第412話 呪われた森
フランスは、落っこちないように気をつけながら、谷底をのぞきこんだ。
となりで、アミアンとシトーも同じようにしている。
アミアンが目をこらしながら言った。
「何も見えませんね」
「なんなのかしら、あのうすーい紫色みたいな妙な霧は」
「うっすらと、下のほうに木が生い茂っていそうなことだけは分かりますが……、何かが動いていそうな気配もないですね」
フランスたちは、夜明けすぐに、ガルタンプ大司教の邸宅を出た。
まだ薄暗いなかを、ブールジュ騎士団に町からはなれたところまで送ってもらい、人目につかない場所で、ブールジュや、見送りに来てくれた聖女たちに別れを言って、赤い竜と白い竜の姿で教国を飛び去った。
フランスは、白い竜の背に、シャルトルとシトーとロビンをのせて飛んだ。
イギリスは赤い竜の背に、アミアンとダラム卿をのせて飛んだ。
白い竜の身体は、赤い竜よりも大きい。三人を乗せても、平気で飛ぶことができる。大きな翼はしっかりと風をつかみ、安定していた。
イギリスと入れかわっていたおかげで、赤い竜の姿に慣れていて良かったわ。
じゃなきゃ、こんな大きな体、こわくて動かせなかったに違いないもの。
フランスたちは、以前妖精の国から逃れる時とは逆に、さかのぼるように道を突き進んだ。ドワーフの地下道へと入って、ヴラドが金色の竜とともに落ちていった橋のところまで行く。
くずれた土砂でうもれていた場所は、人が通れるほどに片づけられていた。
どうやら、帝国の騎士団が、ここまでやってきて、岩や砂利や土を、処理してくれたらしい。ただ、おそろしく切り立って深い崖の下にまでは、騎士団の者も降りることはできず撤退したのだとか。
フランスは、橋の下をながめながら、ぞっとした。
どこにも、とっかかりらしきものなんてないほど、切り立った崖になっている。その先は、どこまで続くかわからない霧に包まれていた。
落ちてしまった橋の残骸も、霧の下にかくされているのか、かけらも見当たらない。
これは、危険すぎて、降りられないわね。
翼でも持っていないと。
「竜の姿でなら、おりられそうだけれど……」
フランスはそう言ってから、うしろで立ったまま、崖下をのぞき込んでいるロビンをふり向いて聞いた。
「ロビン、ここは二十年ほど前から、呪われているってうわさなのよね?」
「うん。もとは、妖精たちが暮らす深い森だったけど、いつのまにか霧に包まれたんだ。この森に入った妖精はひとりも戻らないってうわさだ」
急にイギリスが、人の姿のまま、崖に向かってひょいと飛び降りた。
「ちょっと!」
フランスが焦ってイギリスの姿を目で追うと、彼はさっと赤い竜の姿に変えて、霧が濃くなる手前のあたりを飛んだ。赤い竜は、霧の近くをしばらく飛んでから、おおきく翼をはためかせて上昇し、フランスたちのもとへと戻って来た。
イギリスが人の姿にもどり、フランスの近くに立って言う。
「別に、変な匂いはしないし、妙な感じもない。ただの霧だ」
「やめて、イギリス。びっくりした。落ちたのかと思ったでしょ」
イギリスが小バカにする顔で言う。
「落ちるわけないだろ」
むかつくわね。
三百年生きてひねくれちゃったのね、この兄王子は。
腹の立つ。
シャルトルが、イギリスの無事な姿を見て言う。
「では、全員で降りましょう。我々が一定の時間かかって戻ることができなければ、帝国の騎士団も、黎明団も、ケルピーやウォーターリーパーたちも我々を探しにやってくるはずです。行先は伝えてありますからね」
さすが、シャルトル、ぬかりなしね。
ケルピーとウォーターリーパーたちまで、探しに来ちゃうんだ。
シャルトルファンクラブ的なお友だちになれないだろうか。
またしても、赤い竜と白い竜が、それぞれ背にみんなを乗せて飛び立つ。赤い竜が先に飛んだ。フランスはその後ろを追いかけて飛ぶ。
きりたった崖に両側をはさまれている、大きな谷だ。細長く遠くまで続いているように見えるが、実際の幅はかなりひろい。赤い竜と白い竜が、余裕で旋回できるほどの広さがある。
赤い竜の翼が、紫がかった霧にふれる。そのまま赤い竜が霧の下へと向かってゆくと、すぐに、赤い翼はかけらも見えなくなる。
フランスも後に続いて、霧の中へと飛び込んだ。
ひんやりと、じっとりとした空気が、重たく翼にからむようだった。
飛びづらいわね。
それに、まわりが見えなさ過ぎて……、大丈夫なのこれ、何かに激突したりしな——。
大きな木。
フランスは、勢いよく翼をかたむけて、木をよけた。
あっぶな!
だが、木が生えている、ということは、地面は近いのだろうか。
いくつか、とびぬけて大きな木があるようだった。
フランスは霧の中から唐突にあらわれる大きな木をいくつもよけながら、すこしずつ下降して、慎重に進んだ。
霧の下に鬱蒼とした森が見えてくる。
赤い竜の姿が、ちらりと先に見えた。
赤い竜の尾を追う。
見失わないよう、慎重に。
赤い竜が、一声鳴いて、またぐっと下へと降りる。
どうやら、鬱蒼とした木が、まばらになっている場所があるようだった。
赤い竜が、つばさをはためかせて、着地しようとするのが、うすく見えた。
フランスも、あとにつづく。
降り立った場所には、ふかふかとした地面がある。
濃い緑の香りが立ち込めていた。
ふせをして、シャルトルと、シトーと、ロビンをおろす。
たしかに、変な匂いはしない。
あたりは相変わらず霧につつまれている。
フランスは人の姿にもどって、あらためて、まわりを見た。
ふと——、霧が濃くなった。
急激に視界がうばわれる。
近くにいたはずの姿が見えなくなった。
「シャルトル、シトー、ロビン! どこ⁉」
手をのばすと、自分の指先まで、見えるかあやしいほどの霧深さになった。
誰の声も返ってはこない。
おかしい。
「イギリス! アミアン! ダラム卿! 聞こえる⁉」
森は、異様に、しんとしていた。




