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第426話 あなたの中に罪を見ない

 フランスの目の前に、久しぶりの顔がある。


 中央の修道院の、修道院長だ。あいかわらずおちゃめな雰囲気で、たっぷりとした白い髭にまで愛嬌がいきわたっているような感じがある。


 修道院長が、にこにこしながら言う。


「お久しぶりでございます。フランス陛下」


「お久しぶりでございます。実はこのたび、聖女の職位にも復活いたしまして。また、お世話になることもあるかと思います」


「なんとー! これは、めでたい!」


 修道院長は、近くにひかえていた修道士に向かって、興奮したようすで言った。


「すまんが、一番、いいお茶を頼む! 棚の一番上の右奥に隠してあるやつで!」


 一番上の右奥に隠してあるんだ……。


 頼まれた修道士が、くすくす笑いながら「承知しました」と言って出ていった。


 修道院長は、興奮さめやらぬ様子で「いや~、めでたい~。生きてみるもんですな~。よきですなぁ~」と上機嫌に言いつつ、フランスを案内するように足を進めながら言った。


「どうぞ、こちらへ。お手紙にて書きましたが、件の司祭を呼んでおりますので」


「まあ、お呼びくださったのですか! ありがとうございます」


「どうせですから、直接話を聞いてみたほうがよいでしょう」


 フランスは、修道院長との手紙のやりとりで、ある人物について調べて欲しいとお願いしていた。


 だが、まさか、今日ここで会えるとは……。

 ちょっと不安。


 フランスは、となりを歩くシトーをちらっとうかがい見た。


 余計なこと、しちゃったかな……。


 まさか、直接会えるとは思ってもみなくて、焦ったような気持ちになる。


 案内された先には、ひとりの年老いた司祭がいた。フランスたちが部屋に入ると、年老いた司祭が、座っていた椅子から立ち上がる。若い修道士がその手を支えるようにした。


 年老いた司祭は、身体を動かすたびぎこちなく、痛みをかかえているようだった。


 フランスたちが部屋に入ると、年老いた司祭が、視線を上に向けていう。


「申し訳ありませんが、目が見えませんので……、このような状態で、失礼いたします」


 フランスは、驚かせないよう、そっと年老いた司祭に近づき言った。


「来てくださってありがとうございます。わたくしは、フランスと申します。ついさっき聖女の職位にもどりました。ちょっと、失礼いたしますね」


 フランスは、そっと、年老いた司祭の肩に手を置き言った。


「あなたは癒された」


「おお」


「どうでしょう。話す間だけでも、痛みがましになるといいのですけれど」


「ありがたいことです。久しぶりに光を感じました」


 年老いた司祭は、フランスの腕にふれ、その場所をたしかめるようにしてから、なにもうつしていない瞳をフランスのほうへと向けた。


 フランスは、震えをもつ年老いた司祭の手をとり、痛みをやわらげようとさすりながら言った。


「あなたが、シトー修道士を中央の修道院に連れてきて下さったのですよね?」


「はい、左様でございます」


 修道院長が、年老いた司祭に向かって言う。


「お手紙でも聞かせていただきましたが、今、ここには、シトー修道士もおられます。あなたから、詳しくお話を聞かせていただければと思いまして」


 修道院長がすすめた席に、みんなで座る。フランスは、年老いた司祭をみちびいて、一緒に長椅子に座った。


 年老いた司祭は、ゆっくりと話す。


「シトー修道士は、もう覚えてはおられないかもしれませんが、わたくしが、この中央にあなたさまを連れてきました。あなたの母親に頼まれて」


「……」


 何も言わないシトーに向かって、フランスは申し訳なく思って言った。


「ごめんね、シトー。勝手に調べたの。あなたが、どうやって、この中央の修道院に入ることになったのか。聞きたくないなら、今すぐここから出てもかまわないわ。あなたの、お母様についての話よ」


 本当は、どういう話なのか詳しく聞いてから、シトーにも知りたいかどうか、たずねようと思っていた。


 シトーの瞳には、すこしの不安が見えるような気がする。


「……」


「聞く?」


 フランスの問いにシトーがうなずく。


 最近は、気軽に話すようになったから、その仕草は、まるで昔の何も話そうとしないシトーの様子に見えて、フランスは胸が痛んだ。


 フランスが、話の先をうながすと、年老いた司祭が、またゆっくりと話しはじめる。


「シトー修道士の母親は、貧しい暮らしをしておりました。信心深いというわけではないようでしたが、ある日、金を持ってわたしのいる教会を訪れたのです。病をわずらっているようでした。本当に、わすかばかりの金でしたが、それをわたしに手渡してこう言うのです。『自分に何かあったら、子供を引き取って欲しい』と」


 シトーのお母様、病をわずらっていらしたのね……。

 自分の生い先を感じて、教会にすがったんだわ。


 年老いた司祭の声がつづく。


「ただ、そのときは、教会の状況も厳しく、孤児院も手いっぱいで、受け入れるには、あまりに苦しい状況でした。わたしがしぶっていると、その人は金をおいて去っていきました。そのあとも、何度か、同じようにしてやってきては、わずかばかりの金を置いてゆくのです。わたしには見えませんでしたが、教会につとめる修道士によると、かなり粗末な服を着ていたということです。おそらく、なけなしの金でしょう。受け取らずにいたのですが、いつも、そのまま金を置いてゆくのです」


 粗末な服を着て、なけなしの金を置いてゆく、北方人の女。


 もしや、この司祭のいる教会を選んだのは……、司祭の目が見えないことを知ってだろうか。教国ではめずらしい北方人を、ひどくあつかうものも多い。


 シトーが、そうされていたように。


 もしや、目の見えない司祭なら、話を聞いてくれるかもしれないと、そう思ったのかもしれない。


 年老いた司祭が、思い出すようにして言う。


「そうして、しばらく過ぎたころ、町のものがひとりやってきて『北方人の女が死んだ。あなたに伝えろと言われている』と言うのです。びっくりして案内させると、シトー修道士が冷えた亡骸の側にうずくまっていました。一緒に行った修道士に確認させたところ、亡骸は、金をおいていった女でした」


 年老いた司祭は、すこしの間、祈りを捧げるようにした。

 フランスも、となりで祈りをささげる。


「それから、わたしの教会では受け入れる状況ではなかったので、良くしていただいている中央の修道院の知り合いに、シトー修道士をあずけました。それが、シトー修道士が、中央の修道院に入るまでの経緯です」


 フランスは、ためらったが聞いた。


「シトーの母親が、どんな生活をしていたのかは、分かりますか?」


「さあ、そこまでは……。ただ、家は……、家と呼んでいいか、というほどの、貧しい暮らしぶりのようでした」


「墓は……、あるのですか?」


「はい。共同墓地になりますが」


 フランスとシトーは、年老いた司祭と修道院長に礼を言い、共同墓地がある場所に向かって飛んだ。


 そこは、寒々しい場所だった。


 町自体も寂れているが、墓地はさらに寂れている。


 海の見える場所だった。

 海が見える高台に、古びた共同墓地がひっそりとある。


 フランスは、墓に向かって、最大の礼をつくした。

 その場に、ひざまずいて言う。


「聖女フランスと申します。シトー修道士とともに、主への道を歩んでおります」


 フランスは、迷わず続けた。


「シトーのお母様、シトーを産んでくださったことに、心から感謝いたします。それに、シトーを教会に向かわせて下さったことも。わたしにとって、シトーはかけがえのない存在です。お互いに忠誠をつくし、戒め、相手の中に正しさを見ます。わたしにとっては、主に捧げる時間の、お手本となるような立派な人です。あなたの息子は、すばらしい人です」


 シトーにとっては、その後の人生の多くの時間を話せなくなるほどに、つらい幼少期だった。


 母親から「穢れた子」と呼ばれたというシトー。


 でも、その母親は、シトーには見えない場所で、なけなしの金を教会に持ってゆき、自分が死んだあとのシトーの生きる道を見いだそうとしていた。


 もしや、望んだ子ではなかったのかもしれない。


 おそろしい出来事の結果、できた子であったのかもしれない。


 愛情を、まっすぐには向けられないような、そういう状況にあったのかもしれない。


 彼女は、きっと……、必死に生きていた。

 誰しも、そうあるように。


『わたしは、あなたの中に罪を見ない』


 フランスの心に浮かび上がった言葉は、シトーとはじめて会った時に、言った言葉だった。


 フランスは、あらためて、心の中で、言葉にした。


 わたしは、あなたの中にも、シトーの中にも、罪を見ない。

 でも、この言葉は、シトーにとっては残酷な響きを持つかもしれないから。


 フランスは、祈りの言葉だけを口にした。


「どうか、あなたが光のもとにありますよう。主が、あなたに、あたたかな道を与えてくださいますよう」


 シトーが、フランスのとなりにひざまずく。

 彼は、長い時間、何も口にせず、だまって、そうしていた。


 そうして、長い時間をたえたあと、シトーは墓にむかって言った。



「……あなたの中に、罪を見ない」



 それを言うのに、どれほどの思いがあっただろうか。

 フランスは、耐え切れず、涙して、シトーの手をぎゅっとにぎった。


「あなたは、本当に、尊敬すべき人だわ、シトー」


 シトーが、フランスの手をぎゅっと握り返し、墓にむかって言う。


「あなたが産み、育て、修道院に渡してくださったから、わたしは、すべてを捧げるべき方を見つけました。主と、聖女フランスです。わたしは……」


 海からの風が吹いた。

 あたたかな風だ。


 シトーの言葉にも、やわらかな音があった。


「わたしは、すべてを与えられていると今感じています。今、とても、幸せです。あなたが、生きた間にも、幸せがそばに少しでもあったことを願います」


「シトー……」


 ふたりで、ぎゅっと手をにぎって、墓を見つめる。


 墓のむこうの海に、雲間から光がさしていた。



 おそろしく激しい波は、いまは、遠のいた。





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