第425話 聖女フランス復活
目の回るようなアキテーヌでの忙しさにも、すっかり馴染んで、すこし心に余裕が出てきた頃、フランスは、ゆっくりと夕食をとりながら、みんなに相談することにした。
「最近、忙しいのには変わりないけれど、けっこう慣れてきたし、ちょっと休む時間をつくるくらいできるかしら?」
三人の賢者が真っ先に反応した。
ビアスが気真面目そうな顔をフランスに向けて言う。
「やっと休む気になったのか!」
ソロンが、ぼそっと言う。
「わし、実は休みたかった」
クレオブロスも言った。
「わたしも、ちょっと、たまには息抜きしたい気持ちになっていたところだ」
フランスは焦って言った。
「気が回らず! すみません。休んでください!」
フランスは、反省してみんなの表情をうかがいつつ言った。
「ちょっと、これからは、しっかり休みの日も作っていこうと思う。働き過ぎは……、よくないわよね」
アミアンが、すかさず言った。
「お嬢様、休みたいんじゃなくて、何かしたいことがあるんじゃないですか?」
うっ。
さすが、アミアン。
するどいわ。
イギリスが、休むんじゃないのか、みたいな不満そうな顔をこちらに向けている。
フランスは、一旦、そのイギリスの表情は無視して言った。
「その~、教国を出るとき、バタバタと出てきたじゃない」
アミアンがうなずいて言う。
「バタバタというか、竜の姿で飛んで脱出という感じでしたね」
そうなのよね……。
フランスは、ゆっくりと別れをおしむ間もなく、飛び去るしかなかった教国に思いをはせて言った。
「手紙でやりとりしているから、みんな無事で過ごしているのは知っているけれど、お世話になった人に、挨拶に行くのはどうかなって」
「教国にですか?」
「そう。ついでに、教皇聖下ともお会いして、国交を結ぶのはどうかなって」
「破門になったのにですか?」
「破門されたけど、アキテーヌって、国交を結びたくなる国じゃない?」
アキテーヌは、恵まれた国だ。気候に恵まれ、特産品も多く、海に面していて貿易も盛んだ。フランスが、自分の故郷だというひいき目に見なくても、かなり魅力的な国だった。
シャルトルが、フランスの言葉にうなずいて言う。
「アキテーヌは、豊かな国ですからね。どの国も、アキテーヌのことを魅力的に思っていますよ」
そう。
アキテーヌは、国として、モテている。
ダラム卿が、すこし考えるようにしてから、明るく言う。
「いいんじゃないですか? 良ければ、わたしが仲介役として動きましょう」
「そうしていただけると助かります! あら、でも、婚約式の準備でお忙しいのでは?」
「それは、ぬかりありません」
まあ、そうか。
ダラム卿と、アミアンよ。
あまりにしっかりとした二人だし、ぬかりがあろうはずもないわよね。
*
教国へは、シトーとふたりで行くことになった。
アミアンは婚約式の準備が忙しくなりそうで、一緒に行くのは断念した。一緒に行きたそうにしていたが、また落ち着いてから行けばいい。
ダラム卿が、教皇聖下との会合の日取りなんかも用意してくれて、イギリスが騎士団も引き連れてのおおごとな移動にしようとしていた。
だが、フランスは、「竜の姿でひとっとび、行ってくるわ」と簡単に言ってことわった。
「あぶないかもしれないだろう」
「この前、竜の姿の力比べであなたに勝ったでしょ。赤い竜より強いのよ。今や、あぶないのは、むしろ私に近づいてくる人間のほうよ」
「……」
イギリスは、かたくなに「あぶないから」と引こうとしない。
仕方なくフランスはそのあとひと暴れして、赤い竜にもう一度勝ち、身軽なシトーとの二人旅の権利を獲得した。
イギリスが、ぶすっとした顔で「馬鹿力女……」と小さく言ったので、そのあともう一戦喧嘩することになった。
シトーを背に乗せて飛び、ヴォーバン老元帥とヴォーバン夫人のいる城に立ち寄って挨拶し、相変わらず仲の良いふたりの空気にあてられつつ、聖女フランスとして過ごした教会に戻った。
みんな変わらない。
ただ、カリエールは、かなり背が伸びていた。
フランスは、小声でカーヴに聞いた。
「ねえ、メゾンは結局、アリアンスと結婚はしないの?」
「メゾンもアリアンスも、カリエールにとって、居心地のいい距離感で過ごしたいんだそうです」
彼らの中心は、カリエールなのね。
フランスは、ふたりのカリエールを尊重する心に、尊敬する気持ちで言った。
「そうなのね。素敵なふたりだわ」
「そうですね」
となりにいる、背の高い弟の、なんだか以前より頼りになる雰囲気の姿を見上げて、フランスは言った。
「カーヴ、すっごくなめらかに喋れるようになったのね」
「オランジュのおかげです」
「こっちも、素敵なふたりね」
カーヴが、フランスの言葉に嬉しそうに微笑む。それから、ちょっといたずらな顔で言った。
「姉さんは、皇帝陛下をふったんですか?」
「ふってない! ふってない! 完全にそういう噂になってるの⁉」
「なっています」
「うっそぉ……」
フランスは教会の家族たちの元気な顔を確認してから、中央の町へ飛んだ。
教皇聖下との話しは、かなりおだやかなものだった。
今や、規模を縮小している教国にとって、豊かなアキテーヌとの国交は、フランスとの確執を乗り越えてでも、手に入れたいもののようだった。
フランスは、聖女としての力と似た力があることも、教皇に話した。
教皇聖下は、意外なことに、すこし考えるようにしてからこう言った。
「フランス陛下、どうか聖女としての職位も、担ってはいただけないでしょうか。式典などに、もし参加できる場合に、ご協力いただきたいのです。教国の民は、力の強い聖女をふたり失い、不安を抱えております」
フランスは、式典への参加は確約できないが、聖女として名を連ねることは、受け入れることにした。
まさに、聖女として活動しようとしているのだから、これは都合が良かった。
アキテーヌと教国が、完全に和解し友好国となることを、フランスは教皇聖下と互いに約束した。
フランスは、そのあと中央の町を人の姿で歩きながら、シトーに話しかけた。
「なんでも、話してみるものね。まさか、聖女の座に帰り咲くことになるとは思わなかったわ」
「大聖女様だから」
「本気で言ってる?」
「言ってる」
フランスが、シトーの顔を下からのぞきこむと、シトーは大まじめの顔だった。ほんとに、本気で、シトーは言っていそうだ。
彼が信じるに足るものでありたい。
フランスはあらためて気を引き締め、そう思ったが、ひとつひっかかっていることだけは、ちくりと言っておいた。
「でも、うるさいから隣の部屋はいやなんだ?」
「うん」
そんなに、うるさくしないわよ!
多分……。
いや、たまに、ウリムとトンミムとヴラドと、夜遅くまでカードゲームで盛り上がったりしている。
うるさいか……。
シトーが、ゆるっとした雰囲気でとなりを歩きながら言う。
「今回は、ブールジュ聖女には会いに行かないのか?」
「うん。今、みんなけっこう忙しくしているみたいなのよね。南部との戦争のせいもあるみたい」
「そうか……。じゃあ、次はどこに?」
「中央の修道院よ」
「……何の用で?」
「ちょっと、修道院長様にお願いしていたことがあったからね……」
フランスは、シトーの顔を見上げた。
今回の大きな目的は、シトー、あなたについてのことよ。




