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境界観測《リミナル・サイト》 ―魔王も勇者も転生者!?でも私はただの村娘です―  作者: Rasky
第0章 私の初めの物語

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12話 崩れ出す均衡

角笛の音が、森に響く。


村の見張り台から鳴らされた警告だ。

その音は森の浅い場所まで届き、木々の間を震わせていた。


「アオォォォ――ン…」

「ウォォォン……」


森の奥から遠吠えが聞こえる。なんだかいつもより近い気がする。けれど一直線に突っ込んでくるような勢いではない。奥から何かが押し寄せ、少しずつ外へ外へと追い出してくるような、重たい波のような響きだった。


レナとミアは森の中にいる。

浅瀬と奥地のちょうど境目だ。ここは村人の巡回も入ることがあるが、それより奥は獣人族の縄張りになる。

はっきりとした線があるわけではないが、お互いに「これ以上は踏み込まない」と決めてきた場所だ。


ミアは耳を澄ませ、じっと森の奥を見つめている。


「奥で争いが起きてる」


「争いって…群れ同士の喧嘩?」


「…いや、まさか、……でも…」


「ねぇ、ミア?大丈夫?」


「…あぁ、いや。狼同士の争いじゃない。もっと重い感じ。なんというか…あれは押されてる感じだ。もしかすると……魔獣が出たかもしれない」


「え、魔獣…?」


レナの喉が乾く。


この森で、獣人族を除けば一番強いのは狼の群れだ。その狼が縄張りを守れないほどの存在となれば、考えられるのは限られている。


「いつもなら、狼は浅瀬まで来ない」


ミアは続ける。


「我々獣人族が巡回もしてる。縄張りから外れないように匂いで散らすし、浅瀬に圧がかからないように調整してる。でも今日は違う。奥で何かが起きて、弱い群れから段々と外に押し出されてる」


森の均衡は自然任せではない。獣人族は森を支配しているわけではないが、流れを整えてきた。獲物が偏らないように、群れ同士がぶつからないように、村側へ圧が寄らないように。


その均衡が、今崩れかけている。


そう自覚した時に背筋に冷たいものが走った。


「村が心配……、ごめん私そろそろ──」


そう言いかけた瞬間だった。

森の奥から、一匹の狼が飛び出してきた。


灰色の毛並み。体は大きいが、どこか怯えている。耳を伏せ、振り返りもせず、まっすぐ浅瀬へ走ってくる。

その姿は、まるで一目散に何かから逃げるような…


──ミアの言う通り、奥で何かがあったんだ。


狼は止まらない。このまま進めば、森を抜けて村の畑に出る。


「まずい、あのままじゃ境界線を越える」


ミアが口早に低くつぶやく。


狼は悪意で来ているわけではない。ただ生き延びるために逃げているだけだ。だが村人から見れば、“森から狼が飛び出してきた”

ただそれだけで戦う理由になる。


ミアが地面を蹴った。


一瞬で狼の横に並ぶ。攻撃はしない。並走しつつ進路を遮り、体を横からぶつけるようにして方向を変えようとする。低い唸り声で威圧し、奥へ戻そうとする。


「戻れ……!浅瀬に出るな!」


狼は牙を剥くが、戦う意思はない。ただ混乱している。


その様子を見ていたのだろう。村の見張り台から悲鳴が上がった。角笛が今度は連続で鳴る。

その後すぐに人の足音がこちらに近づいて来るのがわかった。


武器を持った村人たちが森の中へ踏み込んでくる。

そしてタイミングで、ミアと狼は水しぶきを上げながら並走したまま浅瀬へ突入してしまう。


事情を知らなければ、どう見えるかは明らかだった。


「だめ、やめて……」


レナの声はかすれる。


だが祈りも虚しく、村人たちはついにミア達が見える位置まで来てしまった。弓を構える。狼だけでなく、ミアにも矢先が向く。


「っく、獣共め!こちら側にくるな!」


その叫びと同時に、ヒュン、と空気を裂く音が鳴る。

矢が放たれたのだ。


レナの視界が白くなる。


「だめぇ!!」


叫びながら前に出る。だが矢はすでに放たれている。


幸か不幸か、ミアと狼に向けられた矢はわずかに逸れ、ミアの太ももをかすめるだけで直撃はせずに済んだ。


狼は突然の攻撃に、驚きながら森の奥へ逃げていく。ミアは追えば深追いになるとおもったのかその場を動かない。それに、浅瀬に入っているのを村人たちに見られた以上、ミアは今更逃げる訳にもいかないことを理解していた。


太ももから血が流れている。それでも爪は出さない。


レナはその前に手を広げて立った。


「撃たないで!お願いだから、話を聞いて!」


声は震えている。それでも逃げない。


「危ないから下がって。私は大丈夫」


「嫌!私が下がったら、ミアが撃たれる!」


レナ自身も驚くほど、はっきり言えた。

村人たちはまだ混乱しているようで、


「獣人が狼を連れてきたのか?」


「森から攻めてきたんじゃないのか?」


違う、と叫びたい。


でも村人には見えない。奥で何が起きているのかも、狼が何かから逃げてきたことも。


森の奥では、まだ遠吠えが響いている。さっきよりも重く、低い。


レナはその音を聞きながら、初めてはっきりと理解する。


村人達と獣人族、そして森の均衡は、ただ境界線があるから保たれていたわけじゃない。

獣人族が森の奥で調整し、村人が森を恐れて踏み込みすぎない。その積み重ねで成り立っていた。


いま、それが同時に崩れかけている。


森の奥から押し出され、狼が浅瀬へ出た。

それを止めようとミアも浅瀬へ出た。

村人は恐怖から矢を放った。


どれも間違いではない。けれど、このまま続けば確実に争いが起きる。

そうなる前に、誰かが間に立たなければならない。


森でもなく、村でもなく、そのあいだに。


そして、レナは気づいたのだ。

自分はいま、その双方の立場の間に立っていると。


その時、森の奥から狼のものとは違う怒号のような咆哮が響いた。


状況は更に悪くなっていく。

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