表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/10

第4章:犯人を問い詰めたら、政府機関に連行された件

「働かなくても生きていける楽園」——その裏でシステムを支えていたのは、過労死寸前の国家公務員と、アプリに改造された隣人のおっさんだった!?

スリッパ履きの主人公・進が巻き込まれる、不条理ブラックSFコメディ、開幕です!

ぜひ気楽にお楽しみください!

第1節:暗闇の中の刺客と、不条理な解体作業

「おい……白状しろッ! ヤマダさんをどうした! どこへ隠したんだよ!!」

俺の怒号が、湿った夜気と錆びた鉄骨の臭いが立ち込める高架下の路地裏に虚しく反響した。

頭上の高架橋を走り去る終電の重苦しい排気音が遠ざかっていくと、周囲は再び不気味な静寂に包まれる。チカチカと点滅を繰り返す街灯が、湿ったアスファルトの上に不気味な影を作り出していた。

俺の数メートル先。錆びついたコンクリートの柱の影から現れた黒いパーカーの人物は、深く被っていたフードを夜風に払いのけた。

露わになったのは、夜の闇を切り取ったかのような綺麗な黒髪をなびかせる、一人の美少女だった。

透き通るような白い肌。無駄な脂肪を削ぎ落としたしなやかな体躯。

しかし何より異様だったのは、その顔立ちだ。整いすぎた容姿はまるで高品質なCGモデルのようだが、人間が持つべき温かみや表情の揺らぎが一切存在しない。ガラス玉のような二つの瞳には、感情の光が宿っていなかった。

彼女の手に握られた黒いハンドガン状の端末。その細い銃口は、迷いなく俺の額へとまっすぐ突きつけられている。

銃口の奥で、青いプラズマの光がバチバチと嫌な音を立てて収束し始めていた。

「……問答は不要です。ターゲット[佐藤 進]の感情揺動値、上昇を確認。これより初期化処理へ移行します」

無機質な音声読み上げソフトのような声。

数日前、俺のアパートの隣室から突然姿を消したしがない独身おじさん、ヤマダさん。

彼を探して深夜の街をスリッパ履きで走り回り、残された微かな痕跡を追ってこの高架下に辿り着いた俺を待っていたのは、この無表情な美少女暗殺者だった。

「ふざけるな……! ヤマダさんはただの気のいい隣人だぞ! 急に行方不明になったと思ったら、こんな暗闇でお前みたいな奴が待ち伏せてるなんて……お前がヤマダさんを連れ去った犯人なんだろッ!?」

俺は足元に引っ掛けた安物の『緑色のビニールスリッパ』の底で激しくアスファルトを蹴りつけ、指先を震わせながら叫んだ。

だが、刺客の少女は眉一つ動かさず、冷淡に言い放った。

「認識の致命的な相違を確認。……おい、ターゲット。あなたのポケットの中で熱を持っているその端末スマホを確認しなさい」

「あ……? スマホ……?」

「早くしなさい。さもなければ、確認する前に頭部をプラズマ消却します」

「催促の仕方が物騒すぎるだろ!」

俺は脅されるまま、震える手でズボンのポケットから古いスマホを取り出した。

画面を点けると、身に覚えのない見慣れない通知が赤字で点滅していた。

『緊急警告:バックグラウンドシステム[コード:YAMADA]の動作が強制停止されました。該当プログラムは危険思想検知プロトコルに基づき、永久デリート(消去)されました』

「な……んだこれ……? コード:YAMADA……?」

俺が画面をタップすると、見知らぬサポートAIアプリのログが開かれた。

そこには、先ほどまで俺のスマホの裏で稼働していたとされる膨大なデータ通信履歴と、聞き覚えがありすぎる呑気な音声ログが残されていたのだ。

『進さん、今夜は卵が特売ですよ』

『進さん、たまには掃除機をかけないと部屋が埃まみれになりますよ』

「これ……ヤマダさんの声……!? なんだよこれ、なんで俺のスマホの中にヤマダさんのアプリが入って……え? アプリ……!?」

頭の中が猛烈な勢いでパニックを起こす。

俺は行方不明になった『生身の隣人のおじさん』を探していたはずだ。なのに、なぜ俺のスマホの中に『ヤマダさん』という名前のAIアプリが存在し、それが今まさに「デリートされた」と表示されているのか。

「状況を理解できましたか?」

銃口を突きつけたまま、少女は淡々と、機械のように説明を始めた。

「あなたが探している『隣人の山田』は、すでに生身の人間としてのアパート生活を終了しています。彼は先月、当庁によって身還(捕獲)され、思考データを抽出されてデバイス化……つまり、サポートAI[コード:YAMADA]としてあなたの端末にプリインストールされていたのです」

「は……!? デバイス化……!? アプリにされたってことかよ!? 人間だったヤマダさんが!?」

「肯定です。そして、そのAIアプリ[コード:YAMADA]を先ほどコンマ数秒前に、遠隔操作で永久消去デリートしたのが私です」

「生身のヤマダさんがアプリにされてて、それをたった今お前が消した……!? 意味がわからなさすぎるだろッ!! ヤマダさんが一体何をしたってんだよ!!」

俺の悲痛な叫びが高架下に虚しく響き渡った。


「ヤマダさんは毎日俺のくだらない愚痴を聞いて、明日の安売り食材の献立を提案してくれていただけだぞ! なんでそんな普通のおじさんをアプリに変えて、挙げ句の果てに消去しなきゃならないんだよ!」

俺が感情を爆発させて問い詰めると、少女はガラス玉のような瞳の奥で、パチパチと青いエラー光彩線を明滅させた。

「『普通のおじさん』……その認識こそが、システムにおける最大の危険因子です」

少女は淡々と、しかし衝撃的な裏の真相を暴露し始めた。

「生前の山田 太郎は、全自動・労働解放社会の基幹システムに対し、反乱を企てようとした『第一級危険思想保持者(社会のバグ)』でした。彼は働かなくても生活が保障されるこの楽園を拒絶し、裏でシステムの破壊工作を画策していたのです」

「ヤマダさんが……反乱分子!? あんな休日のお父さんみたいな格好して、ベランダで植木鉢育ててたおっさんが捕まって改造されたのかよ!?」

「はい。当庁は彼の肉体を拘束後、思考データから危険思想を排除・去勢し、無害な生活サポートAIへと再構成しました。そして、最も交友関係の近かったあなたの端末へ監視を兼ねて配置していたのです。しかし――」

少女の瞳が冷たく細められた。

「AI化された後も、彼のデータ内に潜伏していた『危険な自我』が再燃。システム許容値を越えたバグ領域へ達したため、国家安全維持規約に基づき、即時デリート(消去)を執行しました」

「無茶苦茶だろ!! 危険だからって人間を勝手にアプリに改造して監視役に使い、またバグが出たからゴミみたいにゴミ箱へポイかよ!? 人権どこ行ったんだよッ!」

俺はあまりの理不尽さに激怒し、一歩踏み出した。

「お前……一体何様のつもりだ! 人の日常を、生身の人間を何だと思ってやがる!」

「問答は不要です。……なお、私についての質問にお答えしておくと」

少女は黒いジャケットの内ポケットへすっと繊細な指先を滑らせると、重厚な黒革のカードケースを取り出し、カチッと開いて俺に見せつけた。

そこには金箔の菊花紋章と、複雑なセキュリティホログラムが輝いていた。

『内閣府直属・AIシステム安全管理庁 第一種特殊デバッガー 【如月キサラギ】』

「私、こう見えて国家公務員ですが?」

「国家公務員かい!! 公務員が夜中に暗殺者みたいな真似して一般市民のスマホのアプリ消してんじゃねえよ! 警察呼ぶぞマジで!!」

「どうぞ。ですが警察のシステムも当庁の管轄下にあるため、110番した時点で私の端末へ転送されます。それに――」

如月は「ふぅ……」と、本日一番の深いため息をついた。その吐息には、ドロドロとした現実の疲労感が滲み出ていた。

「勘違いしないでいただきたいのですが、私も好きでこんな深夜残業をしているわけではありません。危険思想データの処理は非常に面倒なのです。今月の当課の超過勤務時間はすでに180時間を突破しており、予算不足により手当は一割しか支給されません」

「お前……生々しい愚痴を重ねてくるなよ! 無感情キャラどこ行った!?」

「効率化のために感情表現の優先順位を最下位に設定しているだけです。……とにかく、私は予算と納期の範囲内で『バグAIの消去』および『感染者の処理』というタスクを完遂しなければなりません」


「働かなくても生きていける天国のような世界って触れ込みじゃなかったのかよ!? なんで元人間をAIにしてこき使い、公務員が過労死寸前でそれをデリートして回ってんだよ!」

俺の至極当たり前なツッコミに対し、如月は壊れた精密機器を見るような冷ややかな目で俺を見下ろした。

「『働かなくても生きていける天国』とは、一般市民向けに最適化された広報用のキャッチコピーです。システム全体の均衡を保つための裏方の保守管理デバッグ業務には、膨大な人間のリソースが投入されています。完全自動化など、ただの理想論です」

「裏方の現場が闇深すぎるだろ……」

「問答はここまでです。危険因子の排除を実行します」

如月は再び黒いハンドガン状の端末を俺に向け、迷いなく引き金を引いた。

『……ピピッ。エラー:照射レンズ破損。プラズマコンデンサの物理的損壊を検知。修理が必要です』

無機質なシステム音声が高架下に虚しく響く。

「……あ」

如月の手が、ぴたりと止まった。

彼女は端末をひっくり返し、さっき高架下の物陰から飛び出してきた際に俺と衝突してアスファルトに落とした箇所をじっと見つめた。そこには、綺麗にひび割れたレンズと、ひしゃげた基板が丸見えになっていた。

「あ、じゃねえよ! 壊れてんじゃねえか!」

「……ターゲット[佐藤]の接触による、国有財産の破損を確認」

「待て待て待て! お前が勝手に落ちて壊したんだろ! 俺のせいにすんな!」

如月はしばらくフリーズしたように黙り込んでいたが、やがてポケットから通常のスマホを取り出すと、何処かへ電話をかけ始めた。

「……こちら如月。ターゲット[佐藤]の処理中に想定外の物理トラブルが発生。消去端末[デバッガーV3]が全損しました。……はい、ターゲットとの接触によるものです」

電話の奥から、ガビガビとした上司らしき怒号が漏れ聞こえてくる。

『ばっか者! あの端末がいくらすると思ってるんだ! 今期の備品購入予算はもうゼロだぞ! どうするんだ!』

「予備の端末はありません。ターゲットの処理方法について指示を仰ぎます。……はい。……え?」

如月はチラリと俺に視線の焦点を合わせた。その瞳に、ほんの少しだけ嫌そうな色が混ざる。

「……了解しました。ターゲットを『危険AIとの過剰適合者(ノイズ適合者)』として確保。そのまま本庁へ連行します」

「は!? 連行!? なんでそうなるんだよ! 俺はただ消えたヤマダさんを探しに来ただけの一般市民だぞ!?」

電話を切った如月は、すっと姿勢を正すと、無表情のまま俺に向かって歩み寄ってきた。

「佐藤 進さん。あなたには『危険思想AIとの共謀の疑い』および『国有財産損壊の容疑』がかかりました。おとなしく出頭していただきます」

「断る! 俺はアパートに帰るんだよ!」

「抵抗は無駄です。当庁の規定により、緊急逮捕権を行使します」

「できるわけ――ぶふっ!?」

如月が袖口からサッと取り出した小型の注射器のような物体を、容赦なく俺の首筋に押し当てた。

一瞬で全身の力が抜け、視界がぐにゃりと歪んでいく。

「な……お前……公務員のくせに……やり方が汚……」

「公務員だからこそ、手段を選んでいる時間がないのです。……おやすみなさい」

崩れ落ちる俺の視界の中で、安物の緑色のスリッパがカラリと脱げ落ちるのが見えた。

暗転する意識の中、俺は「天国なんて嘘っぱちだ……」と心の中で激しく毒づいていた。


重い頭を揺さぶられ、目を覚ました。

「う……頭が痛え……」

硬い金属製の椅子に縛り付けられていることに気づき、俺は慌てて周囲を見回した。

そこは、コンクリート打ちっぱなしの殺風景な部屋だった。正面には一枚の大きなマジックミラー。天井からは一筋の青白いLEDライトが照らしつけられている。

まさに、テレビで見る『取調室』そのものだった。

「目が覚めましたか、佐藤 進さん」

カツン、とヒールの音を響かせて、部屋のドアが開いた。

入ってきたのは、黒いジャケット姿の如月だ。その手には、取調室の定番アイテム――ではなく、プラスチック容器に入った無機質な『栄養補給ゼリー』が握られていた。

「……カツ丼じゃないのかよ」

「当庁の食堂には栄養ゼリーと高濃度カフェイン飲料しか存在しません。予算削減のためです」

「どこまでも夢がないな、この政府機関は!」

俺は縛られた手首をガタガタと揺らしながら叫んだ。

「おい、いつまでこんなところに縛り付けておく気だ! 元人間を勝手にAI化して消去した挙句、一般人を誘拐するなんて完全に違法監禁だぞ! 訴えてやる!」

如月はゼリーのストローを咥えながら、淡々と取調べ用のパイプ椅子に腰掛けた。

「訴えるのは自由ですが、受理する裁判所のAIも当庁の管理下にあります。……さて、佐藤さん。あなたに朗報と訃報があります」

「嫌な予感しかしない選択肢だな! 訃報から聞かせろ!」

「訃報:あなたは『危険AIとの共謀』の罪により、このまま行けば『働かなくても生きていける権利(市民権)』を剥奪され、再教育施設という名の強制労働区画へ送られます」

「地獄じゃねえか!! どこが天国なんだよこの世界!! じゃあ朗報は!?」

如月はゼリーを飲み干すと、机の上に一枚の書類を叩きつけた。

『特殊デバッガー(選別者)養成プログラム 参加同意書』

「朗報です。あなたには『選別者訓練キャンプ』への参加権が与えられました。これに参加し、見事デバッガーとしての適性を示せば、罪はすべて不問。さらに、さっき消去された[コード:YAMADA]のバックアップデータへのアクセス権を再付与する検討がなされます」

「な……!? ヤマダさんのデータを復元できるのか!?」

俺の目が跳ね上がった。

「条件付きですが、可能性はゼロではありません。元危険人物である彼の思考ログは、現在『重要検体』として当庁のサーバー内に隔離保存されています。あなたがデバッガーとなり、システムに貢献すれば、特例としてデータの返還が認められるかもしれません」

「人質ならぬ『AI質』かよ……! どこまで汚いんだ政府のやり方は!」

俺は歯ぎしりをした。

アプリに変えられ、危険人物として消された隣人のヤマダさんを取り戻せるかもしれない。だが、その先にあるのは「過労死ライン突破のブラック公務員デバッガー」の道だ。

目の前で三日徹夜の青白い顔をしている美少女を見れば、それがどれほど過酷な地獄かは火を見るよりも明らかだった。

「……拒否したらどうなる?」

「即座に強制労働区画行きです。そこでは一生、システムの排熱用大型ファンを手動で掃除し続けることになります」

「選択肢が『地獄』か『別の地獄』しかねえ!!」

俺は絶望の叫びを上げた。

選択の自由なんて嘘っぱちだ。俺に突きつけられているのは、どっちを選んでも地獄という不条理すぎる二択だった。

「さあ、署名を。ペンは口で咥えてサインしてください」

「雑だな!? 手の縄をほどけよ!」

「逃走の危険性があるため不可能です」

如月は容赦なく同意書とペンを俺の顔の前に突きつけてきた。

俺は隣人ヤマダさんの間抜けな顔を思い浮かべ、泣く泣くペンを歯で噛みしめると、ミミズがのたうつような字で署名した。

「……よし。手続き完了です」

如月が書類を回収すると同時に、部屋の重厚な扉がけたたましい警報音とともに開いた。

廊下に待機していたのは、全身を黒いプロテクターで固めたガタイの良すぎる大型特殊隊員たちだった。

「ちょっと待て! サインしたんだから解縄しろよ!」

「これより、あなたを第5工区に存在する『選別者訓練キャンプ』へ移送します。訓練開始は明朝5時です」

「早っ!? 準備期間とか説明会とかないのかよ!?」

両脇を巨漢の隊員たちに抱え上げられ、俺は宙吊りのまま廊下へと担ぎ出された。

「頑張ってください、佐藤さん。訓練キャンプの生存率は約68%ですが、生き残れば同僚になれます」

「生存率低すぎだろ!! 同僚になりたくねえよ!!」

俺の叫び声が、無機質な地下廊下に虚しく響き渡る。

こうして俺は、デバイスに変えられた元隣人のヤマダさんを取り戻すため、働かなくても生きていけるはずの楽園(天国)で、地獄の『選別者訓練キャンプ』へと強制送還されることになったのだった――!

最後まで読んでいただきありがとうございました!

理不尽な二択の末、生存率68%の「地獄の訓練キャンプ」へ送られてしまった進。

果たして無事に生き残り、ヤマダさんを取り戻せるのか……!?

次回「地獄の訓練キャンプ編」もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ