第419話 自分なりのやり方で
フランスとイギリスとヴラドは、それぞれ竜の姿で、妖精の国へと飛んで行った。
フランスの背にロビンを乗せて。妖精の国に着くと、とりあえずフランスは妖精たちに、扉を閉じて欲しいかどうか聞いて回ることにした。
オーベロンが運命の魔法を使ったあと、大騒ぎだったが、今は、それなりの落ち着きを取り戻しているらしい。
陽が差し込む美しい森には、静けさがある。
「人間の国に、みんなで打って出ようみたいなことには、なっていなさそうね」
フランスが歩きながらそう言うと、ロビンがとなりで、あきれたような顔をして言う。
「そりゃ、随分と人間らしい攻撃的な考え方だな。そういう考えだから、戦争とかいうのをずっとやってるんだ」
「妖精の国に戦争はないの?」
「ないね。目の前にいるむかつくやつを殺すことはあるけど、そんなずっとしんどい思いしてまで、大勢殺してなんになる。人間なんてくさくて美味くもないらしいし、攻撃的だし、近寄りたくないって思ってるやつのほうが多そう」
あの時、不穏な空気をまとっていた妖精たちは、目の前にいるむかつく人間、つまり妖精王を害した人間であるフランスを殺そうとした。
けれど、それは、人間すべてへの憎しみに通じるものではないらしい。
もし、人間の王を、妖精が殺したのだとしたら……。
人は、憎む相手でなくても、敵なら殺す。
フランスは、ため息をついて言った。
「……人間って、やっかいね」
最初は、イギリスとフランスに向かって、遠巻きに良くない視線を向けていた妖精たちだったが、ロビンがどこかへ行くたびに、大声で派手に説明してまわった。
「いいか! ここにいる、赤い竜と白い竜は、人間だが、妖精王様と女王様から直々に力を譲渡された、特別な人間だ! 妖精の敵じゃない! 森を守るためにいろいろ話が聞きたいって言っているんだ。おまけの青い竜まで一緒になって、力だけでいえば安心感がありそうな三匹だろ! 能力まではどうだか分かんないけど。姿だけはいっちょまえだ! さあさあ、みんな協力してくれ! 困っているやつも、困っていないやつも、こっちへ来い!」
ロビン、それ悪口じゃなくて?
フランスは、ロビンの紹介をうっすらと横目に見たが、ロビンの様子に悪意はひとつもない。
ちいさな羽もちの妖精が、最初におそるおそる近寄ってきて言った。
「わたしの家、なくなっちゃったわ。扉が開いた途端、人間が切って運んでいっちゃった。立派な木だったのに……」
フランスは、ちいさな妖精の心によりそって言った。
「まあ、とってもつらいわね。かわりの家は見つけられた?」
「今は、お友だちの家にいるの。でも、その家だって、いつ奪われるかわからないわ。とってもこわいから、あの扉をなおせないかしら?」
「みんなの話を聞いたあと、扉を修理できないか見て来るわ。あなたがたの王が与えて下さった力を使いこなせるか、まだ分からないけれど。あなたがたのために、力を尽くすと誓います」
フランスがそう言うと、妖精はすこしほっとしたような顔をした。
すると、次々に妖精たちが近寄ってきて、口々に、色んな意見を言う。
「閉じていたのが開いちゃったんだから、もう、このままでいいんじゃない?」
「いやだよ。また人間が、わたしたちの森をどんどん削りはじめるよ」
「ぼく、人間の国に行ってみたいなあ」
「そういや、おれも久しぶりに、ひらけた場所に行ってみたいなあ。妖精王様が守ってくれる森は居心地がいいけれど、変化は乏しいからな。その点、人間の国は、あっという間に変わっていくところが面白い」
「でも、野蛮だよ。おそろしい」
「わたし、こわいわ。安全な場所で暮らしたいの。扉は、閉じて欲しい」
しばらく話を聞いてまわってから、フランスたちは、池のほとりに座り込んで、一休みした。
「やれやれね。扉がひらいて困っているものもいるし、扉がひらいたからたまには人間の国に遊びに行ってやろう、という者もいるのね」
意見を聞けば、なにか方向性も決められるかと思ったが、みんなの意見を聞くほど、どうすることが正しいことなのか、わからなくなる。
フランスがため息をつくと、イギリスが気楽なかんじで言う。
「人間の国でも同じだが、楽観的な位置にいるものも、当事者的に困るものもいる」
そうよね……。
フランスは、うーんとやりながら言った。
「全体的に、うまいこといってほしいけれど、難しいかしら」
ロビンが、池にそこらの小石を放り投げながら言う。
「全体的には、難しいんじゃないか?」
ヴラドがロビンを真似て、ひろった小石を池に投げながら言う。
「とりあえず、家がなくなって困ってるいのは、かわいそうだし。安全に暮らせるほうを重視したほうがいいんじゃないか?」
それは、たしかに。
フランスは、ヴラドの言葉にうなずいてつぶやいた。
「そうね。危険がとなり合わせじゃ、暮らしてゆくのも大変だわ」
ロビンが、そうと決まれば、と明るく言った。
「じゃあ、扉を見に行ってみるか!」
「そうね。行ってみましょう!」
*
ロビンが案内してくれた場所には、何もなかった。
ただ、ひっそりとした森がある。
特徴のあるものはない。
静かな場所だった。
フランスは、あたりを見渡しながら言った。
「何もないわ」
「確かにここだよ。扉の痕跡がある」
ロビンはそう言うが、フランスには、何も見えず、何も感じられない。
ここは、森のはしっこだった。木々はすこし先で途切れている。向こう側にはひらけた草地があって、すこし遠くに小さな町が見えている。
人の町だ。
いくつかの煙の筋が、のんびりと天にむかってのびている。
人々が今まさに生活している証拠だ。
フランスが、何か感じ取れないかと、そこらに触れたりしていると、ロビンが言った。
「妖精王様は空間に干渉する力を持っているから……」
フランスは、ふと気になって聞いた。
「そういえば、ロビンの力はどういったものなの?」
「ぼくのは、精神に干渉する力だ。心とか、夢とか、無意識的なものとか」
「なるほどね。だから、オーベロンに連れ去られたとき、あやつるみたいにしておびき寄せられたんだわ。ぼんやりとなって、うさぎちゃんを追いかけて」
ロビンが、怒られた子供みたいに肩をすくめて言う。
「ごめんなさい」
「怒ってないわ」
フランスがロビンの腕にふれて笑顔を向けると、ロビンが安心したように笑顔になった。
「ぼくには、妖精王様ほどの能力はないけれど、どうすればいいかは知っている。ずっと、父様のこと見てきたから。フランス、手をかして」
「ええ」
フランスが手をさしだすと、ロビンがその手首をつかんで、誘導する。
「人間も窓に布をかけて目隠ししたりするだろ? それと同じように、妖精王様も、扉をかくしているのさ」
ロビンがフランスの手を、さっと横に、窓にかかった布を横にはらうようにした。
すると、目の前の空間が、ゆらぐ。
ロビンが言った通り、窓にかけた布がとりはらわれたように、フランスの目の前に美しい扉があらわれる。
水晶でできたような扉は、半透明で、すこしむこうが透けて見える。
実体のない煙のようにも見えた。
扉は、半分以上、削られたように実体を失っている。
ロビンがフランスの手首をはなし、悲しげな声で言った。
「消えかけているんだ……」
フランスは、そっと、扉に触れてみた。
すると、水面が風にゆれるように扉がゆらぎ、それがおさまると、完全な形になった。
ロビンが、フランスのとなりで、感心したような声を上げる。
「すごいや。妖精王様の力だ」
「でも……、どうやって鍵をかけるのかしら。ここに鍵はないわ。扉はまだ開いている」
扉の姿は復活したが、すこしの隙間をあけるように、扉はひらいていた。扉のむこうがわには森のはしっこがあり、その先には、まだ人の街が見えている。
妖精たちが安心して暮らせるように、この扉を閉じないと……。
鍵よ出てこい! と念じてみても、何も出てこない。
フランスは、すこし悩んだあと、自分になじみ深いやり方で、やってみることにした。
「扉は、かたくとじよ」
フランスの言葉をうけて、扉は、一瞬、太陽の光を内側から発するように、あかるくなった。
扉はゆっくりと動く。
ゆっくりと動いて、ぴったりと閉じ、かちり、と鍵がかかる音がした。




