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境界観測《リミナル・サイト》-その線の先で、私は死んでいる-  作者: Rasky
第2章 都市ラグナス

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42話 ヴェルナとセレスタの調査記録

 魔王ハデスの同調放送から数日後、魔王城の執務室に勇者エルピス率いる一行が王都を出撃したという一報がもたらされた。


 ハデスが定めた裁定に従い、暗殺部隊のシェルを経由して潜入中のヴェルナとセレスタへ即時撤退の指令が出され、二人はヒューマン領からの離脱を開始していた。


 しかし、出撃の報から四日が経過した頃、ハデスは自らの意思と接続されている大陸規模の境界線構造に、極めて微小な変化が生じたことを察知した。魔王城の最上部、広大な領域地図が浮かび上がる魔術結晶の前に立っていたハデスは、眉をひそめて特定の一点に視線を送った。


「あの境界線は確か“感情臨界型”だったよね? うーん……シェルとノクシアを呼んでくれ」


 ハデスの指示により、間もなく紫髪の幹部ノクシアと、水色ショートヘアの少女シェルが執務室へと召喚された。


 ノクシアは大剣を背負ったまま「あらあら……ハデス様、どうなさったのかしら?」と首を傾げ、シェルはボソボソと小さな声で「ハデス様……お呼びでしょうか……」と静かに頭を下げた。


 ハデスは手元の魔導地図の特定のポイント、都市ラグナス領の最辺境に位置する名もない小さな村を指し示し、シェルに向かって問いかけた。


「シェル、ヴェルナとセレスタの現在の正確な位置は把握できているかい?」


 シェルは袖口から小さな羊皮紙を取り出し、そこに浮かび上がる魔力反応を観察して即座に答えた。


「はい……ヴェルナとセレスタは……現在ヒューマン領の北部を移動中……。ちょうどハデス様が指している……都市ラグナス領の辺境の……すぐ近くの街道を通っています……」


「やっぱりそうか」とハデスは納得したように頷き、今度はノクシアに視線を向けた。


「ノクシア、実はついさっき、その都市ラグナス領の辺境にあった小さな村の境界線が消滅したのを感じ取ったんだ。あそこは軍事侵攻用ではなく、特定種族に対する排斥意思が臨界点に達した際に自動発動する感情臨界型の境界線が発生していた場所だ。

 それが消えたということは、あの村の人間が全滅したか、あるいは境界線そのものを無効化するような不自然な事態が起きたことを意味する。

 勇者たちの動向とも時期が重なるし、状況を確認したいんだ。ヴェルナたち二人に、帰還の途中でその現場の調査に向かってもらおうと思うんだけど……ノクシア、妹やその友達の安全面から考えて、この派遣を許可していいかい?」


 ノクシアは「あらあら……」と微笑み、何ら躊躇することなく深く頷いた。


「ハデス様のご命令なら、あの子たちも喜んでお引き受けすると思いますわ。それに安全面の観点から考慮しても、ヴェルナの風魔法による機動力とセレスタちゃんの強化魔法があれば、単なる現場の痕跡調査程度で後れを取ることはまずありませんもの。任せてしまって問題ないかと存じます」


「ありがとう、ノクシア。じゃあシェル、ふたりに緊急の調査指示を出してあげて」


「わかりました……。特殊伝書虫の波長を切り替えて……至急指示を伝達します……」


 シェルは懐から影の魔力を帯びたごく小さな羽虫を取り出し、空中に放った。魔術通信の網を掻い潜る暗殺部隊独自の伝達手段が、辺境の森を歩く二人のもとへ向けて即座に放たれた。



 ◇



 白髪の少女セレスタと、紫と黒の二色の髪を持つ少女ヴェルナが、ヒューマン領南部の森近くの街道を歩いていた。


 二人が歩を進める中、突如としてセレスタの影がわずかに揺らめき、その影の中からごく微小な魔力の振動が彼女の肌へと伝わった。


 シェルが放った暗殺部隊特有の影伝導通信であった。一般的な魔術探知には一切引っかからないその振動を捉えたセレスタは、立ち止まることなく、歩調を保ったまま隣のヴェルナへ囁いた。


「ねぇ、ヴェルナ。新しい指示が来ましたよ」


 ヴェルナは片方の八重歯を覗かせ、ニヒッと悪戯っぽく笑いながら頭の後ろで腕を組んだ。


「にひひっ、そうみたいだね。うえぇ〜、ハデス様からの直々のご指名だってさ。名前もついてない辺境の村の境界線が消えたから、ついでに調べてこいって」


 セレスタは純白の髪を揺らし、落ち着いた声調で返した。


「うーん、不自然ですね。境界線はハデス様が作り直した神域の構造だし、そう簡単に消えるはずがないですもん。行ってみましょう」


 二人は街道を外れ、指示された極小の村の跡地へと足を進めた。


 到着した現地は、すでに建造物の大部分が破壊され、生活の形跡が潰された惨状と化していた。二人は慎重に周囲の魔力残渣と足痕を観察した。破壊の跡は人間同士の戦闘によるものであった。しかし──


「ねぇ、ヴェルナ。これ、戦闘があったというより…」


「一方的な虐殺が起きた…って感じだねぇ。でもに、何かを引きずった跡とか、不格好なお墓を見る限り、生き残りはいるみたいだね」


 生活感や現場に落ちていた毛や匂いから、ここに住んでいたのは獣人族だと考えられる。獣人族は力や団結力が強く、ただのヒューマン族が虐殺できるとはとても思えないが…。


「この場でわかるのはこれくらいですね」


「そうだねぇ、境界線があった付近を調べに行こっか」


 二人は深い森の中へと歩みを進めた。そこには何本も木がなぎ倒されている光景が広がっており、その光景を生んだ犯人は狂暴化した巨大な生物──魔獣によってなされたものであることが、木々に残された巨大な爪痕や噛み跡の角度から観察された。


 さらに詳細な情報を得るため、二人はそこから数キロ離れた位置にある、ヒューマン族の集落へと向かった。しかし、遠目から見ても明らかに村は崩壊しており、ここも襲われた事が容易に理解できた。古びた薬草屋の店頭には、ごつい体格の男が立っていた。名をバイルと言うらしい。


 ヴェルナとセレスタは、旅人を装ってバイルに接触し、周囲の異変について聞き取りを行った。


「おっちゃん、ここら辺凄い荒れてるけど何かあったの?」


 ヴェルナが愛想よく尋ねると、バイルは不機嫌そうに鼻を鳴らし、擦り傷の残る腕を組みながら太い声で答えた。


「ああ……近づかないほうがいいぞ。数日前、森の奥から見たこともないような魔獣共が流れてきてな。村を一瞬で押し潰しちまったんだ。隣の獣人族の里も襲撃を受けたらしい。そっちは魔獣じゃないらしんだが…。

 そもそも、ここら辺の森じゃ、魔獣自体出たことがなかったんだ」


「でも、魔獣っていのは縄張りを持っていて、無暗に人間の村を集団で襲ったりはしなくないですか?」


 セレスタの問いに、バイルは深く頷いた。


「あぁ、その通りだ。だが、あの時の魔獣どもは目が完全に血走っていて、まるで何者かに無理やり操られて死地に叩き込まれているような不自然な動きだった。気味が悪いなんてもんじゃねえよ。まだ年端もいかない女の子が両親を殺されてよ…。惨い(むごい)話だろ?」


 聞き取りを終えた二人は、村から離れた街道の木陰へと戻った。


 ヴェルナは木に背をもたれかけさせ、腕を組みながら息を吐いた。


「これ以上は分かりそうにないね」


 セレスタも隣に並び立ち、得られた事実を頭の中で論理的に整理しながら言葉を繋いだ。


「ただ、わかったのは、本来そこにいるはずのない魔獣が暴れたことと、そのせいで近くの村が崩壊したこと……ですかね?」


「うん。あの薬草屋のおっさんは、魔獣たちが操られてるようだったって言ってたね。誰かが意図的に魔獣を崩壊した村へ送り込んで、あの村の人間を全滅させた……。その結果、人間族の存在比率と殺意の総量が変化して、感情臨界型の境界線が消滅した、って考えるのが一番因果関係として筋が通るかな」


「獣人族のいた里については何も分からなかったですね…」


「うん。あのおっさんに『ここら辺に獣人族を単独で相手どれるくらい強い人っている?』って聞いたけど、いるわけがないって言われたしね」


 不可解な部分は多いが、ある程度現象の背景にある構造を把握した二人は調査の完了を認識した。目的を果たした以上、次は撤退のプロセスへ移行する段階であった。


 ヴェルナは空を見上げ、すでに夕日が沈もうとしていることを確認すると、軽い調子で提案した。


「今日は遅いし、せっかくなら近くのでかい都市……ラグナスだっけ? あそこで泊まろうよ」


 セレスタは首を少し傾げ、現実的な距離を計算して問い返した。


「遠くないです?」


 ヴェルナはニヒッと笑い、自らの足元に収束する風の魔力を示してみせた。


「ボクらの素早さとボクの風魔法、セレスタの強化魔法使えば……?」


 セレスタもその提案の合理性を理解し、小さく微笑んだ。


「ふふっ、確かに余裕ですね」


 二人は身体能力を強化する魔術と風の推進力を同調させ、常人では考えられない速度で街道を駆け抜けた。かつてレナたちが20日以上かけて歩いた長大な距離を、彼女たちはわずか1時間弱という驚異的な速度で踏破していった。長期間の潜入を難なくこなし、この移動力を発揮する二人の能力は、まさに魔王軍の最高峰の偵察部隊たる所以であった。


 そうして、あたりが完全に暗闇に包まれ始めた頃、遠方に都市ラグナスの巨大な城壁と明かりが見え始めてきた。街道の周りには都市へと向かう行商人や旅人の気配が増加してきたため、二人は怪しまれないようヒューマンの少女を演じ、魔力行使を止めて普通に歩くことにした。


 だが、連日の長旅による不可避の疲労、そして調査を終えて都市へ到達したという安堵からくるわずかな気の緩みが、二人の知覚精度を極限状態から平時へと低下させていた。


 周囲に漂う「ただの人の気配」として処理していた複数の波長が、城壁の影に入った瞬間、明確な敵意と統制された物理的配置へと急変した。


「……ッ!?」


 人影が増えたと感じた次の瞬間には、二人は完全に多層の包囲網の中に閉じ込められていた。相手は足音を殺し、間合いを詰める速度が異常に洗練されていた。二人の反応は、疲労のせいで明確に一歩遅れた。


 セレスタの視界の端で、彼女の側面に瞬時に二人組の影が取りついたのが見えた。


 ヴェルナは異変を察知した瞬間、軽やかに息を吐き出し、即座にセレスタを救出するため足元を踏み込もうとした。しかし、その動きの射線上に、正面の影が素早く割り込んだ。


 距離を詰めれば届く位置であったが、周囲を囲まれた状態で正面の相手と力任せに交戦すれば、その場で完全な乱戦に巻き込まれる。ヴェルナは囲みの中で戦うリスクを極限まで回避するため、一瞬だけ踏み込みを止め、回避行動へ切り替える判断を下した。


 ……止まってしまった。そのわずか一瞬の判断の停滞が、致命的な隙を生み出した。


 その一瞬の間に、側面にいた者たちによってセレスタだけが力ずくで群れから引き剥がされた。ヴェルナが次の行動を起こす前に、残りの影たちが一斉にヴェルナの周囲を押し包み、物理的な圧力と複数の制圧術式によって、彼女の動きを完全に封じ込めた。


 周りを取り囲む者たちの動きは、単なる兵士の暴動などではなく、魔族の身体特性や反応速度をあらかじめ計算し尽くしたかのような、異質なほど慣れた連携であった。


 長旅の果ての闇の中、セレスタは姿を消し、ヴェルナは拘束されたまま、都市ラグナスの冷たい城壁の影に倒れ込むこととなった。




 ◇



 手首を緊縛していた縄を切断し、暗闇の中で拘束を解いたヴェルナは、荒い息を吐きながら立ち上がった。一瞬の油断からセレスタを引き剥がされ、捕縛された屈辱と焦燥が胸を焼いていた。


「くそっ……! ボクが油断しなければ……ボクがここに来るって言わなければ、セレスタがこんな目に遭うことはなかったのに……っ!」


 自責の念を振り払うように頭を振り、ヴェルナはセレスタを連れ去った者たちの痕跡を急ぎ追跡した。風魔法で気配を極限まで殺しながら都市ラグナスの影を疾走すると、やがて都市の西区の一角、現在は使われていない広大な旧水道施設へと辿りついた。


 物陰から遠目に見分けるだけでも、廃施設の各所には厳重な警戒態勢を敷く見張りの姿が多数観察された。本来ならば人身の行き交うはずのない打ち捨てられた地下水道に、それだけの人間が集結している事実は異常であった。


(セレスタは間違いなく、あの地下施設に連れ込まれている……!)


 確信を得たヴェルナだったが、その場ですぐに突入することは叶わなかった。

 地上側の入り口は完全に制圧されており、地下構造の把握もできていない状態で単身乗り込めば、地の利を得ている敵の網にかかり、セレスタを救出する前に自らも制圧される確率が極めて高かった。


(どうする……? ボク一人じゃ不確定要素が多すぎる。仲間……協力者を集めなきゃダメだ。でも、誰を?)


 ヴェルナは思考を巡らせ、条件を弾き出そうと自問自答を繰り返した。


(ベテランの冒険者を雇うか……? いや、ダメだ。あいつらは損得と利益でしか動かない。それに、あの規模の施設を攻めるための腕利きを雇えるほどの金なんて手元にないし、信用できない)


(じゃあ、街の正規兵士はどうだ?……論外だ。身元確認を求められた時点でボクたちの擬態が破れる危険がある。それに、個人の誘拐案件で兵士が即座に動くはずもない)


(損益計算で動かず、ボクが支払える程度の報酬で納得してくれて、なおかつ連絡後すぐに動けて、そこそこの戦闘力を持っている人間……田舎出身の、腕の立つ新人冒険者……みたいな奴……)


 ヴェルナは己の弾き出した条件の都合良さに、思わず自虐的な苦笑を漏らした。


(……はは、そんな都合のいい人間がいるわけないだろ。ボクは何を夢みたいなことを考えてるんだ……)


 葛藤と焦燥に苛まれながらも、ヴェルナは諦めることなく、何らかの手がかりや利用できる人材を求めて都市ラグナス周辺の街道や郊外の採取エリアを潜伏観察し始めた。


 そして数日後。都市近郊の森林境界付近で、ヴェルナの視界に二人の少女の姿が捉えられた。二人は地面にかがみ込み、薬草の採取を行っていた。


 最初は単なる無力な採取者として意にも留めず通り過ぎようとしたヴェルナだったが、その直後、草むらから突如として五匹のスライムが飛び出し、二人の少女の前に姿を現した。


 ヴェルナは樹上からその光景を冷徹に観察した。


(あれ……全然驚かないんだ。まぁスライムだしね。……片方はヒューマンか。足運びもぎこちないし、攻撃のタイミングも遅い。動きは完全に初心者感丸出しだな。

 ……もう片方は、え? 獣人族? ふぅん、珍しいね。ヒューマンと行動を共にするなんて……。あの子は動きが慣れてるな。立ち位置の調整も無駄がない)


 しかし、観測を続ける中で、ヴェルナの知覚は強力な違和感を捉えた。初心者丸出しの動きを見せるヒューマンの少女──レナの視線の動きであった。


(……待って、あの子、動きは戦える人のそれじゃないのに、なんで目の動きだけがあんなにベテラン並みに動いてるのっ!?

 自分の目の前のスライムだけじゃなくて、隣の獣人族の周りにいるやつまで完璧に追ってる……。まるで戦場全体の配置と変化を客観的に観察してるみたいに……)


 戦術的観測者としての異質な才能。動きは拙いものの、全体を正確に把握するその目の動きに、ヴェルナは強い興味と可能性を見出した。


(周囲を警戒できる子に、ベテラン冒険者にも劣らない腕前の子か…。都合のいい人間なんていないと思ってたけど……あの子たちなら、ボクの探している条件に当てはまるかもしれない)


 ヴェルナは樹上で不敵に八重歯を覗かせ、ニヒッと笑みを浮かべた。自らの相方であるセレスタを救出するための唯一の希望として、その二人の少女の動向を追うことを決意しながら。


 ───後日、都市ラグナスの路地裏にて。


「……で、さっきの続き」


 ギルド前からの移動を終え、人通りの途絶えた薄暗い路地裏で、ルナ(ヴェルナ)は背後の二人の少女──レナとミアに向き直り、静かに言葉を紡ぎ始めた。


「任務の内容自体は“消えた境界線の調査”なんだけど、問題はボクの相方が捕まってるって話のほうだね。……連中は西区にある旧水道施設、あの地下水路の跡地を拠点にしてる。相方はそこに連れ去られた」


 レナとミアの視線を受け止めながら、ルナは己が観察した「あの日」の出来事を、そして彼女たちを選び出した理由を、隠すことなく論理的に言語化していくのだった。





「なぁおっさん。なんで薬草屋なのにそんなにごついんだよ?」


「はっはっ!よくぞ聞いてくれたな!わしはこの筋トレメニューを毎日しとるからなっ!」


~ バイルの筋トレメニュー ~


・朝起きたら冷水を浴びて20kmランニング

・丸太を担いでスクワット100回

・腹筋100回、腕立て100回

・懸垂100回

・岩を抱えて山を10往復

・薪割り500本

・滝に打たれながら瞑想2時間

・森で暴れる魔獣を捕まえて朝食前の散歩

・片手で薬草採取(根草や樹皮なども含む)

・夕食後にもう一度20kmランニング

・「今日は疲れたな」と思った日はランニングを30kmに変更


「なんでそのメニューで営業する時間が取れるんですか…」


「……おっさん。その、もしかしてドMってやつか?」


※良い子は絶対に真似しないでください。バイルは変態です。

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×真似しない ○真似出来ない
悪い子だったとしても真似出来る内容じゃないww
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