第429話 浮気か、浮気でないか
エールとマーガレットの墓の前で、ひざをついて向き合うふたり。
フランスとイギリスは、お互いに真剣な顔で、向き合っていた。
浮気をしたと告白したフランスの前で、イギリスが顔を青くして、おそれるように小さな声で言った。
「……エールか」
フランスが首を横にふると、イギリスがさらにおそれる表情で言う。
「まさか、ダラム?」
「ちがうわ。マーガレットよ」
それを聞いて、イギリスは眉間に皺をよせたあと、しばらく考えるようにしてから「そっち?」と言った。
そっちなの……。
イギリスが、ひとつ息をはいてから言った。
「いつから?」
「うーん。いつからかは、はっきりとは分からなくて。自覚したのは、マーガレットが冷えた姿で池からあげられたときに……。何もかも投げ打っても、彼女のために何かしたいっていう気持ちになった」
「……」
「男女の情愛とは、違うかもしれない。彼女に触れたいとか、触れて欲しいとか、そういう気持ちはなかった。でも、友情や親愛よりも、もっと苦しいような感情だったの。彼女の心は、孤独で気高くて美しいから、側でひざまずいて、彼女のために何もかも捧げたくなるような、そんな気持ち。わたし、あの時、もしマーガレットがわたしを突き放してハデスから遠ざけてくれなかったら……、ずっと、彼女の側から離れられなかったかもしれない」
「……」
「わたし、今も、彼女のこと心から愛しているわ。エールとふたり、光に向かって歩いていて欲しい」
「そこは、自分がとなりにいたいんじゃないんだな」
そう言われてみると、フランスの中に、そういった感情はなかった。
今は、ただ、エールを待つと言ったマーガレットと、ひたむきに思いつづけたエールが、一緒にいてほしいと、心から願っている。
「……そういえば、そうね。……これって浮気になるかしら?」
「うーん……」
やっぱり浮気かな……。
フランスが不安な気持ちで、自分の手をぎゅっとやったりしていると、イギリスが言った。
「触れたいと思うのは……誰?」
「それは……。あなたよ」
「触れられたいのも?」
「……うん。あなただけ」
イギリスは、すこしためらってから聞いた。
「今まで他にもいた?」
フランスは急に恥ずかしい気持ちになって、うつむき気味に言った。
「いないわ。あなただけ」
見上げると、なぜか、急にイギリスの表情がそんなに変わっていないのに、生き生きとした気がした。イギリスがその雰囲気のまま続ける。
「わたしのとなりに、きみとは違う人が恋人として側にいたら、どう思う?」
「祝福しなきゃいけないと思う。でも、つらいわ。そういう場面を想像したら、とてもつらいの」
イギリスの指先が、そっとフランスの頬に触れる。
「わたしも、同じだ」
ふたり、見つめ合う。
イギリスが悩ましい顔で言った。
「キスしたい」
「だめよ」
「くそっ」
見たことのない気安い感じの悪態をつくイギリスを見て、フランスは笑った。
イギリスが、なんだか決意をかためた顔で言う。
「百年たったら、すぐキスする」
フランスは笑って言った。
「楽しみね」
イギリスは、ふと、気づいたみたいに言う。
「そうか……。楽しみ……だな」
長く苦しいだけの道じゃない。
先には、さらにおもしろくて素敵なものが待っている。
愛想、つかされなかったかな……。
フランスがちょっと、肩の力を抜くと、イギリスがふと言った。
「わたしは、フランシスに惹かれていた。触れたいと思うくらい」
「へえ……」
一瞬、何か分からなくて、もう一度、イギリスの言葉を咀嚼しなおしてから、フランスは叫んだ。
「ええッ‼ そうだったの⁉」
びっくりした!
そうだったんだ!
フランスは、大真面目に言った。
「イギリスって、男でも女でもいけるタイプだったんだ」
「きみもだろ」
「たしかに‼」
ふたりとも、男も女もいけるタイプだったんだ。
え~、びっくり。
フランスは、気になって聞いた。
「え? フランシスに対してそう思ったのは、いつの時点で?」
「一ヶ月ほど、ふたりで一緒に過ごしたときに」
「あ~……」
あの時か……。
毎日、同じベッドで眠っていたけれど、あの時、好き好き同士だったんだ。
へえ。
イギリスが、真面目な顔で言った。
「つまり、わたしは浮気はしていない」
うぅっ。
フランスは、苦しくなった胸をおさえて言った。
「そ、そうね。かぶっていないもの。マーガレットとフランシスとわたしと、それぞれ間に相当な年数あいているし」
イギリスが、半目で言う。
「浮気者」
「くっ……ごめんなさい……」
ふと、フランスは、ヴラドを捜しに行ったときに見た、自分のおそれが見せる幻を思い出した。イギリスが、他の女性と仲良くしている場面だ。
フランスは、まっすぐイギリスを見つめて言った。
「あなたにとって、キスすらできないこの関係は……、つまり、身体の距離が縮まらないことは……、その、心の距離まで遠ざけることかしら。わたし、あなたのこと、ひどく苦しめている?」
イギリスが、じっとフランスの瞳を見つめて、フランスのことを強い力で引き寄せる。フランスは、彼の腕の中に倒れ込むみたいにして、抱きしめられた。
「きみが好きだ」
「わたしも好きよ」
「弟と、元婚約者の墓の前で言うのは、かなり、気まずいけど」
たしかに!
フランスはちょっと笑った。
「正直、きみともっと深い仲になりたい気持ちも欲望もある。でも、それ以上に、きみの気持ちを尊重したい。きみが、いやがることはしない。きみが喜ぶことだけしたいんだ」
「わぁ……」
「わぁ?」
イギリスが笑いだして、フランスも笑った。
「わたしも、あなたが喜ぶこと、たくさんしてあげたいわ」
「うわぁ……」
「うわぁ?」
ふたりで我慢できなくて、抱き合ったまま思いっきり笑う。
イギリスが笑ってから、マーガレットとエールの墓に向き合って言った。
「きみたちのもとに安らぎがあることを願う。わたしは、怒ったりしていないから」
怒ったりしていないから——。
だから、安心して。
そういうふうに聞こえた。
イギリスが、しばらくして、気の抜けた感じで言う。
「それにしても、マーガレット姫は、わたしとエールの心だけでなく、フランシスの心まで奪っていったんだな」
フランスは確信をもって言った。
「わたしが一番、マーガレットのこと好きだったと思う」
「は? そんなことはない。わたしだって、赤い竜に立ち向かうくらい、彼女のことを好きだった」
「わたしもハデスに行くぐらい、彼女のことを好きだった」
同じ人を好きだったって、なんだか変な感じね。
でも、なんだか、嬉しいような感じもする。
イギリスが、フランスの手をにぎって言った。
「今は、きみのことが一番好きだ。誰よりも」
「わたしも」
ふたり、手をにぎりあって、墓を見つめる。
「マーガレットって、やっぱりすごく魅力的な人だったわよね。なんだか、何もかも捧げたくなる感じがあった」
「そうだな。彼女は、何も求めないから。こっちから捧げたくなる感じがあったのかもしれない」
「今は、エールとお互いに支え合っているかしら」
「そうであってほしい」
ぽかぽかの天気。
フランスは、ぽかぽかの気持ちで言った。
「ふたりのために、讃美歌歌ってみる?」
「……」
「エールが笑ってくれるかも」
イギリスが笑う。
それじゃあ、しょうがないな、という感じでイギリスが、兄王子らしい顔で言った。
「それなら、歌うか」




