第403話 聖女の告白
フランスは、目の前で、騎士らしくひざまずくイギリスに向かって言った。
「ちょっと、話したいことがあるから、ずっとひざまずかれるのもアレだし……、立って」
イギリスがかたくなな様子で言う。
「いやだ。返事は?」
「返事はあとでね。いいから、立って!」
「……」
イギリスが、不満げな顔で立ち上がる。
フランスは、ポケットから取り出した、ひとつぶの真珠のようなものを、てのひらの上にのせて、イギリスに見えるようにした。
「これ。オーベロンからもらったものなの」
「オーベロンから?」
イギリスが、真珠のようなものをまじまじと見つめる。
「オーベロンは、あなたから赤い竜の力を奪ったあと、わたしの願いを聞いて、思い直して赤い竜の力をあなたに返してくれた。それで、まだ卵のこどもを助けるために、運命の魔法を使ったの。命をかけて……。そこらへんの話は聞いた?」
「ああ、シャルトルが、しっかり説明してくれた」
さすが、聖下。
いや、さすが、シャルトル。
フランスは、美しい真珠のようなものを、手のひらのうえで、すこし転がしながら、オーベロンのことを思い出した。
「彼、最後にわたしに願い事をしたの」
「どんな?」
オーベロンの、大胆で大迷惑だけれど、とても控えめで切実な、最後の願い。
フランスは、その愛おしい願いに、寄り添うように言った。
「自分のかわりに卵を守って欲しいって。おさない竜には、庇護する翼が必要だから。……だから、この真珠みたいなものは、オーベロンが残した、彼の力の全てなの。赤い竜が、あなたにすべての力を譲渡したように、ここには、白い竜の力がある。これを、飲み込めば、わたしは、白い竜の力の譲渡を受け入れることになるわ」
「……」
「オーベロンは、そうできただろうに、わたしにその運命を強制はしなかった」
あの時、オーベロンは、こうも言った。
「受け入れるも、捨て去るも、きみにゆだねる」
それから、最後に「すまない」と言った。
そんな簡単な「すまない」じゃ、受け入れられないほど、大迷惑の話だけれど。
でも、憎めない。
あの、優しい妖精王様を。
なんなら、好ましく思っている。
オーベロンの願いと力の譲渡を受け入れるか、今の今まで、ずっと決められずにいた。受け入れれば、今までのひとらしい生活とは、かけはなれることになる。
死を遠ざけるためだけに受け入れるには、不死の代償は大きすぎる。処刑が目の前に迫っても、フランスは、死と同様に不死がおそろしかった。
でも……。
「イギリス、わたし、あなたと生きたい。あなたを、ひとりで残したくない。誰よりも、あなたに寄り添いたい」
フランスは、オーベロンの残した真珠のようなものをぎゅっと握りしめて続けた。
「わたしが、これを飲み込めば、わたしもあなたと同じような力を得ることになる。強力な、不死の呪いのようにも見える力を」
「フランス……」
イギリスの表情は、複雑だった。
心配そうな表情にも見える。
フランスは、イギリスに笑顔を向けて言った。
「わたし、あなたと不死の苦しみをともに味わうために、これを飲み込もうっていうんじゃないわ。あなたの側で生き、あなたと同じ時間を生きる。そして、生きることにすっかり疲れたら、おたがいに優しく死を与えあわない? 竜のつがいは、最後はお互いに、死を与えあうんですって。いつか、わたしが、あなたに優しく死をあたえてあげる。だから、わたしがこれを飲み込んで、あなたとともに、長い時間を生きることを、望んでくれますか?」
イギリスの瞳がゆれていた。
フランシスとして最後にイギリスに会いに行ったときに見た表情に似ている。死ぬ方法を教えてくれと叫んだ彼の、苦しみも戸惑いも、そこに見える気がした。
フランスが笑顔を向けると、イギリスが、泣くのを我慢するみたいな顔をして、フランスを引き寄せた。
お互いに抱きしめ合う。
つやつやネコちゃんの香り。
ずっと、こうしたかった。
フランスは、イギリスの背に手をまわしてぎゅっとくっついた。
ずっと、こうありたい。
誰よりも、愛さずにはいられない。
かなしい公国の王子様。
フランスは、陰りのない頃の、イギリスの笑顔を思い出した。エールとダラムとフランシスと一緒に、口をおおきくあけて笑っていた、面倒見の良い、兄王子。
これから、あんなふうに、笑わせてやるから。
絶対!
運命は、どこからがはじまりなんだろう。
すべてが偶然というには、あまりにも、複雑に入り組んでいる。
まるで、すべては計画されていたように。
ふたりが放り投げた金貨がぶつかったあの瞬間から、不思議ないれかわり生活を過ごして、今に至るまで、すべてが、つながっている。いいや、それよりも、ずっと前から……。
主よ、あなたにしか、わかりませんね。
こんなにも複雑で、完璧なことは。
もう、ためらいはなかった。
フランスは、イギリスからすこし離れて、そっと白く輝く真珠のようなものを飲み込んだ。
一瞬、ぐらりと、天地の感覚を失いそうになる。
ただ、それは、ほんの瞬間的なことだった。
立ちくらみに似ている。
それ以外は、とくに、なんともない。
別に、派手なことは、何も、おこらない。
ん?
これ、ほんとに、いけた?
不安そうにこっちを見ているイギリスに、手振りで「ちょっと待って」とやってから、フランスはもうすこしイギリスから離れた。
ここらへんなら、大丈夫か。
いつも、イギリスと入れかわって、竜の姿に変わる時の感覚を思い出す。
すると、姿がほどけるようになり、あっというまに、フランスの腕は、白い竜の腕になった。しっかりと地につく腕には、立派な爪があり、鱗は、真珠のようにひとつひとつが輝いている。両翼は、今にも風をつかみそうに、大きい。
奇妙な感覚だった。
これは『自分の身体だ』という感覚がする。
そんなはずないのに。
赤い竜の姿になったときには、なかった感覚だった。
うわあ、これ、飛びたい。
きっと、この両翼を動かして風をつかんだら、最高に、気持ちが良い気がする。
けど、ここは、一旦我慢よ。
フランスは、人の姿にもどって、イギリスのそばに立った。
イギリスが、なんだか、そわそわした感じで言う。
「それじゃあ、返事は……」
「返事?」
「……結婚の」
「ああ!」
うっかり、なんのことか一瞬分からなかったフランスは、イギリスに笑顔を向けたまま、動きをとめた。
結婚は……。
「あ~……、それに関しては……、その〜……、申し訳ないんだけれど……」
フランスが歯切れ悪くそう言うと、イギリスが、しばらく固まったあと、顔色を悪くして言った。
「……え?」




