第414話 紫の霧の先にいるもの
フランスの目の前に、深い森があらわれる。
木々は、てっぺんが見通せないほど高く、幹は大人が五人以上手をつないでも囲みきれなさそうなほど太い。
ところどころ、木々のすきまから、陽の光が差し込んで、地表近くの小さな緑を照らしている。鮮やかな宝石のような緑の光が、あたりに反射して踊る。
しっとりとした、土の香り。
濃い緑が、あたりを埋め尽くしていた。
紫がかった霧は、すべて消えたわけではなさそうだが、シャルトルの癒しの力で、まわりがずいぶん見通せるようになった。
なんだか、妙に足元がふかふかしている。
フランスは、足元を見た。
蔦草が、地面を埋め尽くすほどに、生えていた。よく見ると、その蔦性の植物は、あらゆるものに巻きついている。樹々の幹にも枝にも、背の低い植物にまで巻きついている。
その蔦には、小さな花がいくつも咲いていた。薄紫の花だ。愛らしい形をしている。
だが、よく見ると、花のまわりがぼやけて見える。
ん?
フランスはしゃがんで、花を間近に見た。
花は、薄紫ではなかった。
よく見ると、白い花だ。
白い花のまわりに、薄紫の霧のようなものがかかって、薄紫の花に見えたようだった。霧が、花からすこしずつあふれている。
フランスは、じっと、その花を観察した。
紫の霧が消えたら幻覚も消えたし、もしかして、これが原因でおかしくなるのかしら。
……。
フランスは、白い花をひとつ蔦ごと持ち上げて、そこからもれ出ている紫の霧を吸い込むように嗅いでみた。
変な匂いはしない。
が、しばらくそうしていると、また急に、耳をふさがれでもしているような、不快な音のしない霧につつまれる。フランスは霧のなかを、そろりそろりと歩いていた。
目の前に、またイギリスの姿があらわれる。
朗らかに微笑む兄王子と、見知らぬ美しい女性。
あ、やっぱり。
フランスは、もう一度、シャルトルのいじわる顔で気持ちを高めてから、特大癒されアーメンした。
ぱちっと目をあけると、目の前で、シャルトルが、そうとうあやしむ顔で、こちらを見ていた。
「居眠りでもはじめたかと思ったら、また大声で叫んで……。大丈夫ですかフランス」
「シャルトル、わかりました。この花です。この花から出る紫の霧が悪さをして、幻覚を見せるんです」
「幻覚ですか……、わたしは見ませんでしたが」
「え、そうなんですね」
そういえば、シャルトルは、フランスが特大アーメンで正気に戻ったとき、すでにけろっと正気のままそこにいた。
なぜ、シャルトルは、幻覚を見なかったのかしら。
シャルトルは、フランスがしっかりと目覚めていることを確認してから言った。
「それより、みんなを起こしましょう。みんな、そこらに転がって、寝込んでいるようです」
フランスがあらためてまわりを見回すと、すこし離れた場所で、みんな倒れている。
みんな、きっと幻を見ているんだわ。
フランスとシャルトルは、手分けしてみんなを起こしてまわった。
紫の霧がなくなったからか、声をかけて何度かゆするようにして起こすと、みんな無事に起きることができた。
ロビンが、起き上がってぶるっとやりながら言う。
「こわい夢を見た!」
「どんな?」
「うっとりするほど綺麗な森だったのに、全部台無しになっちまうんだ! しかも、人間のせいじゃなくて、ぼくのせいで!」
どうやら、みんな恐ろしい幻を見たらしい。
共通しているのは、最初に素敵なものが見えて、それが残酷な様子に変わるということだった。
フランスが、幻覚の原因が花から出る霧にあると説明すると、アミアンが指をさして言う。
「なんだか、また霧が出てきていませんか?」
「ほんとね。癒しの力で一時的に、花から出る霧が途絶えただけで、またすぐに復活しそうな勢いね」
シャルトルが、足元の蔦を見つめながら悩ましげに言う。
「ヴラドを探すにしても、これはやっかいですね。蔦だけを、なんとかできないものでしょうか」
ロビンも同じように足元を見つめながら、首をかしげて言う。
「この花、こんな妙な霧を出す花じゃないのにな……。もしかして、病気なのかも。おおもとを探して、治してやれば、霧はなくなるかもしれない。シャルトルの癒しの力が強いなら、その力で、治してやれないかな?」
アミアンが目ざとく言った。
「いくつか太い蔦が見えますね。これをたどれば、おおもとにたどり着けるかもしれません」
「行きましょう。病に苦しむものがいるなら、助けてあげたいわ」
フランスの言葉に、みんなうなずいた。
フランスたちは、アミアンとロビンが太い蔦を見つけては辿っていくのに、ついていった。
霧が出てくるたびに、シャルトルとフランスが、癒しの力を行使する。
シトーが、フランスの力を見て、ちょっと驚いたように言う。
「フランス、その力……」
「そうなの……。なんか、復活しているみたい……。どういうことかしら」
シトーが大真面目に言う。
「大聖女様だから」
フランスは、ちょっと笑いながら答えた。
「これで、堂々と聖女できるかな」
ロビンがとなりに来て言う。
「フランスのその力。妖精王様の癒しの力と似た感じがする」
「えっ」
あ、そういえば、オーベロンって、癒しの力も持っていたわね。
オーベロンが育てていた、月の光を集めたような白く輝く木は、フランスの喉も、傷も、癒してくれた。
フランスは、あの憎めない優しくてやっかいな妖精王を思い出しながら言った。
「それじゃあ、もしかして、これは、オーベロンが残してくれた力なのかも」
「人間なのに、あっという間に、妖精王様の力を使いこなすなんて、すごいや」
オーベロンの力と、フランスがもともと使えた力が似ているから、受け入れやすかったのだろうか。
もしや、これは、本当に受け取るべき運命にあった力なのかもしれない。
大切にしよう。
オーベロンの思いと一緒に。
そうやって一行がずいぶん進んだとき、目の前に、おどろくほど大きな木があらわれた。
切り倒すこともできなさそうな、太い幹。
どこからどこまでが、この木なのか分からなくなりそうなほど、縦横無尽にのびる太い枝。
どこからともなく、女の声がする。
「なつかしい香りがする。あの方の、香り」




