第418話 聖女としての事始め
フランスがヴラドにたっぷりと血を飲ませ、胸元にちいさいコウモリをしまいこんでから向かったのは、帝国の城だった。
イギリスがフランスのために用意してくれた城だ。帝国の中心部からほどちかく、だが町からははなれた静かな場所にある城。アミアンの墓まである城。
うわあ。
久しぶりね、この城。
いつぶりだっけ?
オーベロンに連れ去られた、あのブレナム宮殿の近くで行われた狩りに行く前が、たしか最後にこの城ですごした時間だ。
ずいぶん、色々あったわね……。
ほんと、やれやれだわ。
無事にここまで、帰ってこられました。
主よ、感謝いたします。
久しぶりに訪れたその場所で、すっかり元気になったウリムとトンミムが、勢いよく四つ足でかけてきて、フランスに飛びついた。
「フランスだー!」
「わーっ!」
フランスは、ウリムとトンミムをてのひらの上に乗せるようにして抱き寄せ、自分の頬に寄せた。
「ウリム! トンミム! 元気になったのね!」
トンミムが小さい手をフランスの頬にあてて、いくつもある耳をすりすりとフランスの顔にこすりつけるようにして言う。
「もう、たっぷり寝たから大丈夫!」
ウリムが反対側のフランスの頬に、鼻先をくっつけるキスみたいなのをして言う。
「ぼくも、お腹いっぱい毎日食べて、元気だよ」
フランスは、ウリムとトンミムの、ぷりぷりの体に触れながら、しみじみと言った。
「あー……、かわいい、かわいい。わたし、ヴラドもだけど、あなたたちみたいな小さくて愛らしい姿に弱いのかもしれない。あ~、癒される」
フランスは、ウリムとトンミムの小さい身体にたっぷりほおずりした。
ウリムとトンミムがくすぐったそうに、きゃっきゃと笑う。
フランスは、自分の部屋にある、ウリムとトンミムのためのカゴベッドに、ヴラドを入れてあげた。
ヴラドはフランスの胸元でまるまって、すっかり眠ってしまっていた。
痩せて、汚れてしまっている。
濡らした布で、コウモリの身体をかるく拭いてやる。
多少きれいになった。
トンミムが、自分用のかけ布が汚れないようにヴラドから離して確保し、ウリムは自分のかけ布を気にせずヴラドにかけてあげていた。
対照的なふたりね。
トンミムの、相変わらず妙なところで、そっけない対応にちょっと笑ってしまう。
でも、その可愛らしいレースのついたかけ布、トンミムの特別お気に入りだものね。
ウリムは、とくに物に執着やこだわりはないようだった。
ヴラドの汚れは、ふいても完璧にはとれそうにない。
まあ、あとは、起きたら自分でお風呂に入るしかないわね。
そっと触れてなでると、コウモリは寝息をピィピィたてながら、ちいさな手でフランスの手をぎゅっとにぎりしめた。
長い間、こわい思いをしたのだし、しばらくは、思いっきりゆっくりしてもらわないとね。
かわいい子コウモリちゃん、ゆっくりおやすみ。
*
「わたし、もう一度、妖精の国に戻ろうと思うの」
城について、一行はそれぞれに風呂に入ったり、しばしゆっくりと休憩する時間をもったあと、夕食を一緒にとろうと集まっていた。
フランスが、そう言うと、みんな表情はそれぞれだった。
イギリスは、なぜまたという表情をしているし、ヴラドはおびえたような表情をしている。ロビンは気になるといった表情でこちらを見つめ、ダラムとシャルトルとアミアンとシトーは、まあ聞こうという雰囲気だった。ウリムとトンミムは、気にせずスープに顔をつっこんでいる。
フランスは、それぞれの表情を見ながら続けた。
「妖精の国は、オーベロンの力を失って、閉めていた扉が崩れ始めていたわ。そのせいで、混乱していた。だから、その扉をなんとか修理できないか、見に行きたいの」
イギリスが心配そうな顔で言う。
「休むという発想はないのか」
「奉仕活動に休みなしよ」
シトーがそれを聞いて、うんうん、とうなずいた。
フランスは、あらためて考えていたことを言った。
「聖女としての百年活動の事始めは、国の垣根も、種族の垣根もとびこえて、妖精の国での奉仕活動にしようと思う。役に立てるかどうかは分からないけれど、そうしたいのよ」
トンミムがスープから顔をあげて言う。
「フランスのおせっかいは、筋金入りだからね」
「トンミムが一番よく知っているものね」
ロビンが、胸をはって言った。
「扉を見て回るなら、ぼくが案内できる。妖精王様の仕事は、一番近くで見てきたからな!」
「頼りになるロビン様ね!」
フランスは、食卓についているみんなの顔をうかがいながら、言った。
「妖精の国って、どうも人間をこわがっている妖精たちが多いみたいだから、一緒に行くのをお願いしたいのは、ロビンと、イギリスと……」
ちらっとヴラドを見る。
ヴラドも来てくれたら頼もしいけれど、ようやく帰ってこられたばかりだもの、ヴラドには頼めないわね。
そう思って視線を外そうとすると、ヴラドが言った。
「おれも行く」
「本当に⁉︎ そうしてくれると、とっても嬉しい!」
休ませてあげたいところだけど、ヴラドなら一緒に飛んで行けるし、心強いわ。
シトーが、行きたそうな顔をしている。
フランスは、申し訳ない気持ちで言った。
「人であるシトーは、連れて行けないから……」
妖精たちが多くいる場所に、人をつれていくと、混乱をまねきかねない。
今回の森では妖精たちが眠りについていたから騒ぎにならなかったものの、以前フランスが訪れた時には、とんでもない騒ぎだった。
扉を見つけるにも、もしや妖精たちの協力が必要かもしれないし、あまり大人数で派手に行くよりは、少ない人数で、妖精にまぎれるようにして行くのが良い気がする。
フランスがそんなふうに考えていると、シャルトルが明るい声で提案した。
「では、アミアンとシトーは、わたしと一緒にアキテーヌに行ってはどうでしょう? フランスを迎えるための準備を先にしつつ、ゆっくり休む時間も必要でしょう。あなたがたは、ずいぶん走り回りましたから」
そうだった、アミアンとシトーは、シャルトルと一緒に、教国と帝国を行き来して走り回ってくれた。
しっかり休まなくちゃ。
倒れちゃうわよ。
休みなく動き回っているんだし。
あら、それにしても、この体はあまり疲れていないわね。
フランス自身の体は、おどろくほど元気に満ちあふれ、疲れた感じはしない。これも、白い竜の力を受け取った影響だろうか……。
それにしても。
フランスは、すっかり頭の中になかった現実に、ぼんやりしながら言った。
「そっか。わたし、もう、この城に住むんじゃなくて、アキテーヌで住むことになるのね」
そういえば、もうアキテーヌ女公なんだった……。
シャルトルがにっこり微笑んでうなずく。
そういえば、シャルトルも今はアキテーヌが本拠地ね。
フランスは、にこっとシャルトルに笑顔を返した。
イギリスが、ぶどう酒に口をつけてから言う。
「では、ダラムもアキテーヌで準備を進めてくれ」
「かしこまりました」
一仕事すんだら、アキテーヌね。
なんだか、変なかんじ!
素敵だわ。




