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第7章:私利私欲の上層部 vs カオスすぎるレジスタンスの作戦会議

絶対的AIの管理下にある世界で、人類の未来をかけて立ち上がったレジスタンス『黎明』。

凄絶な爆発の中に消えたはずの鬼教官・如月の遺志を胸に、主人公・佐藤進は熱い涙を流していた――はずだった。

感動の別れから一転、基地で普通にお茶をしばいていた教官の生存と、ドSな幼馴染・綾乃の策略によって一瞬でぶち壊される純情。

悲しみから解き放たれ(?)、怒りのスリッパ二刀流を振り回す進だったが、彼らが立ち向かうべき真の敵「中央上層部」の醜い私利私欲が牙をむく。

癖が強すぎるレジスタンス幹部たちのカオスな作戦会議を経て、決行されたのは「ダクトからの極秘潜入」。

しかし、待ち受けていたのは緊張感ゼロの密着ハプニングだった――!?

情熱と煩悩が交錯する、命がけ(?)の突入劇が幕を開ける!

「教官……あなたの命をかけた最後の教え、この佐藤進が絶対に受け継ぎます……!」

レジスタンス『黎明れいめい』の地下アジト。

無数の兵士や整備士たちが行き交い、重油と火花、そして人々の汗の臭いが立ち込める熱気の中で、俺は胸ポケットから取り出したハンカチで何度も目元を拭いながら、一人で熱く燃え上がっていた。

自分を逃がすために、たった一人で無数のドローン群へ突撃し、地撃の爆炎の中に消えていった鬼教官・如月。あの凄絶な最期を思い出すだけで、胸の奥が張り裂けそうなほどの熱い涙で満たされていく。

「ちょっと進ちゃん、さっきから一人で何をボソボソ言ってるの? 早く行きなさいよ」

前を歩く綾乃が、呆れたように肩をすくめて振り返る。

「綾乃……お前は冷たいやつだな! 教官は俺たちを逃がすために、あんな恐ろしい爆発の中に消えたんだぞ!? 少しは悼む気持ちとかないのかよ!」

「はいはい、わかったから。とにかく指揮本部で作戦説明を受けるの。ほら、入った入った」

綾乃に背中をドシドシと雑に押され、俺は重厚な金属製の自動ドアをくぐり、司令室へと足を踏み込んだ。


大型モニターや怪しげな通信機器がズラリと並ぶ司令室の中心――中央デスク。

そこに、見覚えがありすぎる一人の女性士官が座っていた。

彼女は優雅に足を組み、片手には『レジスタンス特製・ブレンド茶』と書かれた湯飲みを持ち、フーフーと白い湯気に息を吹きかけながら、ズズッと美味そうにお茶をすすっていた。

「……ふう。やはり死線を超えた後の緑茶は五臓六腑に染み渡るな」

「………………は?」

俺の思考が、完全に停止した。

黒い軍服、凛とした佇まい、そして間違いようもない美貌。

そこでお茶をしばいて優雅に寛いでいるのは――爆炎の露と消えたはずの、如月教官だった。

「き、き、き……教官ぁぁぁぁぁぁっ!???」

俺の喉が千切れんばかりの絶叫が、司令室中にこだました。

「お前、なんで生きてんだよ!? 霊か!? 幽霊なのか!? それともヤマダの立体ホログラムか!?」

如月教官は湯飲みをゆっくりとデスクに置くと、心底不思議そうに俺を見つめ、フッと口元を余裕たっぷりに緩めた。

「何をバカなことを言っている、佐藤。私がこの程度の基地崩壊で死ぬわけなかろう。……それにしても遅かったな。お前たちがチンタラ脱出している間に、私は裏の極秘最短ルートを通って、ささと先回りして着いていたぞ」

「先回りぃぃぃっ!??? あの涙の別れは!?『愛弟子を死なせるわけにはいかん』とか言ってたあのカッコいい背中は!? 俺の感動と涙を返せえぇぇぇ!!」

『補足します』

俺のポケットから、ピコーンと間の抜けた電子音とともにヤマダが飛び出した。

『如月士官は当基地の元・内通者であり、脱出プロトコルおよび爆破工作はすべて事前の作戦計画通りに遂行されました。進様が一人で勝手に勘違いして号泣していただけです』

「ヤマダぁぁぁっ!! お前知ってたなら途中で言えよバカヤロー!!」


「……くすっ、ふふふっ!」

すぐ隣で、綾乃が腹を押さえてくっくっと笑い転げていた。

「だ、だって見てよ進ちゃんのあの顔! 『教官の遺志を胸に〜』とか一人で熱血主人公ぶってたのに、当の本人はお茶飲んで待ってたなんて、滑稽すぎてお腹痛いんだけど!」

「笑い事じゃねえよ綾乃!! お前も知ってたろこれ!!」

「知ってたわよ? だって如月士官、私の作戦パートナーだもん。教官気取りの人が進ちゃんをからかうのに協力してあげたの」

「な……っ! 貴様ら二人して俺をハメたのかーーっ!?」

極限の情けなさと、秒で打ち砕かれた感動。俺の怒りメーターが限界を突破して弾け飛んだ。

俺は瞬時に足元の備品箱から『緑色ビニールスリッパ』を二足ひっつかむと、両手に装着して二刀流の構えをとった。

「人の純情を玩具にしてんじゃねぇぇぇ!!」

パチィィィン!! パチィィィン!!

「「っ……!?」」

完璧な手首のスナップから繰り出された一閃。

綾乃と如月教官の頭に、見事な二重奏の乾いた快音が響き渡った。

「……あいたっ。……進ちゃん、私をスリッパでシバくなんて、いい度攻じゃない? 後でたっぷり『かわいがり』してあげるわね」

綾乃は叩かれた頭をさすりつつ、瞳の奥に恐ろしい光を宿してニヤリとドSに微笑む。

一方、如月教官はというと、叩かれた頭を押さえたまま、ガタッと椅子を蹴倒して立ち上がった。

「な、ななな何をするんだ佐藤ーー!! 教官の頭をスリッパ二刀流で叩く生徒がどこにいる!?」

顔を真っ赤にして激怒する如月教官。だが、なぜかその瞳は泳ぎ、叩かれた自分の頭にそっと触れたまま、どこか落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた。

「き、貴様……っ、反逆罪で今すぐ正座10時間の刑だ! ……いや、それだけでは足りん、後で……後でじっくりと『お仕置き』を……くっ、何だ、私は何を取り乱している……!?」

「教官が敵(幼馴染)とグルになって生徒で遊ぶからだろバカヤロー!! 自分の言動に動揺してんじゃねえ!!」

かくして、人類の未来をかけたレジスタンスの司令室は、重苦しい戦意ではなく、俺の叫び声と二人のヒロインによるカオスな修羅場からスタートしたのだった。


「ふぅ……ふぅ……。命がけの逃走劇の直後に、なんで両手スリッパで命がけの無双をしなきゃいけないんだよ……」

俺は肩で息を切りながら、手に残る緑色ビニールスリッパのツルツルした感触を確かめ、ペシペシと軽く打ち鳴らしてから備品箱へ投げ返した。

頭を押さえながら「生意気な幼馴染」の顔でニヤニヤと楽しそうにこちらを見ている綾乃。そして、顔を真っ赤にしたまま「後で正座だ……いや、お仕置きだ……」とブツブツ不審な独り言を呟き、一人で取り乱している如月教官。

ふと周囲に目をやると、司令室に詰めていたレジスタンスのオペレーターや整備兵たちが、引きつった顔で「あいつ、あの鬼教官と綾乃隊長を両手スリッパで一撃でシバいたぞ……」「化け物か……?」「触らぬ神に祟りなしだ……」と恐怖と敬畏の混ざったドン引きの眼差しを向けていた。

「コホン! ……茶番はここまでだ、佐藤」

如月教官がわざとらしく大きな咳払いをひとつ挟み、強引に教官としての威厳を取り戻すように背筋をぴんと伸ばした。

「ここからは本題に入る。……ヤマダ、中央都市の非公開データを展開しろ」

『了解しました。進様、ならびに皆様。視覚データを立体投影します』

ヤマダの声とともに、司令室の中央デスクから青白いホログラム光線がブワッと広がり、複雑に交錯する巨大な空中都市の立体構造図と、無数の個人データが空間に浮かび上がった。


ホログラムが映し出したのは、暗く湿った地下で泥と排気ガスに塗れて生きる下層区の凄惨な映像だった。薄汚れた服を着た子供たちが乾いたパンを分け合い、選別試験の不合格に怯えながら、日々AIの指示通りに過酷な労働に追われている。

だが、ヤマダが画面を切り替えると、その頭上にそびえ立つ天空都市『上層区』の眩い光景が現れた。

青々と茂る空中庭園、透き通るプール、そして豪華絢爛な大理石のホールで、ワイングラスを傾ける肥満体の男たちやドレスを着飾った連中。

「これは……何なんだよ、この差は……?」

「佐藤、これまでお前たち一般市民は『絶対的なAIシステムによって、適正と能力に応じた完全な平等の下、効率的な社会管理が行われている』と教えられてきたはずだ」

「ああ。選別試験だって、AIが客観的に人類の存続と未来のために最適解を出してるって、そう信じ込まされてきた……」

「すべて嘘よ、進ちゃん」

綾乃が冷ややかな声で割り込んだ。アサルトライフルのマガジンをカチリと手慣れた動作で装填しながら、ホログラムの最上階で優雅に笑う富裕層たちを氷のような瞳で睨みつける。

「AIはただの『都合の良い盾』として使われているだけ。システムの裏でパラサイトみたいに巣食って、民衆の血と汗を吸い上げ続けている人間たちがいるのよ。……それが『中央上層部』の奴ら」

ヤマダがさらにデータを拡大し、極秘の資金流出ルートをグラフ化してみせる。

『補足します。中央上層部は、AIシステムによる自動リソース分配アルゴリズムに自ら『優先バイアス』という改ざんコードを割り込ませています。下層市民から徴収した税やエネルギーの約87%が、彼ら数十名のプライベートな贅沢や、不老長寿のための遺伝子治療に流用されています』

「は……? 87……パーセント……!?」

俺は絶句した。喉の奥がカラカラに乾いていく。

命を削って働き、選別試験の恐怖に震え、AIの絶対的な管理下で爪に火をともすように必死に生きてきた民衆の苦難と努力。そのほとんどすべてが、たった数人の人間のゲスな贅沢と欲望のために吸い上げられていただけなんて。


「ふざけんなよ……! 人類の生き残りのためとか綺麗な言葉で誤魔化しておいて、自分たちだけ甘い汁吸ってんのかよ!?」

ドクン、と胸の奥で激しい怒りの炎が燃え上がった。握りしめた拳が、爪が皮膚に食い込むほど強く力が入る。

「そういうことだ、佐藤。私が基地の士官として潜入していたのも、このゲスどもが隠蔽していた決定的な横領証拠と、システムのバックドアキーを奪取するためだった」

如月教官は毅然とした態度で腕を組み、鋭い眼光で静かに頷く。

「奴らはAIの『冷徹で正しい判断』という言葉を盾にして、民衆に反論の隙を与えない。自分たちの私利私欲のために、世界を不当に歪めているのだ。……断じて許せる道理がない」

「そういうわけだから、進ちゃん」

綾乃がスッと俺の隣に足音もなく並ぶと、俺の右腕に自分の柔らかい腕をキュッと抱きかかえるように絡めてきた。

「ん……!? ちょ、綾乃!?」

「私たちが倒すべきは、不気味なAIじゃなくて、裏でふんぞり返ってるあの性根の腐ったおじさんたち。……進ちゃんも、私と一緒に来てくれるでしょ?」

上目遣いで覗き込んでくる綾乃の潤んだ瞳、そして腕に伝わる柔らかい感触と甘い香りに、俺の心臓がドキンと跳ね上がる。さっきまでの激しい怒りが一瞬で吹っ飛びかけた。

「こ、コラ! 腕を解きなさい侵入者……いや、隊長!」

すかさず如月教官が間に強引に割り込み、俺と綾乃の間に自分の体をねじ込んできた。

「佐藤は私の愛弟子だ! 軽々しく身を寄せて惑わすな! 作戦中は私とバディを組むのが当然だろう!」

「はぁ? 幼馴染の私と組むのが自然に決まってるでしょ! 教官は引っ込んでてください!」

「何だと……!? 指導者としての信頼関係を舐めるな!」

さっきまで世界の理不尽と闇をシリアスに語り合っていたはずなのに、一秒で俺の『バディ枠』を巡るマウント合戦へ脱線して火花を散らし始めている。

「……二人とも、シリアスな空気台無しにしてんじゃねえバカヤロー」

俺はそっとポケットの中のスリッパに手を伸ばしながら、呆れ果てた深いため息をついたのだった。


「これより、中央上層部攻略に向けた作戦会議を開始する!」

地下アジトの奥深く、重油と火花の臭いが漂う司令室。

無骨な鉄骨が剥き出しになった天井の下、円卓を囲むように集まったレジスタンス『黎明』の幹部たちを前に、進行役の如月教官が卓をパンと力強く叩いた。

ビシッと皺一つなく伸ばされた軍服、凛とした佇まい。だが、俺と綾乃を挟むように集まった幹部たちの癖が強すぎて、嫌な予感しか漂ってこない。

「敵は中央都市の上層部。まずは軍事規律に基づき、我が部隊を正確に6つの小隊に分割。分法上の正当性を主張する電波ジャックを行い、敵の指揮系統を法理的に混乱させつつ、整然と包囲陣形を――」

「甘い! 緩い! 回りくどい! 話が長いわ!」

ドガン!とテーブルが割れそうな勢いで立ち上がったのは、超武闘派の巨漢兵士・バルドだ。

身の丈2メートルを超す体に巻きついた重装甲服を軋ませ、丸太のような腕を振り上げて吼える。

「作戦など不要! 我ら突撃隊が正面装甲門を突撃で粉砕すれば済む話だ! 敵が防衛システムを展開する前に、鉄くずごと叩き潰す! 力押しこそが至高! 力押ししか勝たん!!」

「却下だバカ者! 規律のない突撃などただの自殺行為! 貴様は軍隊という構造の美しさを根本から理解しておらん!」

「何だとコラぁ! 正面突破のロマンが解らんカタブツ女が! 男なら正面から堂々とぶつかって散るのが筋だろうが!」

「ロマンで戦争ができるか!!」

早くも開始三十秒で、教官と脳筋が胸ぐらを掴み合わんばかりの距離で唾を飛ばし合っている。


「はぁ……声がでかい。うるさい。脳みそまでタンパク質でできてるバカは嫌だ」

くまの酷い目で超大容量のエナジードリンクをあおっているのは、天才ハッカーの少女・ピノだ。椅子の上面に膝を抱えて丸まり、手元でキーボードをカチカチと高速連打しながら、ダウナーな声で吐き捨てる。

「肉弾戦なんて原始的で非効率。僕の組んだウイルスプログラムで都市の動力をオーバーロードさせて、サーバーもろとも上層部をドカン。爆破……爆破こそが至高の芸術。世界なんて一回更地になればいいんだ」

「正気か貴様! 貴重なデータや設備まで吹き飛ばしてどうする!」

「壊せばいいじゃん。爆風の中で舞い散る瓦礫って、すごくキレイだよ?」

「極端すぎるだろバカヤロー! 芸術的爆破で俺たちまで巻き込む気か!」

俺が思わず頭を押さえて突っ込むと、今度は俺の隣で優雅に紅茶のカップを傾けていた綾乃が、ニヤニヤと楽しそうに手を挙げた。

「あら、ピノちゃんの爆破案も悪くないんじゃない? でも、せっかくなら潜入の先陣は進ちゃんにやってもらいましょうよ」

「は……!? なんで俺!?」

「進ちゃん、昔から危険を察知して逃げる足だけは異常に速いじゃない? 逃げ足の速さは立派な才能よ。だから進ちゃんが丸腰で正面から堂々と走って、敵の自動防衛砲台の銃弾を全部引きつけてくれれば、私たちは後ろから楽に侵入できるわ」

「俺をデコイにする気満々じゃねえか!! ドSもいい加減にしろ!! 丸腰で自動砲台の前に突っ込んだら一瞬でハチの巣だわ!!」

「大丈夫よ進ちゃん。万が一の時は、私が後ろから『頑張って~』って可愛く応援してあげるから」

「応援で弾丸が弾けるか!!」

「賛成だ!」とバルドが身を乗り出して手を打つ。

「佐藤が大声を出して敵の全火力を引きつける『人間肉壁』になれば、俺の突撃がより鮮やかに映える!」

「肉壁って言うな! 映えるとか以前に俺の生命が数秒で蒸発するんだよ!」

「ダメに決まっているだろう!!」

如月教官が卓を蹴り飛ばさんばかりの勢いで割って入ってきた。

「佐藤は私の愛弟子だ! そのような雑な肉壁など許ん! やるなら……私と佐藤が二人三脚で足を縛り、軍事規律に基づいた正確な歩幅で、歩調を合わせて前進だ!」

「二人三脚で前線行くバカがどこにいるんだよ!! 動きにくくなって速攻で撃ち抜かれるだろ!!」

そこに、俺の胸ポケットからピコーンとヤマダが跳びだした。

『皆様の貴重な(かつ知的レベルを疑う)ご意見を解析いたしました。提案します。進様を丸腰の人間肉壁として正面へ投入し、都市を全爆破し、バルド氏が突撃しつつ、如月士官が二人三脚で正座を命じれば、統計上99.8%の確率で上層部は混乱します。なお、進様の生存率は0.001%です』

「全員のボケを全部混ぜて俺を確実に殺しにかかるんじゃねえバカヤローー!! 冥福を祈るような目で見つめてくるな!!」


「軍事規律を守れー! 秩序こそが勝利の鍵だー!」

「筋肉を信じろ! 破壊こそが男のロマンだー!」

「爆破……全部爆破して世界をリセット……」

「進ちゃんが蜂の巣になって転がる姿、録画しておかなくっちゃ」

『進様の生命反応が停止した場合の遺品整理プランを検索中……』

全員が同時に己の欲望とイカれた主張を怒鳴り散らし、もはや作戦会議とは名ばかりの地獄絵図。収拾がつく気配は微塵もない。

「……あー、もう」

俺の脳内で、何かがブチッと音を立てて切れた。

俺は無言で足元の備品箱へ手を伸ばし、慣れた手つきで重厚な『緑色ビニールスリッパ』を両手に装着。

「お前ら全員……」

頭上でスリッパの底をペパーン!と強く打ち鳴らし、狂乱の喧噪を切り裂いた。

「真面目に作戦立てろバカヤローーーっ!!!」

パパンッ! パパンッ! パパパンッ!!

音速の手首スナップ!

円卓を一周するように疾走しながら、バルド、ピノ、綾乃、如月教官、そしてヤマダのホログラム端末にまで、俺の連続スリッパ乱打が爆ぜた。

「ぶほっ!?」

「あふっ!?」

「あいたっ……!?」

「な、何をする佐藤ー!?」

『物理的・精神的衝撃を検知、思考ルーチンを一時停止します』

一瞬にしてシーン……と静まり返る司令室。

脳筋も、ハッカーも、ドS幼馴染も、鬼教官も、全員が頭を押さえて唖然と俺を見つめている。

「力押しも! 爆破も! 人間肉壁も! 二人三脚も! ヤマダの殺意に満ちたクソ提案も全部却下だ!! 普通に! ちゃんと! 誰も死なない安全な潜入作戦を提案しろ!!」

両手に緑スリッパを構え、肩で激しく息をする俺の叫びが、静まり返ったアジトに空しく響き渡ったのだった。


「あたたた……容赦なさすぎでしょ進ちゃん……」

「ぶほっ……よもやスリッパで後頭部をシバかれるとは……」

俺のスリッパ乱打による怒涛の連続打撃音が止み、頭を押さえて悶絶する幹部たち。

一瞬にして静まり返った地下司令室で、俺は両手に装着した『緑色ビニールスリッパ』をペシペシと威嚇するように叩き合わせ、激怒を含んだ視線を円卓に向けた。

「全員正気に戻ったか!? 戻ったらまともに話を聞け! 誰も死なない、安全で確実な潜入ルートはないのか!?」

すると、膝を抱えて頭をさすっていた天才ハッカーのピノが、ボサボサの髪の隙間から不満そうに俺を睨みつけ、超大容量のエナジードリンクをちゅーっとチューブで吸った。

「……あるよ。言おうとしたのに、筋肉ダルマとカタブツが騒ぐからタイミング逃しただけだし」

「それを最初に言えよバカヤロー!!」

ピノが手元の小型キーボードをカチカチと連打すると、司令室中央のホログラム画面が切り替わり、中央都市の地下深くから上層部の中枢サーバー室へと伸びる、細い抜け道のような青い光のルートが表示された。

「地下三区画の廃棄バイパスから繋がる『清浄気流循環ダクト』。警備ドローンの巡回ルートの死角だし、生体センサーも定期メンテナンスで15分間オフになる。ここを通れば、敵の防衛線を完全スルーして上層部の中枢まで極秘潜入できる」

「完璧なルートじゃねえか!! なんで全員さっきまでボケ倒して俺を肉壁にしようとしてたんだよ!?」

「まあ、正面突破の方が男のロマンがあるからな」とバルドが鼻を鳴らし、

「規律ある包囲陣形の方が美しかったのだがな」と如月教官が溜息をつく。

俺は頭を抱えた。この組織、やっぱりどこか重要なネジが飛んでいる。


ともあれ、作戦方針は「少数精鋭によるダクト極秘潜入」に決定した。

「よし、役割分担だ」

俺の隣で綾乃が仕切り出す。

「バルドは正面で適当にドンパチやって敵の注意を引きつける陽動。ピノちゃんはハッキングと外部からのシステムサポート。ヤマダは通信と情報解析ね」

「おう! 暴れるだけなら任せろ!」とバルドが豪快に拳を打ち鳴らし、

「爆破できないのは不満だけど……まあいいや」とピノがボソッと呟く。

「そして潜入組は……私と進ちゃん、それと如月士官の3人ね」

作戦が決まり、ひとまず安心しかけたその瞬間、如月教官がフンと鼻を鳴らして俺の前に立ちはだかった。

「待て、作戦中のフォーメーションだが、佐藤の直近をガードする『ポイントマン』は私が務める。軍事訓練を受けた私が佐藤の隣に立つのが最も安全であり、論理的だ」

「はぁ? 何言っちゃってんの教官」

すかさず綾乃が割り込み、俺の右腕を抱え込むようにキュッと抱きすくめてきた。柔らかい感触が腕に伝わり、俺の心臓が一瞬跳ね上がる。

「進ちゃんの動きの癖や逃げ足のタイミングを一番理解してるのは幼馴染の私よ。教官は後ろからついてくればいいんじゃない?」

「なっ……! 軽々しく腕を絡めるな! 隊長とはいえ公私混同がすぎるぞ!」

「公私混同じゃないもーん。実績と信頼関係の話でーす」

バチバチバチ……!!

二人の視線が交錯する場所で、目に見えるほどの激しい火花が散る。

「あの……二人とも、頼むから潜入前に仲間割れしないでくれ……作戦前に俺の胃が爆発する……」

俺の情けない懇願は、二人の火花散るマウント合戦の波に飲まれ、綺麗に掻き消されたのだった。


一時間後。俺たちはアジト最深部にある、金属製の狭い排気ダクトの搬入口前にいた。

「これより上層部中枢サーバー室への潜入作戦を開始する。……各自、油断するなよ」

如月教官の合図で、まずは俺が先陣を切って暗く細いダクトの中へ四つんバイで這入っていった。

ひんやりとした金属の感触と、かすかな機械油の匂い。だが、数メートル進んだところで俺は冷や汗を流した。

(……待て、このダクト、下に向かって絶妙に傾斜してる上に、予想以上に狭すぎるだろ!?)

俺が身動きに苦戦していると、すぐ後ろから「ちょっと進ちゃん、詰まってないで早く進みなさいよ」と綾乃が入ってきた。

さらにその直後、「押し込むぞ佐藤、立ち止まるな」と如月教官まで強引になだれ込んでくる。

その瞬間――ずざざッ!!

ダクトの傾斜に足をとられ、後ろから押し出される形で全員が一気に滑り落ちた。

「わっ……っと!? ぐはっ!?」

「きゃっ!? ……んっ!?」

「ぬあああッ!? さ、佐藤ぉぉぉっ!?」

滑落が止まったとき、狭いダクトの中は完全に狂乱のすし詰め状態と化していた。

暗闇の中、俺の顔のすぐ目の前に、息が触れ合うほどの距離で綾乃の青い瞳と潤んだ唇があった。

俺の上に重なるように倒れ込んだ綾乃の柔らかい体の感触と、首筋から漂う甘い香りが一気に脳腔を麻痺させる。

「痛たた……進ちゃん、無事……? ……って、ちょっと進ちゃん、手……! どこに置いてんのよ……んぁっ……!」

「ち、ちがう! 滑り落ちた弾みでつかんだだけで……って、柔らかいなこれ!? どこ掴んでんだ俺!?」

「どこって……胸の横よバカ! 力を込めて掴まないで……変な声出ちゃうでしょ……っ!」

「す、すまん綾乃! すぐ離すから――」

「佐藤ぉぉぉッ! 貴様ら二人で何を密着して変な声を出しているんだ!」

パニックになる俺の背中に、今度は後ろから滑り落ちてきた如月教官のしなやかかつ豊かな体がドスンと容赦なく覆いかぶさってきた。

俺の背中に押し付けられる圧倒的な柔らかさと熱量。如月教官の荒い吐息が、俺の耳元を直接くすぐる。

「ヒッ……!? き、教官! 背中! 背中に重いです教官の胸が!!」

「だ、誰が重いだバカ者! ダクトが狭くて身動きが取れんのだ! ……くっ、佐藤、私の太ももを掴むな! いや、そこは……もっと上……いや、下だ! 触るなバカ者!」

「掴んでねえよ! 教官の脚が俺の腰を挟み込んで抜けないんだよ!!」

「進ちゃん……教官の脚触る余裕はあるんだ? 私の胸に触ったままのくせに……? 後でお仕置き確定ね……っ!」

「全員一回落ち着け!! 狭い筒の中で密着して動かすからどんどん絡まってんだろ!!」

お互いの体温、生々しい柔らかさ、熱い吐息と香水と汗の香りが充満し、暗闇の中で視界全てがヒロインたちの肌と服で埋め尽くされる。潜入の緊張感など影も形もなく、俺の煩悩と心拍数は限界突破寸前だ。

『通信でお知らせします。進様の心拍数180を突破。体温上昇および特定部位の血流量増加を検知。潜入前に煩悩による自滅確率が99.9%に達しました』

胸ポケットのヤマダが、無駄に高音質な音声で冷酷かつ正確に実況してくる。

「ヤマダお前外部に音声漏れてないだろうなバカヤローー!! 好きでこの天国と地獄のすし詰めになってんじゃねえ!!」

「ん……もう、進ちゃんが動くから余計に変なところ当たってるじゃない……」

「さ、佐藤……っ! 落ち着け……私に密着したまま動くな……呼吸が、乱れる……っ!」

「だから二人とも身を引いてくれえぇぇぇ!!」

押し合ったり、変な声をあげて悶絶したりしながら、ドタバタとダクト内を這い進む俺たち。

はるか前方、ダクトの出口からは上層部中枢の白い光が漏れ出していた。

(……もうどうにでもなれ! 煩悩で死ぬ前に絶対に全員生きて突破してやる!!)

俺は心の中でヤケクソ気味に叫びながら、光の差す出口へと必死に手を伸ばしたのだった。

ご覧いただきありがとうございました!

死んだはずの教官が何食わぬ顔でお茶を飲んでいるという、シリアスクラッシャーな展開から始まった今回のお話。

怒涛のスリッパ乱打から、個性が強すぎて会話が噛み合わない幹部たちとのカオスな作戦会議、そしてお約束の「狭いダクトでのヒロイン密着事故」まで、進の胃と精神力が試される怒涛の展開詰め合わせでお送りしました。

世界の理不尽な構造という重い真相が明かされたものの、当の潜入チームは煩悩とマウント合戦でそれどころではない様子……。

果たして進たちは、煩悩で自滅することなく無事に上層部の中枢へたどり着き、性根の腐った上層部をぶん殴ることができるのか!?

次回も進のスリッパと悲鳴が炸裂する予定ですので、ぜひ楽しんでいただけたら嬉しいです!

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