第424話 目まぐるしい日々
アキテーヌでの暮らしは、驚くほど目まぐるしかった。
慣れないと思っていた城も、そこでの生活も、忙しさの中に、あっという間にとけこんでゆく。
フランスは夜明けとともに目覚める。
まだ暗い部屋には、ウリムとトンミムの、すやすやしている寝息や、ちいさくぴいぴい鼻をならして眠る音だけがある。
竜の姿で、外に寝転がり星の光をあびる日もあるが、最近は部屋で寝るのと半々くらいで様子見している。
だって、ふかふかのあたたかなベッドも捨てがたいから。
それに、イギリスとヴラドがいては、大胆に寝られない。
フランスは、となりにどんと鎮座しているたまごちゃんにおはようのキスをした。
みんなが起きてくるまで、部屋にある立派に重厚な執務机に向かう。
朝の、しんとした静けさのなか、昨日、習ったことをもう一度見直す。
あれやこれやと、覚えることはたくさんある。
それに、領内の様々な報告書にも目を通す。まだ実務には携わっていないが、政務にとりかかるために、資料のみ先んじて閲覧している。
フランスが、いくつもある資料や報告書を読み込んでいると、礼儀正しいノックの音が聞こえてきた。
「入ってちょうだい」
フランスの言葉を受け、扉をあけて入ってきたのは、三人の若い娘だった。
若い娘たちは、礼儀正しく挨拶する。
「陛下、おはようございます」
「おはよう。早くから来てくれて助かるわ」
三人の娘が、恥じらうようにする。
かわいい。
アキテーヌの城で、フランスの身の回りを世話する侍女たちだ。
アキテーヌ領内で募集したところ、思ったよりも多い貴族の娘が名乗りをあげた。
今ここにいる三人は、ダラム卿が選び抜いた三人だった。家門として後ろ暗い部分もなく、能力もあり、そのうえ、かわいい。
三人の侍女は、てきぱきと、フランスの身の回りの世話をし、起きてきたウリム、トンミムと、たまにフランスの部屋でウリムとトンミムと一緒に寝ているコウモリ姿のヴラドの世話までそつなくこなしてくれる。
素晴らしい。
フランスの身支度が終わるころ、ウリムとトンミムも、侍女たちに起こされて、フランスのもとにやってきた。
「トンミム、今日はリボンをつけてもらったのね。とっても、かわいいわ」
「いいでしょ。ウリムの色のリボンにしてもらったの」
どうやら、トンミムは毎日日替わりで、色んな飾りをつけてもらうのにハマっているらしい。
ウリムは、お洒落さよりも快適さ重視で、何もつけたくないらしく、いつも通りの素のままの姿だ。
ただ、ウリムは、かわいいトンミムの姿を見るのは好きらしく、毎日、トンミムがいかにかわいいか褒め倒している。
どっちもかわいいわ。
いつのまに部屋にやってきたのか、ヴラドが、ちいさいコウモリの姿のまま、フランスの首元にはりついた。
「ヴラド、クリーム塗ってもらった? すんごくいい匂いがするし、つやっつやね」
ヴラドは満足そうにキィキィ言った。
すっかり、フランスのもとにいる侍女にお世話されるのにも、馴染んだらしい。
そうして、そろそろ朝食の時間、というころにアミアンがフランスの部屋を訪れる。
「お嬢様、おはようございます」
「おはようアミアン。今日は、ダラム卿は一緒?」
「ええ。一緒です。今は陛下と話されていますよ」
「そう。じゃあ、みんなで朝食ね」
ウリムと、トンミムが「朝食! 朝食!」と楽しそうにする。
毎日、変わらず、楽しそう。
いいわね。
みんなで食堂に向かう。
フランスはアミアンと並んで話した。
「どう、もう邸宅は慣れた?」
「うーん。邸宅には慣れましたが、侍女にお世話をしてもらうのが慣れません」
「慣れなくちゃ。もうそろそろ婚約するんだし、そうなったらあっという間に結婚よ。結婚したら、ダラム夫人だわ。帝国の大領主の妻よ」
「ダラム夫人になっても、お嬢様の補佐官としてのお仕事はやめませんからね。住む場所は変わっても、お嬢様の隣の部屋は、わたしの部屋です」
アミアンは、アキテーヌで過ごしてしばらくしたのち、ダラム卿の保有する邸宅にうつることになった。正式な婚約者としての生活に慣れるためらしい。
アキテーヌの城にも近い邸宅から、アミアンは毎日通ってくれている。
フランスは、大きくため息をついて言った。
「補佐官、絶対いるわ。やめてもらっちゃ困る。やることが多すぎる。でも、ダラム卿も、そうとう大きい領地を持っているもの。そっちが忙しい時は、ちゃんと言ってね」
アミアンが、しれっと言う。
「じつは、明日、ダラム様のご両親に会いに行くんです」
フランスは、思わず大きな声で叫ぶようにして言った。
「帰って! 補佐官の仕事をしいてる場合じゃないわ! 今すぐ帰って、あれやこれや準備しつつ、ゆっくりして!」
「いやもう準備は終わっています」
フランスは、両頬に手をやって、おそろしくなって言った。
「やだぁ、緊張してきたぁ」
「なんで、お嬢様が緊張するんですか」
だってぇ……。
フランスは、おそるおそる言った。
「わたしも一緒に行こうか?」
「どういう立ち位置で来るんです?」
「い、妹的な?」
「妹は、姉の結婚相手の両親に挨拶には行かないんじゃないですか?」
「そっか……」
そうなのかな。
そこらへん、あんまりよく分かっていない。
フランスの緊張をよそに、アミアンはたいして身構えもせずに言う。
「歓迎ムードらしいので、多分、大丈夫でしょう」
「そうなんだ!」
「なにやら、ダラム様、ずっと結婚せずフラフラしていたらしいです。歴代ダラムの中で、最も晩婚。このまま未婚だったらどうしようと、ご両親ヤキモキしていらっしゃったらしく。相手がいると知ったら、今すぐ結婚、結婚、とダラム様よりも結婚に前向きらしいです」
「なんだか安心感あるわ。え、ダラム卿って、けっこういいお年だったの?」
「わたしたちより、それなりに年上ですよ」
「あ、そうだったんだ。若く見えるから、同じ年かちょっと上くらいかと思っていたわ」
ということは、もしや三十代半ばか、もしくは、三十代の後半?
え~、見えない。
廊下の先に、話しながら歩く一団がある。
フランスは、声をかけた。
「賢者さまがたに、シトー、おはよう」
みんなそれぞれに挨拶を返してくる。
「今日も忙しくなりそうだぞ」
「午後には、視察があるから、午前の勉強会は、詰め込みになりそうだな」
「昨日届いた報告書は緊急じゃないけど面白いから、夕食のあとかな」
アミアンが、賢者たちが矢継ぎ早に言うのを聞きながら、フランスの耳元でこっそり言う。
「今日も予定はみっちりですね」
「ね。ほんと。大変」
となりにきたシトーに向かって、フランスは微笑んで言った。
「シトーが大きな数字にも強くて良かったわ。報告書って数字だらけだもの」
「フランスは計算が下手」
「それは、そう」
さらに大きくなった一団で食堂に向かうと、食堂の前でイギリスとダラム卿が談笑している。
フランスが手をふると、イギリスがふり返す。
忙しくって、大変で、最高に平和な、毎日ね!




