第427話 向き合うべきこと
アキテーヌでの暮らしは、ずいぶんと落ち着きはじめた。
朝目覚めると、フランスの女公としての勤めがはじまる。
勉強もしつつ、政務も補助されながら行う。
その日の仕事が収まれば、妖精たちが商売をしている市場を見に行って、ついでに奉仕活動的なこともしたりする。
どうやら、うわさを聞いて、人間の国で暮らす半妖精も、市場に集まってきているらしい。
フランスとシトーは、小さな掘っ立て小屋を市場の近くに建てた。小さなこの小屋を、教会として、妖精や半妖精たちに読み書き計算を教えたり、食事を提供したりしている。妖精や半妖精たちが、人の国ですこしでも暮らしやすくなるように。
「よう、女公陛下って、そんなこともするのか?」
フランスが小屋の前の雑草を抜いていると、ロビンが声をかけてくる。
「なんだってするわよ。それに、こういう時間も大切よ」
フランスは、雑草をにぎったままの手で、額の汗をぬぐった。
美しく立派な女公としての衣装に包まれて、それに見合った権限を行使することにも、慣れてきた。
でも、あんまり立派なかっこうに包まれて、相対する人々が自分に向けて身を低くするという状況が続くと、なんだか自分が遠ざかるような感覚になった。
フランスにとっては、誰かのために何かをしたいということは、どんな状況でも変わらない。
たとえ女公になったとしても、変わらずにありたい部分がある。
こうして、誰にも気さくにされる場所で、立っているのが、心地よかった。
ロビンが、フランスの顔を見て、首をかしげながら言う。
「ふうん。フランスは今日も可愛いな」
「そう? 野良着だけど……。ロビン様は今日も素敵ね」
ふたりでにっこりやる。
フランスは、シトーが青空教室で読み書きを教えているのを眺めながら、完全に心地よい気分になった。
最近は、聖女フランスが奉仕活動をしていると聞いて、小さな掘っ立て小屋にすぎない教会に、癒しの力を求めて訪れる者もあった。その中には、人も、妖精も、半妖精もいる。
小さな掘っ立て小屋にすぎないが、フランスはこのちいさな教会をとても気に入っていた。
何事も、大きくするのが正解とは限らないのかも。
こうした小さな場所で、手の届く範囲のことに努力して尽くすということは、驚くほどフランスの心を満たした。
「でもまあ、そのうちこの教会も、すきま風をふせげるくらいには立派になってくれるかな」
フランスは、掘っ立て小屋の隙間に、石をねじこみながら、満足な気持ちでつぶやいた。
夕暮れ時になると、赤い竜が飛んでやってくる。
イギリスが、笑顔で言う。
「フランス、そろそろ帰ろう」
「そうね!」
こうして、いつも帝国での政務を終えたイギリスが迎えに来てくれて、一緒にアキテーヌの城にもどる。
これが、フランスにとっての新しい日常だった。
その日、夜に食事を終えてから、イギリスとふたり、アキテーヌの城にある庭園で、酒を飲むことにした。
大切な、ふたりっきりの時間。
フランスは、黒イチゴ酒を楽しみつつ言った。
「ねえ、イギリス」
「なんだ」
「そろそろ、アキテーヌでの暮らしも落ち着いたし」
「うん」
「わたし、ずっと悩んでいたんだけれど、あなたに話したいことがあるの」
「……」
フランスは、先をうながすイギリスの視線を受けて、ちょっと、ためらってから言った。
「その話なんだけど……、もし聞いてもらえるなら、ある場所に行ってから、話したいのよね」
「どんな話なんだ?」
「エールと、マーガレットのこと」
「……」
フランスは、注意深く、イギリスの表情をうかがいながら、ゆっくりと言った。
「あなたは、もしかして、聞きたくないかもしれないけれど、わたしが見たエールとマーガレットの姿は、きっとあなたの目には隠されていた部分だと思う。それを聞いて、ふたりのことをゆるしてあげてほしいとか、そういうことじゃないの。ただ……、わたしが見て感じたこととか、すごく悩んだこととか、それをあなたに聞いてもらいたい」
フランスは、持っていたグラスを置き、イギリスの手にふれて続けた。
「エールのお墓に、一緒に行ってみない?」
「……」
「無理にとは言わないわ」
「墓には、いつか行きたいと思っていた……」
そう言ったイギリスの表情は、複雑だった。
悲しむような、後悔するような、受け入れがたいような、なんともいえない表情。
イギリスが、フランスの手をにぎり返して言った。
「エールと……」
イギリスは、ひどく言いづらそうにためらってから、ようやっとその名前を口にした。
「……マーガレットについて、きみの話を聞きたい」
「うん」
ふたりで、くっつく。
話すのは、勇気がいるわ。
でも、イギリスが聞くために持つ勇気は、より大きなものに違いない。
イギリスとなら、どんなことも乗り越えていける。
……多分。
フランスの両肩に、浮気をした、というおそろしく重い石がのしかかっていた。
どうしよう。
愛想尽かされたら……。
いや、これは、完全に自分が悪いのだから……。
愛想尽かされても、しょうがない……。
フランスは、泣きそうになるのを抑えつけようと、黒イチゴ酒をいっきに流し込んだ。
*
数日後。
フランスとイギリスは帝国のかなり端まで、竜の姿で飛んだ。
降り立った場所は、近くの村からも少し離れている。まわりには、たいして何もなさそうな場所だった。
フランスとイギリスの目の前に、石造りの建物がある。
かなり古い建物で、ところどころ朽ちているが、丁寧に手入れはされているようで、木戸なんかは新しいものが使われている。
フランスは、いかにも田舎な雰囲気の、あたりを見渡しながら聞いた。
「ここは?」
「孤児院らしい。記録によると、エールの墓は、この孤児院の近くにある」
だが、まわりには何も、そういった墓があるような場所は見当たらない。
「孤児院で、墓がどこにあるか聞いてみましょうか」
「そうだな」
イギリスとフランスがたずねると、急なことだったのに、人の良さそうな院長が出て来て言った。
「エール様のお墓を。それは、それは。血縁のおかたでしょうか?」
「ええ、まあ」
「そうでしたか。エール様は、この孤児院をおつくり下さって、生前は近くに住まわれていたということです。彼の墓は、この孤児院の裏庭にあるのです。どうぞ、こちらへ」
エールったら、わたしが言った助言、実践してくれていたんだわ。
奉仕活動、していたのね。




