50話 港町ヴェゼルへ! 旅立ちと波乱の予感
「港町ヴェゼル……! 海だーっ!」
都市ラグナスの南門を抜けた瞬間、レナは澄み渡る青空に向かって両手を突き出し、元気いっぱいに叫んだ。
昨日受け取った魔王ハデスからの『セレスタの安全確保を最優先とし、護衛として4人での行動を許可する』という影伝導通信の余韻は、今も四人の胸を温かく満たしている。
「……レナさん、多分それは、着いた時に言うセリフでは?それに、ヴェゼルはここから相当遠いです。 そんなに最初から飛ばしたら、途中でバテてしまいますよ?」
レナの隣で、新調した白と黒のハーフコートの裾を揺らしながら、セレスタがくすりと微笑んだ。ベージュブラウンのベレー帽が朝の光を浴びて柔らかく輝き、その内側には二本の黒い角がしっかりと隠されている。
「大丈夫だよセレスタさん! だって私、体内の余分な魔素を外に逃がす方法を教えてもらったおかげで、身体が驚くほど軽いんだもん!」
「ふふ、確かにレナさんの魔素の制御は上達しましたね」
「まあまあ、気合が入ってるのは良いことじゃない?」
一行の先頭を歩くヴェルナが、八重歯を覗かせてニヒッと笑った。
「ラグナスから南の街道を抜けて、港町ヴェゼルまでは普通に歩けば丸ニ週間の長旅だからねぇ。途中の宿場町や街道の状況次第だけど、急がず焦らず進むとしようか」
「同感」
ヴェルナの隣で愛用の短剣の調子を確かめていたミアが、静かに頷いた。
「距離が長ければ、それだけ魔物との遭遇率も上がる。街道沿いとはいえ、油断は禁物」
「うん! だからね、私、道中で魔物が出たら『魔法メイン』で戦ってみたいんだ!」
レナが拳を握りしめて意気込むと、ミアもその言葉に同意するように視線を向けた。
「私もだ。せっかくセレスタに『氷魔法』の術式構築と魔力消費を抑えるコツを教わった。実戦でどれだけ通用するか、試しておきたい」
「お、やる気満々だね二人とも!」
ヴェルナが面白そうに目を細めると、セレスタも嬉しそうに頷いた。
「素晴らしい心がけだと思います! 魔法は理論を頭で理解するのも大切ですが、実戦での感覚を身体に染み込ませるのが一番の近道ですからね。私もサポートしますので、ぜひ挑戦してみてください!」
「うん! 頑張るよ、セレスタ先生!」
「……先生、ですか……? えへへぇ……照れますねぇ……」
ベレー帽を少し深めにかぶり直し、頬を染めるセレスタ。その微笑ましいやり取りに全員の緊張がほぐれ、四人は賑やかな足取りで南へと続く街道を進み始めた。
◇
ラグナスを離れて数時間。街道の周囲は徐々に人通りが減り、鬱蒼とした街道沿いの森林地帯へと景色が変わっていった。
冷たい風が木々の葉を揺らし、鳥のさえずりだけが響く静寂の中、先頭を歩いていたミアの耳がピクッと跳ねた。
「……来る」
ミアの短い警告と同時に、四人は即座に足を止め、周囲の気配に警戒を強めた。
サササッ、と街道脇の藪が激しく揺れる。 次の瞬間、藪の中から躍り出てきたのは、体長一メートルほどの巨大な野犬のような魔物——『ビルドウルフ』が三頭だった。剛毛が生え揃った背中からは鋭い岩のような突起が突き出しており、赤く光る目で四人を狂暴に睨みつけている。
「ビルドウルフ……街道に出没するEランクの魔物ですね!」
後方に下がったセレスタが、素早く魔術的な状況判断を下す。
「背中の突起は岩のように硬く、生半可な物理攻撃は弾かれます。ですが、属性魔法への耐性は低いです!」
「よし、出番だね!」
ヴェルナが後方に引き下がりつつ、楽しそうに腕を組んだ。
「レナ、ミア! ボクとセレスタは手を加えないから、二人の魔法で撃退してみてよ!」
「「了解!」」
レナとミアが同時に前へ踏み出す。
「ギャウッ!」
一頭のビルドウルフが素早い跳躍でレナ目掛けて襲いかかってきた。鋭い爪が空中を引き裂く。
(焦っちゃダメ……吸って、巡らせて……術式を、定義する……!)
レナは深く息を吸い込み、胸の奥にあるあたたかな光の源に意識を集中させた。地下施設で倒れた時のように魔素を滞留させるのではなく、手繰り寄せた魔素を滑らかに「光の魔力」へと変換していく。
(掌の上に、眩しい光の球を……そして、それを一気に解き放つ!)
「いけええッ!『閃光』!」
レナが突き出した両手から、太陽の破片のような強烈な光の球が爆発した!
レナが突き出した両手から、太陽の破片のような強烈な光の球が爆発した!
「ガアッ!?」
直撃を受けたビルドウルフは、圧倒的な光に視界を奪われ、空中で体勢を崩して地べたへ転がった。
「やった……! 相手の動きを止め——」
喜んだのも束の間。レナのすぐ隣から、悲痛な叫びが上がった。
「ニャァァァァアア!?眩しっ!目が、目がああぁぁっ!?」
「えっ!?」
見ると、前衛で一緒に構えていたミアが両目を手で押さえ、涙目になりながら悶絶していた。
「あ、ごめんミア! 指向性の調整忘れてた!」
「味方まで巻き込むっ…これが光の暴力.....!視界が真っ白で何も見えない.......!」
涙目になりながら短剣を振り回すミアを見て、後方のヴェルナは大爆笑している。
「あははは!レナ、敵だけじゃなくて前衛の相棒まで無力化してどうするのさ!」
「笑ってないで助けてヴェルナ! 2頭目が来てる!」
「はいはい!セレスタ、レナに後で『光の指向性』の講義追加ね!」
「ふふ、はい! レナさん、次は光を周囲に拡散させず、敵だけに『一点集中』させるイメージですよー!」
「う、うん! ごめんミア、もう一回やる!」
「待って、次は私がやる……!」
ミアは眩む目を固く閉じ、短剣を低く構え直してピクッと耳を澄ませた。
視界に頼らず、唸り声と地面を蹴る足音だけで、敵の気配を正確に捉える。
(水で形を作り……土の楔で固める……魔力消費は抑える、かつ最鋭の構造……!)
短剣の刀身を、透き通るほど美しい「氷の刃」が包み込む。
「『氷刃連斬』!」
風を切る音を頼りに繰り出された、疾風のような一閃。
目潰しから立ち直れずにいた二頭目のビルドウルフへ、正確無比に氷の刃が叩き込まれた。
傷口から一瞬で冷気が侵入し、魔物の動きを完全に凍りつかせる。
ドサリ、と凍りついたビルドウルフが崩れ落ちる。
「ガアアアッ!」
残った一頭が、仲間を倒された怒りでレナに向かって突進してくる。
「レナさん、今です! 光を拡散させず、手元で小さく凝縮して撃ち出してください!」
後方からのセレスタの指示に、レナは「今度こそ!」と集中した。
(拡散させない……集束させて、押し出す……!)
「はああぁぁッ!」
レナの手元から放たれた光の衝撃波が、突進してくるビルドウルフの胸元に直撃した。
ズドンッ!
巨大な身体を大きく吹き飛ばされたビルドウルフは、木々に激突してそのまま動かなくなった。
「……ふぅ……っ! ごめんねミア、ホントに……」
レナが申し訳なさそうに謝ると、ミアは目元を拭いながら深々とため息をついた。
「……次は絶対に巻き込まないでね?敵より先にレナの光で倒れるかと思った」
「でもでも! 二人ともすっごく上手だったよ!」
ヴェルナとセレスタが拍手をしながら駆け寄ってくる。
「レナさんの魔素循環も、ミアさんの氷の術式も完璧でした! あとは……範囲の調整ですね」
「にひひ、先が思いやられるけど、にぎやかで良いんじゃない?」
ヴェルナの軽口に全員が思わず笑い出し、四人は賑やかな雰囲気のまま再び街道を進み始めた。
◇
それからニ日後。
街道を進むにつれて連日の戦闘にも慣れ、レナの光魔法のコントロール(味方への配慮)も上達していった。
だが、そんな四人の前に立ち塞がった新たな壁——それは「野営時の火起こし」だった。
「……あ、あはは……やっぱり燃えないねぇ……」
夕闇が迫る街道沿いの広場で、ヴェルナが困り顔で頭を掻いていた。
足元には集められた枝木があるが、ここら辺は昨日雨が降ったようで、火打ち石を使っても一向に火がつく気配がない。
「うぅ……寒いです……」
新しく買ったハーフコートをキュッと羽織り直し、セレスタが小さく身を縮めた。
「ねぇセレスタ、レナの副属性って『炎』でしょ? ここでサクッと炎魔法を教えてもらって、火を点けてもらうわけにはいかないの?」
ヴェルナが尋ねると、レナは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「うぐ……実は昨日、セレスタさんに『炎魔法も教えて!』って頼んだんだけどね……」
「す、すみません……」
セレスタが申し訳なさそうにベレー帽を深めにかぶる。
「レナさんは元々の光の魔素量が凄まじいので、まずはメインの『光』の循環を完璧にしないとダメなんです。光が定着していないうちに別の属性を混ぜると、魔素が体内でケンカして暴走して旧水道施設の時みたいになってしまいますから……」
「なるほどねぇ。焦ってまた倒れられたら元も子もないし、一歩ずつってわけだ」
ヴェルナの納得の言葉に、レナは「ぐうの音も出ない……早く炎も使いたいんだけどなぁ」と悔しそうに唸った。
「……というわけだから、ここは私の『水と土』の応用を試す」
ミアが立ち上がり、集められた薪に向かって手をかざした。
「水分を抜き取り、乾いた土の熱を伝える……『乾燥』」
ほんのわずかな冷気と温気が交差し、薪に含まれていた水分が水蒸気となって抜けていく。乾いた薪に火打ち石を打つと、今度は一気にパチパチと温かな炎が立ち上がった。
「すごい! ミア、魔法で薪を乾かしたの!?」
レナが目を輝かせると、ミアは少し誇らしげに胸を張った。
「魔法は戦闘だけじゃない。生活に役立ててこそ、真の応用」
「ふふ、ミアさんは本当に器用というか天才というか…。頼もしいです」
セレスタが焚き火に手をかざし、あたたかな火の光に目を細めた。
温かいスープと乾パンを囲みながら、四人は焚き火の周りで身を寄せ合った。
「……ねぇ、セレスタさん」
スープを飲み干したレナが、ふと尋ねた。
「港町ヴェゼルって、どんな街なの? ヴェルナは行ったことあるの?」
「ボクはあるよ〜」
ヴェルナが木製カップを傾けながら答えた。
「ヴェゼルはヒューマン領の南端にある巨大な港町さ。世界中の船が集まる貿易の拠点でね。美味しい魚料理はもちろん、いろんな国や種族の珍しい品物が市場に並んでる。……それに、海は本当に広いんだよ」
「海……」
セレスタが遠い目をして呟いた。
「私は……生まれてから一度も、本物の海を見たことがありません。本の中でしか知らなくて……『果てしない青い水たまり』って書いてありました」
「青い水たまりって表現は斬新だけど、あながち間違ってないかもね」
ヴェルナが可笑しそうに笑う。
「ヴェゼルに着いたら、一番綺麗に海が見える高台に行こうよ! そこでみんなで美味しいお魚を食べよう!」
「はい……! すごく、楽しみです……!」
セレスタの瞳に、ランタンの火のように温かな光が灯る。
地下施設の暗闇であれだけ悲惨な状態で囚われていた少女が、今、自分の足で世界を見に行こうとしている。その姿を見るだけで、レナもミアも自分と重なるものを感じ、心が温かくなるのを感じていた。
「さて、明日は少し険しい山道を越えることになる。今夜は早めに寝て、体力を温存しよう」
ミアの提案で、四人は簡易テントの中に身を包み、静かな夜の眠りについたのだった。
◇
そして旅立ちから七日目——ついに旅の最終局面を迎えていた。
四人の前に立ちはだかったのは、港町ヴェゼルへと続く街道の難所——『竜の爪岩』と呼ばれる険しい岩山地帯だった。
ゴツゴツとした岩肌が突き出し、細い山道がくねくねと伸びている。風が強い谷間からは、時折ヒュゥゥと不気味な風切り音が聞こえていた。
「気をつけてね。このあたりは道が狭いし、足場も悪いから」
先頭を行くヴェルナが慎重に足を運ぶ。
「うん……あ! 見て、下の方に街が見える……!」
山道の中腹から見下ろしたレナが声をあげた。
遥か遠く、霞む地平線の向こうに、青々とした巨大な「海」と、そこに身を寄せるように広がる白い街並みが見えていた。
「あれが…海…!大きな水溜まりみたいです…!そして、あそこが……港町ヴェゼル……!」
セレスタが思わず足を止め、ベレー帽を押さえながら感嘆の声を漏らした。
陽の光を浴びてキラキラと輝く水平線。広大な青の世界。
「本当に……青くて、広いです……!」
「ね! すごく綺麗でしょ!」
ヴェルナが嬉しそうにセレスタの隣に並んだその時——。
ガラガラガラッ!
頭上の断崖から、激しい落石の音が響いた!
「みんな、伏せてッ!」
ミアの叫びと同時に、全員が即座に岩陰へと跳び込んだ。
直後、ズドンッ! と巨大な岩が山道を砕き、煙幕が立ち込める。
「……何だ!? 災害じゃない……殺気!?」
ヴェルナが鋭い目つきで上空を見上げた。
崩れた岩の上から、ぬっと姿を現したのは——これまでに見たこともない異形の魔物だった。
体長三メートルを超える、黒い鉄のような甲殻に包まれた巨大な二足歩行の魔獣。
鋭い爪を持ち、その全身からは血と鉄の匂いが漂っている。
「……重甲魔獣……!?」
セレスタが顔色を変えて叫んだ。
「なんで……こんな街道沿いに、魔王軍の先鋭部隊で使われるような高等魔獣が……!?」
「魔王軍の魔獣……!?」
レナの背中に冷たい汗が伝う。
その魔獣の目には、理性がなく、ただ眼前にある生者を破壊するためだけの殺意が宿っていた。
「グルアァァァァッ!!」
凄まじい咆哮が谷間に轟き、重甲魔獣が圧倒的な質量をもって四人へと突進してくる!
「みんな、下がりな! こいつは今までの野良の魔物とはワケが違う!」
ヴェルナが前に出ようとした瞬間、ミアがその腕を制した。
「待って、ヴェルナ。……私とレナにやらせて」
「ミア……!?」
ミアの瞳には、一切の迷いがなかった。愛用の短剣を抜き、鋭い冷気を纏わせる。
「今まで教わった成果を、試す絶好の機会。それに……ヴェゼルを目前にして、逃げるつもりはない」
レナもまた、ミアの隣に並び、両手を強く構えた。
「私もやるよ! セレスタさんに教わった魔法で……味方を巻き込まないように集中して……みんなでヴェゼルに行くんだから!」
ふたりの固い意志を感じ取り、ヴェルナは苦笑交じりに一歩引いた。
「……まったく、頼もしくなっちゃって。無理だと思ったらすぐ代わるからね!」
「サポートします! 重甲魔獣の弱点は、甲殻の隙間——首元と関節部分です!」
セレスタの鋭い助言が飛ぶ。
「行くよ、レナ!」
「うんッ!」
重甲魔獣が巨大な腕を振り下ろしてくる。地を揺るがす一撃。
だが、ミアは野生の勘と軽やかな身のこなしでそれを紙一重で回避すると、魔獣の足元へと滑り込んだ。
(流動する水……硬化させる土……構造を急激に凍結させ、脆くする……!)
「『極氷結界』!」
短剣を地面に突き立てると同時に、魔獣の足元から巨大な氷の柱が噴き出した。
冷気が甲殻の隙間へと侵入し、足首の関節を一瞬で凍りつかせて動きを拘束する。
「ガアッ!?」
動きを止められた魔獣が暴れようとするが、硬化した氷がその巨躯を逃がさない。
「レナさん、今です! 首元の甲殻の切れ目へ……『一点集中』です!」
セレスタの声に応え、レナが跳躍した。
(呼吸を整えて……範囲を広げない……全魔素を、首元の一点だけに集中……!)
胸の奥のあたたかな光が、レナの手元で眩いばかりの貫通弾となって凝縮されていく。
「光の矢よ……穿てぇぇぇッ!! 『聖光砲』!」
放たれた閃光の束が、一直線に重甲魔獣の首元へと突き刺さった!
ズバァァァンッ!
激しい炸炸裂音とともに、光の濁流が魔獣の分厚い甲殻を内側から破壊し、突き抜ける。周囲への余波は最小限に抑えられ、完璧なピンポイント攻撃となっていた。
「ガアァァァ……ッ……」
崩れ落ちる巨躯。
足元の氷が砕け散り、重甲魔獣はそのまま動かなくなった。
静寂が、谷間に戻ってくる。
「はぁ……っ、はぁ……っ! ミア、眩しくなかった!?」
「……ああ、完璧だった。私にも、誰にも当たっていない」
ミアが短剣を鞘に納め、ふっと柔らかく口元を緩めてレナの手を取った。
「凄すぎるよ二人とも!!」
ヴェルナが駆け寄ってきて、二人の背中をバシバシと叩いた。
「あの重甲魔獣を、二人だけの魔法で倒しちゃうなんて! しかも範囲コントロールまで一発でモノにするなんてさ!」
「本当に……素晴らしかったです、お二人とも……!」
セレスタも駆け寄り、感極まったように二人を抱きしめた。
「教えた術式をこんなに短期間でマスターしてくださるなんて……! 私、すごく誇らしいです……!」
「えへへ……セレスタさんの教え方が良かったからだよ」
レナとセレスタはお互いに褒め合い、お互いに照れくさそうに頭を掻く。
「でも……なんでこんな場所に魔王軍の魔獣がいたんだろう?」
ヴェルナが眉をひそめて魔獣の死体を見つめた。
「……いや、よく見るとこれ……、魔王軍の魔獣じゃない。セレスタ、ここを見て。……ね?」
ヴェルナの指の先を見たセレスタの表情が、わずかに引き締まる。
「…印が……、魔王軍の印がありませんね」
「うん。…ヒューマン領の地下で蠢く暗躍……その手先が、この街道周辺にも配置されているのかもしれない。港町ヴェゼルにも、何かがあると考えた方が良さそうだね」
「……」
その言葉を聞いた瞬間、レナとミアの空気がガラリと変わった。
故郷を焼き尽くし、両親の命を奪った魔獣の襲撃。
正体不明の男に、父と同族を殺され、すべてを失ったあの惨劇——。
ラグナスの地下施設での何者らかの暗躍に続き、こうして街道でいるはずのない魔獣が出没したという事実は、二人が追い続けてきた「奴ら」の足跡が確実にこの先へ伸びている。
「……手がかりが、見えてきた」
ミアが短剣の柄を握りしめ、冷ややかな殺気を孕んだ瞳で地面を見つめた。
声は静かだが、その奥底には渦巻く復讐の炎が燃えている。
「あの日、私たちのすべてを奪った奴ら……。その影が、ヴェゼルにもチラついているなら……逃がすつもりはない」
「うん……!」
レナもまた、遠くに見える青い海を見つめながら、両拳を強く握りしめた。瞳には怒りと、絶対に退かないという強い意志が宿っている。
「ラグナスだけじゃなかった。奴らの暗躍の真相を突き止めて、絶対に……絶対に両親の仇を討つ。そのためなら、どんな陰謀が待ってたって引く気はないよ」
二人が抱える過去の深さと、旅の本当の目的。
その覚悟の重さを間近で感じ取ったセレスタは、そっと二人の手の上に自分の手を重ねた。
「レナさん、ミアさん……。私にも、手伝わせてください。お二人は命の恩人であり、大切な仲間です。お二人の大切なものを奪った真相を解き明かすために……私も一緒に戦います」
「……ありがとう、セレスタさん」
レナが少し表情を和らげ、セレスタの手をギュッと握り返した。
「ボクは二人に大切な友達を助けてもらった。それに、魔族である僕らを嫌な顔ひとつせず、受け入れてくれた。今度はボクらが助ける番だよ」
ヴェルナがそっと二人の腰に腕を回し、力強く抱き寄せた。いつものヘラヘラとした様子は一切なく、顔も言葉も目も全てが真剣そのものだった。
「ありがとう、2人とも。…私たちは負けない。真相を暴いて、仇を討って……みんなで一緒に、もっと強くなって進むんだから!」
災いの影は確実に迫っている。
だが、死線を越え、一週間の旅を経て成長した今の四人には、互いを信頼しあう確かな絆と、過去の絶望を乗り越えて未来を切り拓くための強い覚悟があった。
「よし! 決意も新たになったところで、港町ヴェゼルへ殴り込みといこうじゃないか!」
ヴェルナが努めて明るい声を張り上げ、みんなの背中をポンと叩いた。
「海と美味しいお魚、そして……ボクたちの探す『手がかり』が待ってるよ!」
「「「おーっ!!」」」
四人は再び前を向き、力強い足取りでヴェゼルへと続く山道を駆け下りていった。




