったら、みんな本気にしちゃうよ」
ぱなえは真っ直ぐ俺を見つめる。
「女遊びするのは勝手だけどさ。遊ぶ相手は、せめてアタシみたいな女にしなよ」
「…………」
「アタシ、ああいう純情そうな子たちに軽い気持ちで手ぇ出して、傷つけるようなことしたら絶対に許さないから」
「萬地さん……」
「…………」
しばらくして、ぱなえはハッとしたように目を瞬かせた。
「……なーんてね!」
張り詰めた空気を吹き飛ばすように、いつもの笑顔を浮かべる。
「あははっ! ちょっとおふざけが過ぎちゃった!」
ぱなえはベッドから勢いよく立ち上がった。
「んじゃ、アタシもう帰るね!」
「待て、萬地さん」
「また明日、いざっち!」
俺の声には振り返らず、ぱなえは逃げるように部屋を飛び出していった。
「…………」
閉じられた扉を見つめる。
扉が閉まる直前、一瞬だけ見えたぱなえの横顔は、どこか寂しそうだった。
ぱなえは、このままではいつか誰かが傷つくと言った。
俺は軽い気持ちでハーレムを作ろうとしているつもりはない。
全員を幸せにしたい。
その気持ちに、嘘はない。
けれど——。
「簡単に言わないでよ、か……」
確かに、俺が全員を幸せにしたいと思うだけで、本当に全員が幸せになれるとは限らない。
それぞれの気持ちと向き合い続けなければ、俺の理想はただの独りよがりになる。
それにしても、ぱなえの言葉には、妙な重みがあった。
「…………」
俺は、ふとベッドへ目を向けた。
つい先ほどまで、あそこにぱなえがいた。
楽しそうに寝転がりながら、俺を手招きしていた。
ベッドへ近づくと、まだほのかに甘い香りが残っている。
『いざっちの好きにしていいんだよ?』
「…………っ!」
思い出しただけで、心臓が大きく跳ねた。
「恐ろしい女だ……萬地ぱなえ」
だが、気になるのはそれだけではない。
最後に見せた、寂しそうな表情。
なじみたちが傷つくことを、本気で心配しているように見えたこと。
距離感が近くて、ノリが軽くて、いつも明るいギャル。
それが、今まで俺が抱いていたぱなえの印象だった。
だが——どうやら、それだけではないらしい。
萬地ぱなえ。
俺は先ほどまでよりもずっと、彼女のことを知りたくなっていた。
◇◇◇◇◇
翌朝。
教室へ入った俺は、自分の席へ向かい——ふと足を止めた。
「…………」
ぱなえは、すでに教室に来ていた。
数人の女子に囲まれ、昨日までと変わらない様子で楽しそうに笑っている。
こうして見ると、ぱなえはクラスでもかなり目立つ存在だった。
華やかで、明るくて、誰とでもすぐに打ち解ける。
昨晩見せた寂しそうな表情が、見間違いだったのではないかと思えてしまう。
「…………」
気づけば俺は、そんなぱなえを目で追っていた。
昨晩、あの表情を見るまでは、ただ派手で可愛いギャルだと思っていた。
いきなり抱きついてきたり、部屋へ押しかけてきたりする、距離感の近い女の子。
だが、あの明るい笑顔の裏には、きっと俺の知らない一面がある。
やっぱり俺は——もっとぱなえのことを知りたい。
いつも明るく笑う彼女が、胸の奥に何を抱えているのか。
今はそれが、どうしようもなく気になっていた。




