第13話 大好物に決まっているだろう
「セ、セフレって……萬地さん! なんて破廉恥なっ!」
紀律が勢いよく立ち上がり、ずり落ちかけた眼鏡を慌てて直す。
「セフレって何? なんか面白いこと?」
意味が分かっていない走琉だけは、楽しそうに首を傾げていた。
「えー? インチョも、いざっちのセフレなんでしょ?」
「ち、違います!」
紀律が顔を真っ赤にして否定する。
「あれ? 聞いてた話と違うなぁ」
ぱなえは不思議そうに首を傾げると、そのまま俺の腕へぎゅっと抱きついてきた。
柔らかな感触が、腕全体を包み込む。
「まあ、いっか! じゃあ、アタシも仲間に入れてよ」
「断る」
「…………は?」
ぱなえの笑顔が、ぴたりと固まった。
「え、ちょっと待って。今、なんて?」
「断ると言った」
「なんで!?」
ぱなえは信じられないといった顔で、自分を指さす。
「もしかして……アタシみたいなのは、タイプじゃないとか?」
俺の顔をじっと覗き込んでくる。
「そっか……いざっちはアタシみたいなギャルより、なじっちとかインチョみたいな清楚系の方が好きなんでしょ?」
「何を言っている!」
ドンッ!
「うわっ!?」
俺は思わず机を叩き、勢いよく立ち上がった。
「ギャルなんて、大好物に決まっているだろ!」
「えぇ……槍田くん、ギャル好きなんだ」
なじみが思い切り顔を引きつらせている。
「派手な髪! 大胆に着崩した制服! 輝くネイル! どれも最高じゃないか!」
「ちょ、ちょっと……」
なぜか、ぱなえの方が俺の勢いに押されていた。
「な、なにそれ。じゃあ、なんでセフレは駄目なん?」
「決まっている」
俺は、ぱなえの瞳をまっすぐ見つめた。
「俺は、セフレなんて求めていない」
「……は?」
「俺が求めているのは——おせっせカーニバルだ!」
「…………」
なじみと紀律は呆れたように俯き、走琉だけが楽しそうに拍手した。
「なじみ、紀律、走琉。俺が本気で好きになった女の子たちとハーレムを作り、みんなで幸せになる。そのうえで——おせっせカーニバルを開催するのだ!」
「……それ、セフレと何が違うん?」
「全然違う!」
「そうなの!?」
ぱなえは思わず口元を手で押さえ、目を丸くした。
「俺はまだ好きになっていない女の子とは、おせっせしたいと思わない」
「本当言ってることめちゃくちゃなんだから」
なじみが痺れを切らして、ツッコミを入れる。
「萬地さんが魅力的な美少女なのは間違いない」
「そう……ありがと」
「だが、俺はまだ萬地さんがどんな人なのかも知らない。だから、いきなり身体の関係になるつもりなんてない」
ぱなえは俺の腕に抱きついたまま、しばらく黙っていた。
その顔から、軽薄な笑みがほんの一瞬だけ消える。
「……ふーん」
「なんだ?」
「いや。別に、なんでもない」
ぱなえはあっさりと俺の腕を離した。
「そっか。じゃあセフレはやーめた」
「分かってくれたのか?」
「んー……まあね」
ぱなえは鞄を肩にかけると、再び笑みを浮かべた。
「でも、いざっちの言う『おせっせカーニバル』には、ちょっと興味湧いてきたかも」
「おお! そうか!」
「ちょっと! なに喜んでるのよ!」
なじみがすかさず声を上げる。
「『おせっせカーニバル』面白そうだよね! ぱなえちゃんも一緒にやろうよ!」
「長木仁さんも変なことに誘わないで!」
紀律は眼鏡を押し上げながら、小さくため息をついた。
「まったく……今でも訳がわからない状況なのに、これ以上、面倒な人を増やさないでほしいわ」
「紀律。もしかして俺に嫉妬してくれてるのか?」
「そんなんじゃないわよ!」
少し頬を赤らめる紀律。
「あははっ! いざっち、モテモテじゃん」
ぱなえは楽しそうに笑うと、ひらひらと手を振った。
「その『おせっせカーニバル』についてはいつか聞かせてもらうわ。じゃーね、また明日!」
そう言い残して、教室を出ていった。
「…………」
萬地ぱなえ。
まるで嵐みたいな女だ。
けれど——。
最後に浮かべた、どこか張りついたような笑顔が妙に頭に残った。
「そろそろボク、部活行かなきゃ! もう走りたくてうずうずしてるんだ」
「走琉、部活頑張れよ」
「ありがと、伊阪利くん!」
走琉は元気よく教室を飛び出していった。
「長木仁さん! 廊下は走らないで!」
すかさず紀律の注意が飛んだ。
「じゃあ、私も部活があるから」
「なじみもか。俺も見学に——」
「絶対に来ないで」
なじみは俺をじろりと睨むと、足早に教室を出ていった。
気づけば、教室に残っているのは俺と紀律の二人だけだった。
「…………」
紀律は黙々と教科書を鞄へしまっている。
「……ねえ」
「どうした、紀律?」
「槍田君は……萬地さんもハーレムに入れたいの?」
さっきまでのやり取りを思い返す。
「それは、まだ分からないな」
「そ、そう……」
紀律は小さく呟き、視線を落とした。
「まあ、ハーレム入りに申し分ないくらい美少女ではあるがな!」
「それはもう十分わかったわよ」
呆れたようにため息をつかれる。
「紀律」
「何?」
「心配しなくても、俺の紀律への気持ちが減ることはないぞ」
「なっ……!」
紀律が勢いよく顔を上げた。
「これから先、俺がほかの誰かを好きになったとしても関係ない。好きな相手が増えたからといって、一人に向ける気持ちが薄くなるわけじゃない」
「それが、槍田君のハーレムの考え方なの?」
「ああ。紀律を好きだという気持ちは、何があっても変わらない」
「べ、別に……そんなこと心配してないわよ」
「そうなのか?」
「…………ちょっとだけ、嘘」
紀律は真っ赤になりながら、眼鏡を押し上げる。
「本当は……萬地さんみたいに派手で綺麗な人がハーレムに入ったら、地味な私なんてどうでもよくなる——」
「紀律!」
「ひゃっ!? な、何よ!」
俺は紀律の手を握っていた。
「今すぐ俺とおせっせしよう!」
「なんでそうなるのよっ!」
「俺には、どうすれば紀律にこの想いが伝わるのか分からないんだ。今まで彼女がいたこともないからな」
「そ、そうなの?」
紀律の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
「ああ。この学園に入るために、ずっと勉強ばかりしてきたからな」
「……私も同じよ」
紀律は少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
「彼氏すらいたことないのに、いきなりハーレムだなんて……どうすればいいのか全然分からないわ」
「だったら、一緒に少しずつ考えていけばいい」
「……え?」
「俺たちなりのハーレムの形を!」
紀律は目を丸くして俺を見る。
「だから教えてくれ! 紀律は俺と何がしたいんだ?」
「わ……私は……!」
そして——。
俺たちは、二人で自習室へ来ていた。
隣の席では、紀律が真剣な顔で参考書を広げている。
「槍田君。この問題なら、どう解く?」
「俺なら公式へ当てはめる前に、まず問題全体の構造を整理する」
「なるほど……やっぱり槍田君は、発想の仕方がいいわね」
紀律はどこか嬉しそうに、ノートへペンを走らせている。
なんだか……思っていたのとは違う。
けれど、隣に座る紀律の表情は、いつもよりずっと柔らかい。
その笑顔を見ていると、今はこの関係のままでもいいのかもしれないと、自然に思えた。
「……槍田君」
「ん?」
紀律がペンを止めた。
「もう少しだけ……待ってて」
「待つって……何を?」
「その……槍田君がしたいこと」
紀律は恥ずかしそうに俯く。
「私だって……いつかは、槍田君とそういうことしてみたいって思ってるから」
「それって……!」
「い、今すぐじゃないわよ!」
紀律は真っ赤になり、慌てて俺から顔を逸らした。
「ちゃんと自分の気持ちを整理して……心の準備ができたら、そのときは……ね」
それだけ言うと、紀律は赤くなった顔を隠すように、参考書へ視線を戻した。




