第402話 魔王の告白
フランスは、赤い竜の背にまたがり、教国を見下ろした。
処刑場のある広場から、赤い竜の背にまたがって飛び立つと、あっという間に、今までのさわぎや、ひどい空気感は、下界に消えてしまった。
赤い竜の翼は、ひとふりするごとに、あっという間に景色を後ろへとおしやってゆく。中央の町を離れてしまえば、すぐに、草原と森がひろがり、街道がつなぐ街が、すこしばかりある。
こうしてみると、ひとは、ずいぶんと密集して過ごしている。
時おり、草地にぽつんと小屋がたっていることもあるが、ほとんどは塊となって町を形作っている。
人が集まる町。
あそこには、日常がある。
街道を馬車がゆく。
羊飼いが、水場にいる。
街では、女たちが元気よく、何かを持って歩いている。
そういう姿が、小さく小さく見えた。
フランスは、そういう日常をすごす人々の姿を見ると、なにか愛おしい気持ちになった。
赤い竜はフランスを乗せて、小高い丘の上に降りた。
そこは、背の低い下草が、やわらかに地を覆う美しい場所だった。木は、ほとんど生えていなくて、まわりが、すっかり見通せる。
風が、心地よい。
フランスは、赤い竜の背からおりて、おそらく中央の町があるだろう、自分が飛んできた方角を見た。
青みがかって見える遠くの景色のなかには、中央の町は、はっきりとは見えない。ぼんやりと、おそらく町っぽいものが、見てとれる程度だ。
さっきまで処刑されそうになっていた場所が遠のくと、なんだか現実のことではなかったような気さえする。
となりに、人の姿にもどったイギリスが立った。
ふたり、ならんで、しばらく黙って、景色を眺めていた。
「おはよう、イギリス」
フランスがそう言うと、イギリスが、小さく吹き出して、おかしそうに答える。
「おはよう、フランス」
なんとなく、満足して、ふたりでくすくす笑って、また景色を眺めた。
「とんでもなかったわね」
「とんでもなかったな」
ふたり、同時にそう言って、また笑ってしまう。
「イギリス、あなたいつ目覚めたの?」
「一昨日だ」
「一昨日! よくそれで、教国まですっ飛んで来られたわね。軍まで動かして、アキテーヌの公女のことまで持ち出して」
イギリスが、肩をすくめながら言う。
「あれは、全部、シャルトルがやったんだ」
やっぱり!
フランスは、納得して言った。
「なんとなく、そうじゃないかなって思っていたわ」
「きみをアキテーヌの正当な継承者として自治権を返還するというのも、軍事演習という名目で帝国軍を国境まで動かすのも、シャルトルが考えて、ダラムがぎりぎりのところまで動かしたんだ」
なんて、おそろしいことを……。
シャルトルもとんでもないけれど、ダラム卿も今回はとんでもないわ。
イギリスが眠りについている間に、そんな無茶なことをするなんて。
「でも、流石に、ダラム卿だけじゃ、帝国の軍を教国まで動かせないでしょ? 最終的には、あなたの決済が必要なはずよ」
「そうだな。最終的にはシャルトルがわたしのことを無理矢理起こした」
む、無理矢理起こす?
第一番の聖女の力を使って、とか?
シャルトルならできそう、という感じもする。
「どうやって起こしたの、あなたのこと」
「耳元で、大声で『起きろ!』とか色々叫ばれた挙げ句、頬を打たれた」
ち、力技……。
いや、でも、第一番の聖女の言葉の力でもあるのかしら。
どっちにしろ、とんでもないわね……。
フランスは、ちらっとイギリスを見上げて言った。
「ところで……、わたしってあなたの花嫁だったの?」
イギリスがしれっと言う。
「それは、つい」
「……」
イギリスが、フランスのほうをちらっと見て言った。
「ところで、わたしはきみの恋人だったのか?」
あ、フランシスがずっと言っていたやつね!
恋人に会いに行くために、旅しているって散々言ったもの。
フランスは、気まずい気持ちを隠して、イギリスと同じようにしれっと装って言った。
「それは、つい」
フランスは、腕を組んで、できるだけいかめしい顔で言った。
「わたし、あなたが命を捨てようとしたこと、怒っているわ」
イギリスが、フランスと同じように腕を組んでけわしい顔で言う。
「わたしも、きみが、命を危険にさらしに教国にもどったことを、怒っている」
「……」
「……」
フランスがちらちらっとイギリスの表情をうかがうようにしていると、イギリスも同じように、こちらをちらちらっと見てうかがうようにしていた。
フランスは、横目にイギリスを見て言った。
「じゃあ……、色々と、おあいこということにしない?」
「……そうだな」
フランスが手を差し出すと、イギリスが握り返す。
仲直り。
フランスはちょっと安心して、笑顔で甘えた。
「ねえ、ぎゅっとしてくれない? わたし、あなたに、ずっとそうしてほしかった」
「その前に、することがある」
「すること?」
イギリスが、まるで騎士が忠誠をささげるときのように、フランスの前にひざまずく。
フランスを見上げるイギリスの瞳が、陽の光にあてられて、いつもより透き通って明るく見えるのが、印象的だった。
イギリスが、フランスの手をとり言った。
「たとえ、この先、ひとり残されるとしても……。フランス、きみとともに生きたい。たとえ、傷つくと分かっていても、わたしの心のすべてを明け渡して、きみを愛したい。それに、きみに、愛されたいんだ」
イギリスの表情は、真剣だった。
真っ直ぐな気持ちを明け渡す、真っ直ぐな視線がこちらを見ている。
「ともだちじゃ、いやなんだ。きみの死が、わたしたちを分かつまで、誰よりもきみの側にいたい」
イギリスが、しっかりとフランスの手を握りしめて立派に言った。
「フランス、どうかわたしと結婚してください」
「イギリス……」
彼にとって、心のすべてをあけわたして伴侶を求めるのは、どれほどの思いだろうか。
この先に、ひとり残され、ひどい苦しみが襲うことを知っていても、彼は求めてくれる。
フランスは、握られていないほうの手で、そっと、ポケットにしのばせていたものを取り出した。
フランスのてのひらの上で、陽の光を受けて輝くそれは、イギリスの瞳のように、透き通って明るく見える。
不思議な輝きをもつ、ひとつぶの真珠のようなものだった。
オーベロンが最後にくれたもの。
フランスは、その真珠の輝きと、イギリスの瞳を見つめて、心を決めた。




