第404話 めでたし、めでた……、ん?
フランスの目の前で、イギリスが見たことのない素早さで、懺悔するように両膝を地につけて、ひざまずいた。
イギリスが、青ざめた顔で言う。
「なぜ、結婚をことわるんだ。きみにとって、結婚するほどの価値はない男ってことか?」
フランスは、申し訳なくなって、イギリスの肩にふれて言った。
「いや、ちがうの。イギリス、聞いて。とりあえず、立って」
イギリスが、おそれるように言う。
「いやだ!」
「いやだ! じゃないったら、聞いて。ね、大丈夫、こわくな……、いや、ちょっとこわい話かもしれないけど」
フランスがそう言うと、イギリスが見るからに元気をなくして言う。
「いやだ……」
「ごめん。なんか、そんなおそろしい思いをさせるつもりじゃなかったんだけど……。とりあえず、結論から言うわ」
「……」
まるで今から処刑でもされそうな様子のイギリスに、フランスは、申し訳ない気持ちに頭のてっぺんまでひたりながら、それでも言った。
「結婚は……、百年待ってくれない?」
「……」
「……」
イギリスが、ようやっとの感じで言う。
「百年……?」
「そう、百年」
「ひゃ……」
イギリスは、うろたえるように視線を彷徨わせてから、フランスの目を見て言う。
「……え?」
フランスが、よくわからないけれどとりあえずうなずくと、イギリスが、困惑しきりの顔でさらに言った。
「なん……」
へえ、イギリスでも、そんな風に動揺することあるんだ。
なんだか新鮮。
ちょっと、若い頃の兄王子の感じある。
かわいそうだけど、かわいい。
「いいから、膝痛くなっちゃうから、立って」
フランスが両腕をつかんで引っぱると、イギリスが、しぶしぶ立ち上がる。
その顔は、完全に『不安』で覆われていた。
あぁ……。
なんか、ごめんなさい。
フランスは、イギリスの腕をなぐさめようとなでながら言った。
「教国から帝国への聖女フランスの貸し出し期間は、百年でしょ?」
「……あの契約は、もはや意味をなさない」
「そうね。わたしは、聖女の力を失ってしまったから」
「……」
「わたし、特別な力は失ってしまったけれど、聖女として、あと百年生きたいの」
「なぜだ」
フランスは、もし、オーベロンの力を受け入れるなら、こうしようと決めていた。
「……シトーがね、フルール・ド・リス騎士団に志願して……、そうして帝国にまで、来てくれた。フルール・ド・リス騎士団に志願するというのは、生涯、忠誠も自由も聖女に捧げるということよ。終生誓願を立てて、一生修道士として、清く生きることを誓うものでもある」
シトーが、フルール・ド・リス騎士団に志願した時、おそろしくも嬉しくもあった。でも、もうひとつ、フランスが感じていたことがある。
それは、尊敬の気持ちだった。
自分の身を、何かのためにひたむきに捧げ、尽くして生きる。
それは、美しくて尊く、惹きつけられる姿だった。
「わたし、たとえ、ほかに誰も、わたしのことを聖女と認めてくれなくても、聖女フランスに忠誠をささげるシトーが、たったひとり、聖女フランスを認めてくれるなら、正しく聖女としてありたいなって思ったの。それが、百年、聖女として生きたいと思ったきっかけ」
フランスは、尊敬するシトーの前で、その美しい彼の姿に値するものでありたかった。
「シトーには、あと百年くらい生きていて欲しいし」
そういう願いも込めて。
フランスは、あらためてイギリスに向き合い、彼の瞳を見つめて言った。
「わたし、百年、聖女として生きたい。あなたと出会わなければ、聖女としてずっと生きていたと思う。特別な力がわたしのもとにあるかぎり。——わたしね、聖女の仕事、けっこう好きだわ。誇りも持てる、素晴らしい仕事だと思う。力を失ったから、職位としては聖女じゃなくなったけど、シトーは、特別な力があるから聖女なんじゃないって言ってくれた。わたし、きっともっと努力すれば、なにか、聖女らしい仕事もできると思うの。特別な力はなくても」
人として生きたであろう時間を、シトーとともに、主とすべての隣人に捧げたい。これまでの感謝も愛も込めて。
それに、フランスは、実のところ、オーベロンの力を受け入れて、これから時間がたっぷりある、という事実に、ちょっとわくわくしていた。
そのわくわくを抑えられず、手をひろげて言う。
「それに、何年も生きられるなら、やりたいこと、やりたい放題! いくらでも、やりたいことなんて、いっぱいあるわ! とりあえず、百年は聖女として、主にお仕えしたい! あなたよりも先に出会った、最愛の方だもの!」
「……」
「断食修行、どこまで、できるかとかもやってみたいわね!」
「……」
「聖地巡礼も、したい!」
「……」
フランスは、だんまりしている、イギリスの顔をのぞきこんで、言った。
「あら、黙っちゃった」
イギリスが仏頂面で言う。
「二百年も待たせて、次は、百年待たせるのか」
そうね。
フランシスの時と合わせると、そうなる。
そうだけど……。
フランスは、もじもじしながら言った。
「だめ? わたしは百年でも、あなたと友達以上、恋人未満で、ドキドキする自信あるわ」
「わたしだって、ドキドキする自信はある」
「じゃあ、いいでしょ? だめ?」
イギリスがしばらくぶすっとしたあと、決意したような顔で言う。
「……わたしは、攻城戦は得意だ」
攻城戦……?
ははあ。
フランスは、ちょっとかまえて言った。
「城でも攻め落とすみたいに、わたしのこと落とそうっていうの?」
「きみから、百年も待てないと言わせればいいんだろ?」
なるほど。
フランスは、堂々と胸をはって言った。
「受けて立つわ。貞潔を重んじる聖女の底力、見せてやるから。じゃあ、これから、わたしたち、百年戦うことになりそうね」
「そうだな」
しばらく、おたがい睨み合う。
フランスは、ぷっと吹き出して笑いながら言った。
「とんでもない百年戦争になりそうね」
そう言うと、イギリスが、やれやれと観念したように、笑った。
フランスは、イギリスの温度を感じるほどにそばに立ち、胸元をおさえて言った。
「じつは、卵ちゃんの声がずっと聞こえているのよね」
「オーベロンとタイターニアのか?」
「うん。声といっても、言葉じゃなくて、夢に見るみたいに景色を見せてくれるんだけど」
卵ちゃんがのぞんでいることは、とても簡単なことだった。
「この子、赤い翼と白い翼に、あたためられたいって」
父親と母親の翼に、あたためられたいらしい。
処刑の前に誰かにたくそうとしたが、なぜか卵ちゃんはかたくなにそれを拒んで、今もフランスの内側にいる。こうなると、分かっていたのだろうか。
「わたしたち、結婚する前に、父親と母親になっちゃったりして」
「……やれやれだな」
「ほんと、やれやれよね。わたしと一緒に、卵ちゃんのお世話してくれる?」
「うん」
イギリスが、フランスをぎゅっと抱きしめて言った。
「キスしたい」
「だめ」
「シャルトルとはしてた」
イギリスのすねた言いかたに、フランスは思わず吹き出した。
「あれは、女同士の親愛のキスでしょ! あなたとは、だめよ」
「……」
「ほら、その目、とんでもないキスするつもりだわ」
しばらくふたりで、キスする、しないで、やりあう。
最後はふたりとも、あんまり程度の低い言い合いになってきて、笑ってしまう。
「これって、めでたしめでたし、ってやつかしら」
フランスはイギリスにぎゅっと抱きついて、そう言ってから、はた、と何かひっかかって、考えた。
……。
いや、めでたし、めでたし……。
なにか……。
何か大事なことを失念している。
フランスは、しばらく固まったあと、イギリスを見上げて、叫んだ。
「ヴラドは⁉︎」
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おまけ 他意はない豆知識
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【百年戦争】
フランス王家とイングランド王家が、周辺諸国や教皇まで巻き込んで、14世紀中ごろから15世紀中ごろまで、およそ百年つづけた戦争。この戦争の後半戦にからんでくる有名人が、ジャンヌ・ダルク。かなり複雑な所領争いです。




