第421話 にぎわうアキテーヌの城
「閉じったっぽい……。ということでいいのかしら」
フランスは、洞窟の入り口があった場所が、山のように大きな岩でびったりと塞がれているのを見つめながら言った。
ヘラクレスの柱と呼ばれる大岩を全力で動かしたあと、あんまり力を使い果たして、しばらく三匹の竜はそこらに転がったまま、起き上がれなかった。三匹とも、そのままその場で、うっかり気絶するみたいに昼寝して、しばらくしてロビンに起こされ、ようやく人の姿にもどって、洞窟の入り口があった場所に立っている。
ヴラドが、どでかいあくびをかましながら言う。
「入り口は塞げたんだし、いいんじゃないか? それとも、さらに押し込んで大穴までがっちり塞ぐか?」
フランスは、すでに筋肉痛みたいになっている肩をもみながら言った。
「うーん。すごく大きな穴だったし、まるでそこらの物を吸い込むような、引き寄せるような、不思議な力のある場所だったわ。たとえ、大きな岩だとしても、近づけていいものかも、あやしいわね」
イギリスも、首をひねりながら、手でささえるようにして、言う。
「とりあえず、この状態で様子を見たらどうだ。定期的に、おかしなことがないか、確認しに来ればいい」
「そうね。あんまりいじくり倒して、余計に大変なことになってもいやだしね」
ロビンが、ヴラドをじっと見ながら言う。
「塞ごうとして近づいたら、落っこちるやつもいるかもしれないしな」
ヴラドが、ロビンの視線に気づいて文句を言う。
「なんで、おれを見るんだよ! そんな何回もどっかに落ちたりしないぞ!」
「じゃあ……」
そう言ったフランスの言葉の先を、イギリスがうながす。
「じゃあ?」
「アキテーヌに、帰ってみましょうか……」
「ようやく帰る気になったのか」
帰るのを先延ばしにしていたこと、イギリスにはバレていたのね。
フランスは肩をすくめた。
ヴラドが意外そうな顔をして言う。
「なんだよ、帰りたくなかったのか?」
「だって、アキテーヌに帰ったら……」
フランスが言いよどんだ先を、ロビンがうやうやしく引き取る。
「フランス女公陛下」
不安だわ……。
そんな立場に急に立てるかしら。
アキテーヌに住む者が、暴動でも起こしたりしない?
イギリスが、フランスの両頬を指先でつまむみたいにして言う。
「そんな顔するな。心配しなくても、すぐに、きみが何もかも担わなきゃならないわけじゃない」
フランスは頬をつままれて、唇をつきだしたまま言った。
「勉強しなきゃ」
「それは、たっぷりしないとな」
「忙しくなりそう」
「そうだな」
フランスは、イギリスの指先にかみついて追い払ってから、ロビンとヴラドに笑顔を向けて言った。
「ロビンも、良かったらしばらくアキテーヌにいてよ。いられるだけ。ずっといてくれてもいいくらい。ヴラドも、良かったら、ずっといて」
「可愛い乙女にお願いされちゃ、断れないな! しばらくいてほしいなら、しょうがない! しばらくだけ、いなくちゃな!」
ロビンが、楽しそうに言うのが可愛らしい。
ヴラドが、ちょっと気弱そうに言う。
「ずっと、いてほしいのか?」
なんで、そんな不安そうなのよ。
この前、森でちょっときつく言ったから?
フランスは、ヴラドに笑顔を向けて、できるだけやわらかに言った。
「わたし、あなたがずっといてくれたら、とっても嬉しいわ」
「ふうん。じゃあ、行こうかな」
そう言った、ヴラドの顔はなんだかほっとしたような顔だった。
イギリスが、不満そうな顔で言う。
「わたしは?」
「あなたは、帝国での政務があるでしょ」
「……」
「毎日、夜になったら、帰ってきてくれる?」
「うん」
ヴラドが、いつも通りのからかう感じで言う。
「おい、イチャつくな」
*
結局、イギリスもヴラドもロビンも一緒に、みんなでアキテーヌに行くことになった。
竜の翼でなら、ひとっとびだ。
イギリスが、アキテーヌの城に向かえばいいと言うので、フランスは城を目指して飛んだ。
ボロボロの朽ち果てた城だけど、目印にはなるものね。
そう思っていたが、なんとアキテーヌに着くと、すっかり城の様子が変わっていた。
外側が、すっかり綺麗に整えられているし、庭園も、まだ育ち途中という感じではあったが、しっかりと手入れがされている。
それに、人の出入りもあるようだった。
三匹の竜が、城の裏手にある大きな庭園横の広場に降り立つと、人が右往左往動く。
翼が巻き起こす風で、物を飛ばされないように押さえるもの。誰かを呼びに走るもの。こちらを見上げて、興味深そうな顔をしているもの。男も、女もいる。老いも、若きも、色々いるようだった。
みんな、それぞれに自由な服装で、城仕えのものには見えない。
どういうことかしら?
城の修理をしている職人のようにも見えないし……。
フランスが、ロビンをおろして人の姿にもどると、何人か人を連れて歩いてきた人物に、声をかけられた。
「フランス、おかえりなさい」
「シャルトル⁉ あなたもこの城に?」
シャルトルがしれっとした笑顔で答える。
「ええ。この城は、イギリス陛下が有期契約でわたしにお貸しくださったのです。修繕工事を条件としてね。今や、シャルトルーズ商会の拠点です」
「ええ⁉ そうだったんですね!」
フランスは思わずイギリスのほうを見た。
イギリスが、こちらもしれっとした顔で言い訳をならべる。
「落ち着いたら話そうと思っていたが、きみが帝国に来てから落ち着く時間はなかったからな。すっかり言えないままになっていた」
「……」
たしかに、次から次へと、色んなことがあって、ゆっくり話す暇もなかった。
ということは、教国から逃げ切ってアキテーヌに行ったあとから、シャルトルはこのアキテーヌの城にいるということ?
これは、ステキな驚きね。
以前イギリスとアキテーヌを訪れた時は、すっかり人の気配のない、朽ちた城だったのに、今は、生きた城がある。
シャルトルが笑顔で言う。
「シャルトルーズ商会の人員は多いですから、教国を離れてからは、ありがたい活動拠点でした。すっかり綺麗にして、あなたにお渡しできます。我々は、もうずいぶんこの地になじんで、他の拠点の目処も立てられそうですし」
フランスは、シャルトルの城を明け渡そうとする言葉に、あせって言った。
「まあ、すっかり修理していただいて、そんな、追い出すようなことはできません」
「じゃあ、一緒に暮らしても?」
「えっ。ええ、あ、ええ?」
混乱した。
目の前には、にこやかなシャルトルの顔。
そう迫られると、ちょっとどうしていいか分からない。
フランスは戸惑いつつ答えた。
「シャルトルーズ商会が修繕したのなら、シャルトルーズ商会にこの城を使う権利があると思います」
すると、シャルトルが、フランスの耳元で、他には聞こえないようにこっそり言う。
「では、わたしの部屋は、あなたの部屋のとなりで」
「うぅ」
フランスは、困ってイギリスの背に隠れた。
ちらっとシャルトルの様子をのぞくと、いじわるな顔でくすくすやっている。
また、いじわるだわ。
そのお顔も好きです、聖下。
でも、困ります。
何しているんだ、という顔のイギリスと目が合う。
なんとなく、急におかしくなってフランスは笑った。
平和だわ。




