52話 旧倉庫街の暗躍と再会
夕闇が街を包み込み、港に立ち並ぶ街灯にぽつぽつと火が灯る頃。
四人は事前に約束していた港外れの静かな公園で合流した。
「二人とも、何か手掛かりは掴めたかい?」
待っていたヴェルナが尋ねると、レナとミアは市場で得た「北側の旧倉庫街」と「夜間に運び込まれる鉄の箱」の情報を詳細に伝えた。
それを聞いたセレスタの顔色が、わずかに蒼白になった。
「旧倉庫街……。実は、私とヴェルナが港の北側を調査した際にも、ごく微弱な『魔素遮蔽の結界』の痕跡を感知したんです」
「魔素遮蔽……? 」
ミアが尋ねると、セレスタは深く頷いた。
「はい。内部で強力な魔素や魔物の気配が発生しても、外に漏れないように隠蔽する魔術です。普通の倉庫街に、そんな高度で怪しい結界が張られていること自体異常です」
「魔法じゃなくて、魔術?」
「そうです。魔術は基本的に魔族に伝わる技術で、皆さんの想像する魔法とはまた別のものです。
魔法は魔素を変換して行使するのに対して、魔術は魔石や触媒、魔法陣、詠唱、契約などの外部要素を利用して発動する技術です。
そのため魔術は、自身の魔力量に左右されにくい反面、十分な準備や媒体を必要とするんですよ」
「……魔素遮蔽の結界を作るなら、それと重ねがけで隠蔽の結界も使うのが魔族では普通なんだ。じゃないとばれるリスクが上がるからね。
つまり──
魔族では無い何者かが、魔族の仕業に見せかけつつ、何かを行おうとしている可能性が高い」
ヴェルナが八重歯を噛み締め、不敵な、だがどこか怒りを孕んだ笑みを浮かべて続けた。
「街道でボクたちを襲った重甲魔獣も、その旧倉庫街から『出荷』されたものかもしれない。……そして、ヒューマン領の地下で蠢く暗躍の拠点が、まさにそこにある」
「……行きましょう」
ミアが短剣を握り直し、端的な言葉に強い意志を込めた。
「暗闇に紛れてコソコソと蠢く奴らの面を、引きずり出してやる」
「うん……!」
レナもまた、胸の奥で芽生えた『光の魔力』を意識しながら、強く頷いた。
「もう逃げない。真相を突き止めて……両親の仇を討つための第一歩を、ここで掴んでみせる!」
二人が抱える重い過去と、旅の真の目的。 その固い覚悟を感じ取ったセレスタは、自分の胸の前でそっと手を握りしめ、二人の目を真っ直ぐに見つめた。
「レナさん、ミアさん。……私も一緒に行きます。お二人が大切なものを奪われた痛みを、私は忘れません。私にできる魔法で、全力でお二人をサポートします!」
「ボクももちろん付き合うよ」
ヴェルナが二人の肩を軽く叩き、いつもの頼もしい笑顔を見せた。
「大切な友達の仇討ちだ。それに、魔族の禁術を悪用する不届き者を放っておくわけにはいかないからねぇ。……さあ、ヴェゼルの夜の闇へ、殴り込みといこうじゃないか!」
「「「おーっ!!」」」
◇
夜の帳が完全に落ち、港町ヴェゼルは静寂と波の音に包まれていた。
昼間の賑わいが嘘のように静まり返った北側の「旧倉庫街」。 潮風に乗って濃い霧が立ち込め、錆びついた鉄扉や打ち捨てられた木箱が不気味な影を落としている。
ザザーッ……、ザザーッ……。
波が岸壁を打つ音に混じって、ミシミシと古い木造倉庫が軋む音が響く。
四人は物陰に身を潜めながら、最も巨大な『第三倉庫』の影へと忍び寄っていた。
「……足音が聞こえる」
ミアがピクッと耳を跳ねさせ、低く短い声で警告を発した。
「内部に複数。……それと、鉄が擦れ合う音と、重い呼吸音だ」
「やっぱり……中に魔獣が……!」
レナが息をのむ。
セレスタがベレー帽の上からそっと額に手をかざし、繊細な魔力探知を張り巡らせた。
「倉庫全体に、極薄の術式障壁が張られています。ですが……裏手の換気口からなら、内部の様子を窺うことができます!」
「よし、行こう」
ヴェルナを先頭に、四人は滑らかな動作で倉庫の裏手へと回り込んだ。 高く設置された鉄製の換気口の隙間から、レナとミアが内部を覗き込む。
そこには——想像を絶する光景が広がっていた。
広大な倉庫の内部には、太い鉄格子で作られた巨大な檻が何個も並べられていた。 そしてその檻の中には、様々な魔物や街道で遭遇した『重甲魔獣』と同種の異形の魔獣たちが、何頭も閉じ込められて暴れていた。
倉庫の中央では、黒いフード付きの長袍を纏った男たちが、怪しげな魔導装置を操作している。 装置からは紫色の不気味な光のパイプが伸び、檻の中の魔物たちから無理やり『魔素』を吸い上げ、ガラス管の中へ蓄積させていた。
そしてそのガラス管から魔獣へとパイプが繋がれている。
「なに、あれ……! 魔物から……魔素を抽出して…魔獣に吸収させてる……!?」
レナの血が引き散るような怒りが湧き上がる。 旧水道施設でセレスタがされていたことと、全く同じ非人道的な実験。そして、その魔素を使って魔獣を兵器化し、街や街道へ解き放っているのだ。
「……あいつらだ」
ミアの声が、氷点下まで冷え切っていた。短剣の刃から、鋭い冷気の白煙が自ずと立ち上る。
「あの日……故郷を襲い、父と仲間を殺した男と同じ……悪意の匂いがする」
「……許さない」
「レナっ!?」
レナの両手から、溢れんばかりのあたたかくも鋭い『光の魔力』が自然と湧き上がってきた。セレスタから教わった制御により、それは暴走することなく、レナの強い意志に従って手元で眩しい弾丸へと凝縮されていく。
「私たちの故郷を奪い……たくさんの人を苦しめて……! 絶対に許さない……ッ!!」
その時——。
「——誰だッ!?」
倉庫内部の黒フードの男の一人が、レナの放った微かな魔力の高まりを感知し、鋭く声を上げた。
「侵入者だ! 殺せ、外に出すなッ!」
ガラガラガラッ! と音を立てて倉庫の鉄扉が開き、黒フードの術士たちと、解き放たれた凶悪な魔物たちが夜の港へと躍り出てくる。
「…くっ、仕方ない! いくよ、みんなッ!」
夜の港へと躍り出てきたのは、黒いフード付きの長袍を深く被った六人の術士たちと、彼らが従える凶暴な魔物たちだった。
「ひとりたりとも生かして返すな!」
頭領らしき男の叫び声とともに、黒フードの男たちが一斉に木製の魔導杖を掲げる。棒状の炎が幾重にも空中に展開され、それらは炎の矢となって雨のように降り注いだ。
「レナは左! ミアは右! セレスタはボクたちの背中をお願い!」
ヴェルナの声が静寂を突き破る。腰の双剣を交差させるように勢いよく抜き放つと、超人的な脚力で地を蹴り、残像を残して敵陣の中央へと跳躍した。迫り来る激しい炎の矢を、二本交差させた刃で瞬く間に切り払う。刃が炎と衝突するたび、パチパチと火花と爆炎が夜の闇に弾けた。
「はい! 『魔導付与・疾風迅雷』!」
後方で陣を構えるセレスタが、ベレー帽を揺らしながら手元に魔法陣の書かれた魔導書を開く。彼女が放った支援魔術の光芒がレナたち三人を包み込み、三人の身体能力と魔力循環速度を飛躍的に跳ね上げた。さらにセレスタは間髪入れず、敵陣に向けて深遠な魔法を展開する。
「『闇影の束縛』!」
足元から伸びた幾筋もの漆黒の影が、前衛の術士たちの影と連結し、その動きを力ずくで縫い止めた。闇魔法による不意の拘束に、術士たちが動揺の声を上げる。
「身体が……動か───!?」
「今です、レナさん!」
「了解っ……! 『集束聖光弾』!」
レナは旅の戦闘で掴んだ感覚を即座に再現した。胸の奥から湧き上がる莫大な光の魔素を、体内で暴走させることなく滑らかに両手のひらへと導く。セレスタの支援魔術によって威力を底上げされた純白の光弾は、まるで夜空を切り裂く流星となって一直線に突き進んだ。
ビュォンッ!
「ぐはっっ!?」
動きを封じられていた術士の一人が、胸元を正確に撃ち抜かれて吹き飛ぶ。余波を最小限に抑えたその攻撃は、隣に立つ味方や倉庫の壁を傷つけることなく、標的だけを確実に無力化してみせた。
「……さすが」
その隙を逃さず、ミアが疾風となって影を駆け抜ける。氷の刃を纏わせた短剣が、美しく冷たい軌跡を描く。
「『極氷連斬』!」
すれ違いざまに繰り出された斬撃が、残るふたりの術士の足元と腕を一瞬で凍りつかせた。冷気は瞬く間に衣服を突き抜け、皮膚を感覚ごと麻痺させる。術士たちは悲鳴を上げることすらできず、その場に崩れ落ちた。
「すごい……! お二人とも、魔力循環の無駄が完全に削ぎ落とされています! ヴェルナさん、右奥の術士が大型の防御結界を構築しようとしています! 術式の起点は彼の左足元、第三魔術文字です!」
「ナイス分析、セレスタ!」
ヴェルナが双剣を閃かせながら、空中を蹴るような変幻自在のステップで敵の懐へ潜り込む。敵の術士が慌てて防御陣を完成させようとしたその瞬間、セレスタの助言通り左足元の空間へと左右の刃を同時に突き立てた。
パリィンッ!
ガラスが割れるような甲高い音が響き、未完成の結界が霧散する。動揺する術士の顎下へ、ヴェルナの鋭い蹴りが叩き込まれた。
「ガハッ……!?」
わずか数分の出来事だった。旅の中で育まれた圧倒的な連携と、個々の成長。四人の猛攻の前に、黒フードの集団は瞬く間に壊滅状態へと追い込まれていく。
だが、最後に残った頭領らしき男が、血走った目で狂乱の叫びを上げた。
「くそっ……! 虫ケラどもが……! こうなったら、全員まとめてハラワタを撒き散らしてやるッ!」
男は懐から禍々しい赤黒い魔石を取り出すと、それを凄まじい力で地面へ叩きつけた。
「起きろ! 『狂乱の剛角獣』!!」
バリバリバリッ!
倉庫の奥、最も頑丈な鋼鉄の檻を縛り上げていたいくつもの封印の杭が、内側からの狂暴な魔圧によって弾け飛んだ。重い鉄扉が歪み、吹き飛ぶ。
「グルアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
耳を塞がなければ鼓膜が破れてしまうほどの咆哮。魔獣すらも閉じ込める頑丈な檻の中から躍り出てきたのは、体長四メートルを超える巨躯を持つ、凶悪な漆黒の魔獣だった。全身は岩石のように硬い甲皮で覆われ、頭部からは身の丈ほどもある二本の禍々しい捩じれ角が生えている。
「ひぃっ……ハハハ! 殺せ! 殺してしまえぇぇッ!」
放った張本人すら風圧で吹き飛ばす魔獣に対し、ヴェルナが即座に双剣を構え直した。
「セレスタ、あの角の根元……魔素のバイパスを遮断できるかい!?」
「はい! 闇魔法と解析を組み合わせます! 『深淵の断絶陣』!」
セレスタの指先から放たれた漆黒の魔力が、暴れる魔獣の頭部へと巻き付いていく。魔獣の頭部に集中していた膨大な魔素の流れが力ずくで遮断され、巨躯が一瞬、激しい痙攣を起こして動きを止めた。
「そこだぁッ!」
疾風と化したヴェルナが魔獣の巨躯を駆け上がる。真っ直ぐに伸ばされた二本の角の隙間、最も防御の薄い眉心へ向けて、双剣を十字に交差させて突き立てた。
「『魔導一閃・十文字』!」
ズバァァァンッ!
閃光が走り、魔獣の眉心が深く切り裂かれた。内部に溜め込まれていた過剰な魔素が暴風となって噴き出し、巨躯は地響きを立てて石畳の地面へと倒れ伏した。
沈黙が、旧倉庫街を取り戻す。
「はぁ……はぁ……やった、の……?」
レナが額の汗を拭い、肩で息を吐いた。転がる黒フードの男たちと、完全に沈黙した巨大な魔獣。四人は見事にこの拠点を制圧した。
「レナ!気持ちはわかるけど、いきなり魔法発動するなんて!制圧できたから良かったけど…」
「ご……ごめん。つい…」
ミアとレナのやり取りを見たヴェルナが、笑いながら近づいてきた。
「にひひっ、流石にびっくりしたけど、無事制圧できたから良かったじゃん」
セレスタは、ズレたベレー帽を直しながら「連携も完璧でしたね!」と微笑んだ。
サァァァ……。
4人が肩の力を抜きかけたその時、海からの夜風に混ざり込む「異物」の匂いがただってきた。
爛れた血の腐敗臭、燃えさかる焦土の煙、そして甘ったるく吐き気を催すような不気味な香水。
(……え……?)
ミアの猫耳が、不快なピッチで小さく震えた。脳裏に強烈なフラッシュバックが押し寄せる。
父の悲鳴、飛び散る血、必死に「逃げろ」と叫ぶ声、最後の言葉を言い終わる前に潰された頭。そして退屈そうに笑っていたあの男の姿。
「……あ……」
闇の奥から、軽やかな足音が響いた。
「あれぇ? 侵入者? 全員倒すなんて下等生物にしては中々やるじゃないか」
カーキ色の髪を雑に遊ばせた細身の青年が姿を現した。
その声を聞いた瞬間、ミアの頭の中で何かがぶちりと弾け飛んだ。
「ああああああああああああああああああああッ!!!!」
狂おしい絶望と殺意の叫びとともに、ミアが絶望的な速度でベルフェル目掛けて一直線に飛びかかる。
「次はミアが!? っく…追撃するよ!」
「はいっ、助太刀します!」
ヴェルナも即座に双剣を抜き放ち、レナも光の魔術を手に宿して、ミアの突撃に合わせて同時に飛び出した。仲間の暴走を見捨てることなく、怒涛の連携攻撃がベルフェルへと襲いかかる。
「おっとぉ?」
ベルフェルはポケットに手を突っ込んだまま、面倒くさそうに首を傾けるだけだった。
「あ〜もう、人が話してる時になんで飛び込んでくるかなぁ? これだから下等生物は……」
ミアの氷の短剣、ヴェルナの双剣、レナの光弾。三人の攻撃が同時にベルフェルの喉元や心臓へと肉薄する。距離にしてわずか数センチ。
だが——。
刃も光も、男の肌に触れることすら出来なかった。
首元や身体の数ミリ手前の空間で、すべての攻撃が見えない油に滑るかのようにスッと逸れていく。どれほど力を込めようと、空間そのものが捻じ曲げられたかのように攻撃が男の身体を迂回してしまうのだ。
「……ん? あれ? あれあれあれ?」
ベルフェルが、ようやくミアに視線を向け、狂気じみた歓喜の表情を浮かべた。
「もしかして君……あの時仕留め損ねた家畜ちゃんじゃないか!名前は……えぇっと………」
「死ねぇぇぇッ!」
「落ちついて! 押し通すよ!」
ミアの連斬に合わせ、ヴェルナも双剣で極限の速攻を繰り出し、レナも至近距離から光を爆破させる。だが、切り刻まれるのは男の周囲の空気と地面だけ。男の着ている服の繊維一枚すら傷つけられない。
「懐かしいなぁ! あん時さぁ、君の父親だっけ? 『娘から手を離せ…』とか泣き叫んじゃってさぁ。面白そうだったからわざと君の前で踏み潰して脳漿ぶちまけちゃったけど! くははっ、あれは傑作だったなぁ…。にしても君、よく生きてたねぇ!」
「黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇッ!!」
「おいおい、そんなにムキになっちゃってさぁ。家畜なりに頑張るのは認めてあげるけど、僕の『領域』には何を持ち込んでも届かないんだよねぇ。あれ、知らなかった?」
ベルフェルは楽しそうにクスクスと笑いながら、目の前で死力を尽くして攻撃し続ける三人を、まるで珍しい虫でも観察するように眺めていたのだった────




