第430話 シャルトルが持ち帰ったもの
エールとマーガレットの墓に行った三日後に、しばらく不在にしていたシャルトルが、アキテーヌの城に戻って来た。
あっちこっち飛びまわっているので、アキテーヌの城にシャルトルが滞在していることのほうが珍しい。
フランスは久しぶりの、シャルトルの美しい姿に、目をかっぴらいて言った。
「シャルトル! おかえりなさい!」
「ただいま戻りました、フランス。実は、すぐに出かける予定なのですが、あなたに伝えたいことがあって、寄りました」
なんですって、じゃあ、もうまばたき禁止よ。
「相変わらず、忙しいですね」
「ええ。商売ごとは、教皇の仕事よりも楽しくて、ついのめり込んでしまいます」
「それは、素敵なことです」
たしかに、教皇をしていた時よりも、今のシャルトルは生き生きとしている。
楽しそうな感じもする。
シャルトルの伝えたいことは、思ってもみない内容だった。
「商売をしていると色々な人に会ったり、情報を見聞きしたりするのですが、今回、アキテーヌ公に仕えていたという人に会いました」
「え。先代のアキテーヌ公ですか?」
「そうです。あなたのお父様が、このアキテーヌの城にいたころ、侍女長をしていたという方です。ずいぶんお年ですが、お元気にされています。あなたのことを心配しているようでした」
「まあ……」
「ここに、場所を記しておきました。訪ねれば、きっと喜びますよ。それに、あなたのご両親の話も聞けるかもしれません」
フランスは、シャルトルの優しい気づかいに、感動しながら言った。
「シャルトル、本当にありがとうございます」
「では、お礼に今度一日デートしてくださいね」
「あ、はい。……エッ⁉」
「ではまた」
「えっ、ちょっと……‼」
シャルトルは、戸惑うフランスを残して、さっさと仕事に出ていった。
フランスは、後日、時間をつくって、アミアンとふたり、シャルトルに教えてもらった場所を訪れた。
「アミアン、一緒に来てくれてありがとう、婚約式の準備で大変だろうに」
「もう、ほとんどすることはないですよ」
「そうなんだ。さすがね。ご両親とは、その後も、良いかんじ?」
「はい。すごく可愛がられています。お義母様は、とにかく女の子が欲しかったらしく、会うたびに着せ替え人形のごとくドレスを買ってくださいますし。お義父様は、とんでもない酒豪で、はじめてつぶれずに一緒に飲める人がいるって、そうとう喜んでくださっています」
「なんだか、楽しそうね」
「楽しいです」
アミアンが、邪気のないにっこり顔で言った。
「お嬢様は、浮気ゆるされて良かったですね」
「うわーん!」
そんなこんな話しながら歩いていると、目当ての場所についた。
アキテーヌの市街からはけっこうはずれた場所にある。
石造りの家だった。古いが、まわりには花が植えられていて、あたたかな雰囲気がある。石垣の間からも、小さな花が顔をだしていて、時間をかけてこの場の生活と自然に馴染んだ、落ち着いた感じがある。
扉をたたく。
しばらくすると、若い娘が出てきた。
「まあ、おばあちゃんに会いに来てくださったんですね! 嬉しいです! こちらへどうぞ!」
若い娘はにこにこと、気楽な様子で中へ案内してくれる。
フランスもアミアンも、できるだけ質素な服装で来た。
配慮したというよりも、公務をするとき以外は、だいだいこの感じだった。教会で雑務をしていたときと変わらない。
今回は、これで良かったかもしれない。
気をつかわせちゃ悪いもの。
若い娘が案内してくれたのは、石造りの家の中を通り抜けた先の、あたたかな中庭だった。
陽だまりのようなその場所は、花や草がたっぷりと陽をあびて、やさしく手入れされている。
そこにある古い木の椅子に、ひとりの年老いた女が座って、目をつむっている。
若い娘は、年老いた女に近寄り、大きな声で言った。
「おばあちゃん! お客様が来てくださいましたよ!」
年老いた女は、ゆっくりと目をあけた。
「ちょっと、耳が聞こえづらいんです。大きめの声で話してあげてください」
若い娘は、そう言うと、飲み物を用意してくるとその場を離れた。
フランスは、年老いた女に向かって、笑顔を向けて言った。
「お久しぶりです。覚えていらっしゃいますでしょうか。アキテーヌ公の娘、フランスです。それに、こちらは侍女のアミアン」
年老いた女はしばらくぼんやりとしたあと、「ああ!」と何か思い出したように立ち上がる。
フランスは、近づいて立ち上がる女の腕をささえた。
女は感極まった様子で言う。
「フランスお嬢様……」
その瞳を見つめて、声を聞いた瞬間。
フランスの中に、記憶がよみがえった。
思い出されたのは、背が高く、厳しめの顔付きをした侍女長の姿だ。襟のすこしの乱れも許さないという、几帳面な服の着方から、性格がうかがいしれそうな雰囲気があった。
あんなに、大きく見えていたのに。
ちいさい頃は、この瞳を、はるか上に見上げていた。
今や成長したフランスの目の前にいるのは、フランスよりもすこし背の小さい、年老いた女だった。
ただ、どことなく雰囲気は、あのころのまま、服の襟は今も几帳面にそろえられている。
そう……、もうこんなにも時が経っているのね。
アキテーヌの城にいたころも、すでに白髪が多かった侍女長の頭髪は、すでにほとんど白くなっている。
「アミアンお嬢様も……、お元気そうで」
瞳をうるませてそう言う侍女長の瞳を見つめて、フランスはあらためて、この機会を与えてくれたシャルトルに感謝した。
しばらくお互いに、今の暮らしを話したりする。
「もっと早くに、わたくしからご挨拶に向かうべきでしたが、もう足がすっかりうまく動きません。こんなところまで来てくださって」
侍女長はそう言って、嬉しそうにした。
フランスは、しばらく話したあと、気になることを聞いてみることにした。
「実は、聞きたいことがあったんです。お父様のことです」
フランスは、ずっと気になっていた。
アミアンの母親を連れてきた、アキテーヌ公である父親が、どんな人物だったのか。
おさなかった自分やアミアンの目には見えなかった部分もあるかもしれない。
優しい面影だけがほんのりと残されているが、本当の姿は……。
——知りたい。




