第420話 体力勝負なこともある
フランスの目の前で、水晶でできたような半透明の扉は、ぴったりと閉じた。
扉が閉じた瞬間、向こうがわに見えていた景色の一部がかわる。
人の町が見えなくなった。
それに、森のはしっこから先は、なんだかぼやけたようになっている。
ぼやけた場所に近づいてみると、まるで水でできた壁のようにも見える。景色が見えそうで見えない。ゆらぎのある壁だった。
手を近づけると、ふれられないのに押し戻される不思議な感覚があった。
一体、どんな複雑な魔法なのかしら。
修復することはできても、一から作り出せはしなさそうよ……。
とりあえず、閉じたから、今のところはこれでなんとかなるわね。
フランスは、みんなを振り向いて言った。
「実は、わたし、扉をしめてまわる以外にも、行きたい場所があるの……」
ロビンが、頼りになる感じで言う。
「もう、ここまで来たら、どんと来いだ」
「扉って、あとどのくらいあるのかしら?」
「さあ、正確な数は分かんないけど。とんでもなく範囲が広いから、どうかな。ぼくが知らない場所だってたくさんあるだろうし、気長に聞いてまわりつつ探しながら閉じていくしかないかもな」
「そっか。妖精の国も、大きいのね」
「うん。はしっこのほうと、はしっこのほうじゃ、全然お互いのこと知らないで暮らしているよ。ぼくは妖精王様について色々まわったから、けっこう知っているけれど」
そっか……。
そりゃそうよね。
人の国だって、同じ国でも地域が違えば、それぞれの事情なんかは分からないし、さらに国が違えば知らないことだらけだもの。
妖精の国だって、そうよね。
なぜかわからないけれど、妖精の国はもっと狭い範囲で、みんな顔見知りのような気がしていた。
人の国ばかりが大きいと考えるのも傲慢ね。
しかし、そうなると——。
フランスは、うーんと考えながら言った。
「それじゃあ、すべての扉を数日でどうこうはできなさそうね」
「壊れた扉は多分古いやつだ。妖精王様の力が元々弱まっていたやつが影響を受けたんだよ。古い場所だけ先にまわって、あとは、ゆっくりまわればいいさ」
「そっか」
扉をしめてまわる旅に何年もかかるんじゃなくて良かったわ。
イギリスが、ちょっと心配するような顔で言った。
「で、どこに行きたいんだ?」
「時の回廊につながる大穴よ」
ヴラドが、思い出すようにして言う。
「妖精王に落とされたって場所か」
「そう。わたし、タイターニアと約束したの。あれは、彼女が古い時代にあけた大穴で、塞いだはずのものだけれど、開いてしまっているのなら危ないから閉じて欲しいって」
「どうやって閉じるんだ?」
「……分からないけど、とりあえず、行ってみたら何か思いつくかも」
横からイギリスが、むかつく感じの顔で言う。
「いつものやつだ。計画性に優れた聖女様のお言葉には、もちろんさからうことはゆるされないんだろう」
腹の立つ〜。
言いかた!
帝国の男って、これだから!
行き当たりばったりって言いたいんでしょ。
なんで、おそらく『行き当たりばったりの計画でも、ついて行ってあげるよ』が、そういう言い方になるわけ‼︎
優しくて素直な兄王子が恋しい!
その後、数日かけて、四人は妖精の国をまわった。
ほころびた扉を閉めて回る。
イギリスは、政務に戻りつつ、行き来しながら、妖精の国の探索についてきてくれた。
そうしてある程度、扉をふさいでしまってから、一行は、問題の大穴へと向かった。
竜の翼で飛べば、あっという間の場所だったが、人がゆくなら、かなりの時間をかけないとたどり着けないような場所だった。
フランスは、大穴へと向かう洞窟の入口に立って、安堵のため息をついた。
ヴラドが、からかうように言う。
「えらくでかいため息だな」
「実は、場所がわからなかったらどうしようかと思って不安だったのよね。攫われたときに、必死で目印覚えておいて良かったわ」
「さすが。攫われながらも、しっかり見ていたんだな」
「よく考えたら、そんなの覚えても、翼がなきゃどうしようもなかっただろうけれど……。必死でやったことって、意外とあとから役に立ったりするものね」
フランスは、洞窟の入り口から、中の様子をうかがいつつ言った。
「この奥に大穴があるんだけど……、どうやって塞ごうか……」
イギリスがとなりに並んで言う。
「もともとは塞がれていたんだよな?」
「ええ、そう言っていたわ。タイターニアがオーベロンとともに、過去に一度ふさいでいたはずよ」
どうやってふさぐか……。
これをふさぐほどの、何か大きなものが必要よね。
そういえば……。
フランスは、オーベロンが、時の回廊の前で言っていたことを思い出した。
たしか、こう言っていた。
『人の国ではヘラクレスの柱を『アトランティスの場所を示すもの』と伝えているが、実際はそれだけのものじゃない。あの大岩は、アトランティスの生き残りの魔術師が、時の回廊をふさぐために置いた巨大な石だ』
大岩。
大岩って……。
フランスは洞窟の近くにある、天をつきさすようにそびえる大きな崖を見上げた。
大きな岩の塊に見える。
あまりに大きくて、それ自体山に見えるほど。
「ヘラクレスの柱って、多分、あれよね?」
フランスは山ほども大きい一枚岩を仰ぎ見て、絶望的な気持ちになった。
フランスの真正面に、洞窟の入り口がある。そして、崖はその反対側、すこしはなれた場所から始まっている。
蓋はソッチにあって、大穴はコッチにある。
……。
ふむ。
フランスは、ヘラクレスの柱を指して、みんなに説明する。
「多分、ソッチの大岩が、オーベロンが言っていた蓋だと思う。これって、もしかして長い時間をかけて、ヘラクレスの柱の位置がずれちゃったとかかしら」
ヴラドが、洞窟の入り口と、大岩を交互に見ながら言う。
「だいぶ、ずれたな」
そうよね……。
まあ、でも、やることは分かったわ。
フランスは、覚悟を決めて言った。
「よし。押してみましょう」
ヴラドが、信じられないというように叫ぶ。
「あの、山みたいなやつをか⁉」
「そうよ。三匹の竜で押せば、いけるかも」
「腰をやっちまうよ!」
「ちょっとした運動と思えばいいわ。思いっきり力を出し切るなんて、なかなかできないし、いいじゃない」
イギリスは、無表情だがちょっとわくわくした顔で言う。
「面白そうだな」
そうだった、イギリスって意外と先陣きってやってやるぜタイプなんだった。
ためらいなくつっこむわよ、この男は。
「ロビン、方向を指示してくれない。見晴らしのいい場所から、進めとか止まれとか、指示して」
「まかせとけ!」
赤い竜、白い竜、青い竜が、三匹並んでヘラクレスの柱の下に立った。
あまりに大きい一枚岩だ。
竜の姿よりも、はるかに大きい。
こんなもの動かせるかしら……。
まあ……、とりあえずやってみるしかないわね。
フランスは、岩に両手をつけ、頭もくっつけて、いくぞ、という意味でわうわう言った。
イギリスが真面目に、わうわう返してくる。
ヴラドは若干不安げなわうわうを返してきた。
一声、合図に鳴いて、思いっきり押す。
後ろ足と尾に、力をこめて、全身で押す。
手元にある岩が砕けるほどの力で押す。
力をこめすぎて、全身がふくらんだような感覚になる。
頭に血が上ったみたいな感覚。
くうう、頭から血でも吹き出すんじゃないの、これ。
ふんばってもがく足が、後ろにある木にあたって、めりめりとなぎ倒すようになる。尾が当たったものも、破壊しているかもしれない。
フランスは、吠えながら、さらに押しまくった。
がく、と一瞬力が抜けたような感覚があった。
思わず、両隣の竜と目を見合わせる。
ちょっと、動いたっぽくない?
いける!
フランスは、さらに吼えまくって、岩を押しに押した。
岩は、少しずつ、少しずつ、動く。
三匹の竜は、苦しげに吼えつつ、荒い息を吐きながら、岩を押し続けた。
何かを見る余裕も、考える余裕もないほど力を使って、もうこれ以上頑張れないのでは、出直しでは、と思い始めたころ、ロビンの声がひびいた。
「止まれ、止まれーっ!」
ヘラクレスの柱の上に、ロビンがいた。
フランスは、思わず、力をぬいて、竜の姿のままその場に、ごろっとなった。
イギリスとヴラドも、同じように倒れる。
大きな竜の腹が、はげしく上下する。
ヴラドが、なさけない鳴き声を垂れ流している。
これ……、明日、筋肉痛とかいう範囲を超えてない?
大丈夫かな、これ……。
なんか、もう、吐きそう。
フランスは、必死に息をしながら、いったん、目をつむった。
ちょっと……、もっと鍛えよう……。
おえっ。




