第411話 アミアンとのおはなし
フランスは、シトーにおやすみを言ってから、自分に割り当てられた部屋に入った。
部屋にある長椅子に、アミアンがリラックスした様子で座っている。もうすっかり寝る準備は万端といった様子だった。
アミアンが、フランスに笑顔を向けて言う。
「おかえりなさい、お嬢様」
「アミアン、ただいま! どうしたの?」
「今夜は、お嬢様と一緒に寝てもいいですか?」
アミアンから、一緒に寝ようと言うなんて。
フランスは、あんまりめずらしいことに、嬉しくなった。
「いつでも大歓迎だわ!」
ふたりで、豪華なベッドにもぐりこむ。
フランスは、隣にあるあたたかな温度に、感謝したくなった。
いつだって、感謝したい。
これは、永遠に、フランスのそばにあるものじゃない。たったひととき、短い時間、フランスに与えられた豊かな時間だ。
アミアンはきっと人としての時間を生きるだろう。
フランスは竜としての時間を生きる。
大きな隔たりがある、ふたりの時間。
己が持つ時間が、人よりも長くなったからか、一瞬、一瞬が、とても大切に感じられる。当たり前のように自分をとりまく全てが、ほんの一瞬与えられた、とても大切な、奇跡みたいなものだ。
アミアンと向かい合って、お互いの手をあたためるように握る。
大切な人が、自分の手を握り返してくれる。それだけで、こんなに安心できる。
フランスは、ぴょんとクセがついてハネ上がるアミアンの毛先を見つめながら、ただ、ぼんやりと、今ここにある幸せをかみしめていた。
アミアンも、フランスも、お互いに、何も言わなかった。
何も言わなくても、大丈夫だった。
ただ、アミアンがそこにいてくれる。
それだけで、大丈夫になる。
しばらくしてから、アミアンがぽつりと言った。
「お嬢様が『お嬢様を卒業する』って話ですが……」
「うん」
「それについては、落ち着いたら、ふたりで一緒に、考えませんか? お嬢様にとっても、わたしにとっても、素敵な寄り添い方があるかもしれません」
フランスは、アミアンの頼りになる笑顔を見つめた。
甘えたくなってしまう。
「……うん」
何か言ったら、泣いてしまいそうだった。
アミアンが、優しい声で言う。
「主は、すべてを良くしてくださいますから」
「うん!」
フランスは、元気な声を出して、泣きそうになるのをこらえた。
こんなにずっと、とんでもないことが続いて、アミアンは一度死を覚悟するほどの状況に陥ったのに、それでも、まだ、フランスに寄り添ってくれる。
その優しさで、目の奥がぎゅっとなる。
やっぱり、何か言葉にしたら、泣いてしまうかもしれない。
これからお嬢様は卒業するのに、アミアンに甘えて、泣いてばかりじゃだめよ。
「お嬢様」
「うん?」
「頑張りしましたね。全部」
「……」
フランスは、アミアンにぎゅっとひっついた。
口を強くひきしめて、震えないように気をつける。
アミアンが、そっと、フランスの背に手をまわして、引き寄せる。そうして、本当に優しい声で言う。まるで、母親が、娘に言うなら、こんな声かもしれないと思えるような声で。
「ヴラド様は、大丈夫ですよ、きっと。ね」
フランスがずっと、内側にしまっていた、おそろしい気持ちを、アミアンは、あっという間にたぐりよせてしまう。フランスは、たまらない気持ちで言った。
「どうしよう。ヴラド……、ヴラドは……、わたしのせいで……」
「お嬢様のせいじゃありません」
「わたしが、アロンの墓から出るようにすすめたもの。あんなに、怖がっていたのに」
アミアンが、フランスの背を、やさしくなでる。
「ヴラド様、お嬢様のことを探す間も、ずっと、お嬢様が帰ってきたら楽しいのになって、仰っていました。はやく迎えに行きましょう」
「わたしが、無茶をして、行方不明になんてなっていなかったら、ヴラドは」
「お嬢様」
アミアンが、やさしく、しーっとやる。
小さい子を、落ち着かせるみたいに。
「大丈夫です。全部、大丈夫ですからね。今は、ゆっくりと眠って、明日、元気いっぱいの身体になって、ヴラド様を迎えに行くんです。そうしたら、笑顔になれますよ」
アミアンが、フランスの背をやさしくたたきながら、ゆっくりと言い聞かせるように話す。
そうすると、フランスの心は、まるで風がやんだように、落ち着いていった。
外側のフランスは、ヴラドのことについて、冷静にふるまおうとする。希望は失わず、焦らず、助けにいく。ただ、それだけに思いを重ねればいいと言い聞かせる。
でも、心の内では、ずっと、おそろしくて泣きたい気持ちだった。
ヴラドは、あんなふうに、妖精の国で危機に陥る必要はなかった。
すべての原因は己にある。
そのことが、心のはしからじわじわと水浸しになるみたいに、フランスの内側を冷やし続けていた。
アミアンの前では、取り繕うこともできない。
すべてをはがされたあと、優しく抱きしめられる。そんな感じがする。
フランスは、我慢できず、ぐすぐすやった。
アミアンが、小さく、子守唄をうたう。
背中を、とん、とん、とたたかれて、美しい歌声とともに、意識が流れてゆく。
お嬢様、卒業できるかな。
こんなに、素敵なもの、手放せるかしら。
大好きなアミアン。
お母様が抱きしめてくれたら、きっと、こんな感じかな。
はやく……、ヴラドのことを見つけて、こんなふうに、温めてあげなくちゃ……。
フランスは、あらがいがたいまどろみに、ゆっくりと沈むように、意識を手放した。




