48話 受付嬢の苦悩
「こんにちは、冒険者ギルドへようこそ。クエストの受注でしたら、あちらの掲示板から選んで受付へどうぞ」
私はエリシア。冒険者ギルドのラグナス支部の受付を担当しています。
朝の清々しい光が差し込むギルドの大広間には、すでに何人かの冒険者たちが集まり始めていた。武器の手入れをする金属音や、昨夜の酒の残りを散らすような荒い雑談が飛び交っている。私はいつもの笑みを貼り付け、カウンターの書類を素早く整理していた。
「おいおい、エリシアちゃん。今日も相変わらずお美しいねぇ。どう? 今日の仕事が終わったら、俺と一杯付き合わないか?」
カウンターに肘をつき、馴々しく身を乗り出してきたのは、この辺りでそこそこの名を馳せている中堅冒険者の男だった。自慢の剣の柄をチラつかせながら、自信満々の笑みを浮かべている。
「ご指名ありがとうございます、ガラク様」
私は表情ひとつ崩さず、営業用の完璧な笑みを維持したまま、機械的に視線を書類へ落とした。
「ですが生憎と、本日の勤務終了後もギルドの事務処理および本部の報告書作成が控えております。お誘いは大変光栄ですが、お受けできかねます。それよりも、先週ご報告いただいたゴブリン討伐の報酬精算でお間違いないでしょうか?」
「うっ……相変わらずガードが堅いなぁ。真面目なところも可愛いんだけどさ」
「恐れ入ります。では、こちらに受領のサインをお願いいたします」
流れるような手順でペンを押し付け、半ば強引に手続きを終わらせる。男は苦笑いしながらサインを書き終えると、「また誘うからな」と言い残して掲示板の方へと歩いて行った。
「はあ……」
男の背中が見えなくなった瞬間、私は口元だけに聞こえる程度の小さな溜息を吐き出した。受付嬢の仕事は、単なる手続きの処理だけではない。こうした冒険者たちの過剰なアプローチを角を立てずに受け流し、かつギルドの規律を守らせるという高度な立ち回りが求められるのだ。
気を取り直し、次に並んでいた二人組のベテラン冒険者のクエスト達成報告を受け付ける。薬草の納品数を一つずつ確認し、ギルドのデータベースと照合して報酬の銀貨を正確にカウントして手渡す。
彼らが満足そうに頷いて去っていくのを見届けると、一瞬だけカウンターの前に空白ができた。
溜まっていた事務書類を一枚めくろうとした、その時だった。
ギルドの重厚な観音扉が静かに開き、二人の少女が足を踏み入れてきた。
私は職業柄、入ってきた人物を一瞬で観察する。
一人は、光を落としたようなホワイトブロンドの髪を持ったヒューマンの女の子。年の頃は10代前半といったところだろうか。落ち着きなくギルドの天井や壁、立ち並ぶ冒険者たちをすごい勢いでキョロキョロと見回している。
その瞳は警戒と好奇心が複雑に混ざり合った色をしていた。
そして、その隣にぴったりと寄り添うように歩いているもう一人の少女。
(……獣人族? 珍しい……)
霜をまとったような白銀の髪に、ぴんと立った猫の耳、しなやかな尾。ヒューマンが大半を占めるこのラグナス支部では、獣人族が足を踏み入れることは極めて珍しい。二人の衣服はどこか使い込まれており、旅の垢抜けない雰囲気を残しつつも、どこか特有の緊張感を纏っていた。
あの様子から恐らく、ここへ来るのは初めてなのだろう。
二人は入り口の近くで一瞬足を止め、息を合わせるように小さく頷き合うと、トコトコと私の前までやってきた。
「こんにちは、冒険者ギルドへようこそ」
私はいつも通り、マニュアル通りの完璧な笑みと声量で言葉をかけた。
返事がない。ただのしか……いや、二人とも口をポカーンと開けて、固まっている。
受付カウンターの高さにギリギリ届くような身長の二人は、私の顔を信じられないものでも見つめるかのように凝視していた。どうやらギルドの雰囲気に呑まれているか、あるいは私の対応に面食らっているらしい。
「クエストの受注でしたら、あちらの掲示板から選んで受付へどうぞ」
とりあえず、私は沈黙を破るべくマニュアルに沿って言葉を投げかけてみた。
「あ、えっと……」
金髪の少女が、緊張をほぐすように大きく深呼吸をした。そして、意を決したように小さな拳を握りしめ、カウンター越しに私を見上げた。
「その、私たち、登録からなんですけど……」
「初登録ですね。ようこそ。では、こちらへどうぞ」
案内に応じてカウンターの正面に立った二人。
近くで見ると、やはりまだかなり若い。私は職業柄、にこやかな表情を崩さないまま、観察の目を向けた。
……ん?
ふと視線を感じて隣の獣人族の少女に目をやると、彼女は私の胸元……正確には、私の胸のあたりを何とも言えない表情でガン見していた。
(……あら?)
少し可笑しくなりそうになったが、そこはプロ。私は表情を一切変えず、にこやかな笑みを維持したままマニュアル通りの説明に入った。
そして、ランク制度について話している途中、
「ランクが上がると、何が変わる?」
と、私の胸を注視していた獣人族の少女が尋ねてきた。必要な情報は逃さない。抜け目のない子だと思った。
そうして話を進めていくうち、まだ魔力適性を測ったことがないことがわかったため、私は門の脇にある測定室へと案内した。
◇
測定室の台座に置かれた透明な水晶玉。
まずは金髪の少女──レナさんから測定を始めてもらった。
「では、まずレナさんから。ご自身の内側にある“流れ”を、そっと外へ滲ませる感覚で」
彼女が静かに目を閉じ、意識を集中させる。
次の瞬間、水晶の中に小さな光が灯り……一瞬にして眩い純白の輝きが球全体を満たした。さらにはその周囲に、柔らかな赤い炎のゆらめきが重なっていく。
「……おや」
私は思わず声を漏らした。
白い光は、濁りのない圧倒的な「光属性」。そしてそれに寄り添う「炎属性」。
(光属性……)
(…ん!?光属性……!? それも、これほどの純度と出力……)
私は内心で冷や汗をかいていた。光属性は、極めて珍しい伝説級と言っても差し支えないほどの希少属性だ。
不安そうに私を見上げるレナ様の表情で、私はハッと正気に戻った。長年叩き込まれた受付嬢としてのプロ意識が、絶叫しそうになる喉を無理やり抑えつける。
「光属性が主ですね。それも、かなり明瞭です。副次に炎の反応も出ています。光と炎は親和性が高い属性です。攻撃、補助、どちらにも応用が利く組み合わせですね。出力は……どちらも平均以上。伸びしろも大きいです」
私は動揺を必死で押し殺し、努めて平然とした声を装った。プロの私が二人を不安にさせる訳にはいかない。
続いて、獣人族の少女──ミアさんの測定に移る。
「次はミアさん、お願いします」
彼女が触れると、今度は深く澄んだ青い光が満ち、そこに大地を思わせる茶色が静かに根を張るように混ざり合った。
二人とも、新人としては破格の素質だった。
測定を終え、受付カウンターに戻ると、二人は記入用紙に向き合った。
記入し終わって、プレートを渡す。2人はそのまま依頼を受けたいとの事だったので薬草採取の依頼を案内した。
仲良く軽口を叩き合う二人に依頼書を手渡し、規則を伝えると、二人は元気にギルドを出て行った。
◇
パタン、とギルドの重厚な扉が閉まり、二人の姿が見えなくなった──その瞬間。
「ふぅぁぁぁぁぁっ……!」
私は誰もいないカウンターの陰で、ガバッと頭を抱えて突っ伏した。
背中を嫌な汗が吹き抜けていく。
「な、なんてこと……! なんて大ウソを書いてしまったの私……っ!!」
私の目の前にある二人の登録書類の控え。そこには、私がペンの走りを滑らせて書き換えた文字が並んでいた。
◻︎レナ:主属性・火/副次・なし
◻︎ミア:主属性・水/副次・土
「レナさんの『光属性』を……まるまる消して『火属性』にしちゃった……!!」
そうなのだ。私が書類に追記したのは、完全な偽装データだった。
本来のギルド規定であれば、光属性の適性を持つ者が現れた場合、その希少さ故に即座にギルド長および本部、さらには国の上層部へ報告する決まりになっている。
それがギルドの鉄の掟であり、受付嬢としての絶対の義務だった。
しかし、今の世情はあまりにも悪すぎた。
最近、勇者が誕生し、魔族とヒューマン族の関係は極限まで緊迫している。各地で紛争の火種がくすぶり、国も貴族も、少しでも強力な戦力を求めて血眼になっているのだ。
この状況で「光属性の少女が現れた」などと報告すれば、どうなるか。
そんなこと、目に見えている。ほぼ確定で聖職者の高位聖堂や貴族、あるいは国の軍部から強引な勧誘を受け、自由を奪われ、最悪の場合は戦争の道具として前線に送られることになるだろう。まだ10代前半の、あの幼い少女がだ。
あんな小さな子を、無邪気に笑うレナさんをそんな政治と戦争の渦中に放り込むなんて……私には、どうしてもできなかった。
私の脳裏に、先ほど見せたレナ様の不安そうな、けれどまっすぐな瞳が浮かんだ。彼女たちがどんな思いでここへ辿りついたのかは分からない。
だが、冒険者として自分の足で歩もうとしているその将来性を、ギルドの手で握りつぶすような真似が許されるのだろうか。だが───
「もし本部や監査にバレたら……減給どころか即クビ……下手をしたらギルド規律違反で投獄ものじゃない……っ!」
心臓が破裂しそうなほどバクバクと暴れている。
だが、あの少女たちの未来を守るためだ。測定器のログも秘匿処理を施した。私の独断による隠蔽工作だが、後悔はしていない。
「……これでいいの。あの子たちは、普通の冒険者として、自分の足で一歩ずつ歩んでいくべきなんだから」
私はふぅーっと長めのアラームのような溜息を吐き出すと、パンッ!と両頬を強く叩いた。冷や汗をハンカチで拭い、いつもの完璧な受付嬢の笑顔を顔に貼り直す。
「……よし」
私は腹をくくった。受付嬢としての立場を捨ててでも、一人の人間として、目の前の少女の未来を守る選択をする。
カラン、と再びギルドの扉が開いた。
「こんにちは、冒険者ギルドへようこそ。クエストの受注でしたら、あちらの掲示板から選んで受付へどうぞ」
私はいつもと変わらぬ明るい声で、次の冒険者を迎えるのだった。
エリシアさんのこの英断がなければ、レナは今冒険はしていませんし、それに伴って、セレスタを救うこともできませんでした。
仮に、エリシアさんが規則通りの対応をしていた場合、レナは厳しい特訓を連日受けることになり、最終的にセーラの代わりにあの勇者パーティにいれられてました。
(セーラも一応光属性ですが、素質的に言えばレナの足元にも及びません)
ミアもその戦闘スキルと魔法適性の優秀さから軍に入れられていました。
境界観測―魔王も勇者も転生者!?気づいたら私も勇者パーティでした─
になるところでしたね。
エリシアさん!ナイスっ!!!




