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第431話 本当の姿

 陽だまりのような中庭にあるテーブルには、あたたかな飲み物が用意された。


 フランスは、侍女長と向かい合うようにして座り、お茶を飲みながら、ゆったりとした気持ちで話していた。


 となりで、アミアンもお茶をふうふうやりながら話を聞いている。


 フランスは、姿勢を正し、すこしこわい気持ちで聞いた。


「お父様のことを教えて欲しいんです」


 ここに来る前に、どうしても聞いてみたいと思っていた。

 自分の父親の、本当の姿。


 フランスは、カップの中のお茶に、陽の光がさして、美しくゆらめくさまを眺めながらつづけた。


「アキテーヌの城にいたころ、わたしはまだ小さかったですし、たしか、お父様は忙しくて、そう長い時間会えたわけではないような記憶があります。すこし覚えているのは、優しい姿ですが……。あまり、よく覚えていなくて」


 侍女長が、しわの深くなった手でゆっくりと、お茶のカップをテーブルにもどして答える。


「旦那様は、立派なお方でした。城につとめる者からも、とても慕われていました。気さくなお方で、陛下とお呼びする者よりも、旦那様と親しみを込めて呼ぶ者が多かったほどです。城にいる時間が少なかったのは、たしかにそうです。とにかく、ほんとうにいつもお元気な方でしたから、領地中走り回って、あれやこれやと忙しくされておりました。隣国と境界地のことで、ずっと小さなもめ事もたえませんでしたし」


 侍女長は、なつかしむように微笑みつづける。


「アキテーヌがこれほど豊かになったのは、旦那様の努力があったからでもあります。アキテーヌは、もともと豊かでしたが、彼のおかげで、ますます暮らしやすい場所になりました。今も、その時代を覚えているものは多くいるはずですし、アキテーヌ公であったあなたのお父様に、良い感情を持つものもたくさんいるはずです」


「そうなんですね」


 フランスは、すこしほっとしつつも、気になっていることを聞いた。


「ずっと、気になっていたのです。その……、お父様とお母様は……、仲が悪くはなかったんでしょうか?」


 侍女長は、にっこりと答える。


「とても、仲睦まじいご夫婦であられました。旦那様が、奥方様に一目惚れされて、熱烈にアプローチされたのは、あの頃のアキテーヌでは有名なお話でした」


「まあ、そうだったんですね。なんだか、素敵だわ」


「とても素敵なご夫婦でしたよ」


 意外だわ。

 もっと、冷えたような関係かもしれないと、そう思っていた。


 だって、お父様は……。


 フランスは、勇気を出して聞いた。


「でも……、その、お父様は、愛人を連れて来たでしょう?」


 侍女長が首をかしげる。


「愛人?」


「アミアンの母親を、まるで戦利品みたいに、城に連れて来て、そばに置いていたでしょう」


 最後のほうは、ほとんど消えてゆくように、フランスの言葉は小さくなった。となりにいるアミアンに目をむけられなくて、手元のカップに視線をそそぎつづける。


 侍女長が声を大きくして言った。


「まあ! まあ! いいえ! そんな! 誰がそんなことをお嬢様に!」


 フランスが、視線をあげると、侍女長は、自分を落ち着けるように、ひとつ大きく息をはき、肩をさげて言った。


「いいえ、そうですね。お嬢様が、もしや、そういう噂をお耳にされていたとしてもおかしくはありません。城に訪れるものの中には、軽々しくもそのような根も葉もないうわさを口にするものもおりました。口さがないものは、すぐに面白おかしく考えたりするものです……」


 侍女長は、まっすぐにフランスに視線を向けた。

 優しい瞳だった。


「あの頃、旦那様も、奥方様も、フランスお嬢様を、城の中にしまいこんで、お隠しになるような育て方はされておりませんでした。もっと気安い雰囲気で、城を訪れた者とも触れ合えるような、開放的な状態でした」


 おさないお嬢様に言い聞かせるような、優しい声。


「そういううわさは、ありました。ですが、違います。旦那様のお気持ちは、奥方様だけに向けられていました。それは、側でお仕えするものなら、疑いようもないほどのものです」


 フランスは、まだおそろしい気持ちを捨てきれなくて、すがるように言った。


「それじゃあ……」


 侍女長が、微笑んで言う。


「旦那様は、非常に情深い方でした。部下のことも、とても大切になさっていました。いつだったか、境界地のもめごとで、部下のひとりが深い傷をおって倒れたとき、森に住んでいたアミアンお嬢様のお母様が、助けて下さったのです。そのとき、たったひとりで、ひどく飢えた子どもを森で育てているのを心配して、旦那様がふたりを城へ連れて来られたのですよ」


 ひどく飢えた子ども……。


 フランスは、あの小さなアミアンを思い出した。

 ぶりぶりのイモ虫を食べる……アミアン……。


 侍女長は、楽しい思い出を見つけたように、くすくす笑いながら言う。


「なつかしいですね。アミアンお嬢様が、城へいらした日のことは、今も覚えております。慣れない移動のせいか、アミアンお嬢様は到着されてすぐに熱を出されて。わたくしが、アミアンお嬢様のお母様を案内したり、一緒に熱さましの薬湯を用意したり、いりような物を聞いたりしている間に、耳ざといお嬢様が、アミアンお嬢様のお部屋にしのびこんで……」


 侍女長は、おかしそうに笑う。


「フランスお嬢様づきの侍女が、部屋にお嬢様がいないと大騒ぎするやらで、大変でございました。わたくしが、アミアンお嬢様のために、熱さましを用意して部屋に戻ったころには、ふたりともくっついてぐっすり眠っていらっしゃって」


 そんな大騒ぎになっていたんだ。

 自分にとっては、かなり静かな思い出だったのに。


 大人は、バタバタさせられていたのね……。


 フランスは、ひとつ気になったことを聞いた。


「アキテーヌの城にある庭園は、お父様がアミアンのお母様のために用意したものだと思っていたけれど、ちがうのかしら」


 すると、侍女長が、「ああ」と何やら含みのある顔でうなずく。


「合っておりますが、すこし違います。あれは、奥方様が旦那様におねだりして、アミアンのお母様のために用意された庭園ですよ。おふたりは、おどろくほど、仲が良かったですから」


 侍女長が、苦笑するようにして続ける。


「仲が良かったというよりは……」


「いうよりは?」


「奥方様が、とんっでもなく、アミアンのお母様を気に入って、ずっと側におかれていたというのが正しいかもしれません」


 えっ。

 お母様が、アミアンのお母様のことを気に入っていたの?


 フランスは、意外な答えに、何と言ったものか分からなかった。


 侍女長が、困ったように笑いながら言う。


「アミアンお嬢様のお母様は、大変お美しい方でした。で、奥方様が、一番、どはまりしておられました」


 どはまり!

 なんだか、他人事とは思えない。


「お父様がどはまりしていたんだと思っていたのに、お母様がどはまりしていたのね……」


「まことに、まことに」


 お父様とお母様のお話、聞くほどに、ちょっと他人事とは思えない。


 お父様、ごめんなさい。

 ずっと長いこと、お父様のこと、浮気者なんだと思っていました。


 自分が思い込んでいることのすべてを、疑うべきかもしれない。


 本当の姿は、ほんのささいなことで隠されてしまう。


 お母様は、フランスがシャルトルの美しさにどはまりしているように、アミアンのお母様にどはまりし、お父様は愛人をかこう浮気者ではなかった。


 フランスは、口の中でちいさくつぶやいた。


「浮気者は、わたしです」


 まことに、まことに。



 アーメン。





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