第400話 陛下、お迎えに上がりました
アミアンとシトーとダラム卿の一行は、ゆっくりと敵意がないことを示すように、優雅にフランスのもとまでやってきた。
殺伐とした雰囲気ただよう広場のなかに、その一行だけ、なんだか華やかな雰囲気がある。全員、騎士らしい装いだが、戦闘しましょうという出で立ちではない。式典に参加するときの礼服のような姿だった。
フランスはその姿を、なんだか現実のことではないような気分で見つめた。
アミアン、かっこいい。
シトーも、かっこいい。
ダラム卿、元気そうで良かった。
ダラム卿の表情は、余裕の微笑だった。
処刑台の前で馬、いや、ケルピーの歩みを止めた一行は、騎乗したまま降りようとはしなかった。
ダラム卿がひとつフランスに笑顔を向けてから、現教皇の男に向かって言った。
「教皇聖下にご挨拶申し上げます。帝国の皇帝代理として、ここにまいりました。ダラムでございます」
現教皇の男は、口をぱっかり開けていたが、流石に正気をとりもどし、強気な態度で言った。
「今すぐ、帝国軍を撤退させるよう強く抗議申し上げる。このような横暴、まかり通りませんぞ」
ダラム卿は、教皇の厳しい態度に臆する様子もなく、にっこりと続ける。
「実は、わたくしも、抗議の申し入れにまいりました。やれやれ、横暴がまかり通らないというのは、まことに教皇聖下のおっしゃる通りでございますね」
「……一体、帝国が教国に、どんな抗議があるというのです! 今も、皇帝陛下に害をなした女を処刑しようというところですぞ」
「帝国からの抗議内容は、一点のみです。聖女フランスに対する不当な扱いを今すぐ、やめていただきたい。それだけでございます」
教皇の男は、肩をいからせ、眉をつりあげて、ダラム卿に言葉を返す。
「なにを……。どこまで……、教国をばかにするのだ。帝国には関係のないこと。元聖女の罪人フランスに関する問題は、教国の問題だ。帝国に口出しをされるようなことではない!」
ダラム卿は、教皇の男の態度に、笑顔を消して、真顔で答えた。
「どこまで、ばかにするのか? それは、こちらの台詞です。どこまで、帝国をばかにするおつもりですか?」
「……」
「聖女フランスは、帝国の人間です」
えっ⁉
ダラム卿の、思いもよらない言葉に、フランスも、教皇の男も、同じように、眉をよせることになった。
フランスは、どういう展開か分からず、思わず目を泳がせた挙げ句、近くにいたブールジュを見た。
どういうことかな?
フランスが、そういう視線をブールジュに送ると、ブールジュが『わたしに分かるわけないでしょ!』というこわい顔を返してきた。
現教皇の男は、鼻で笑って、ダラム卿の言葉をぴしゃりと打ち返した。
「この女は、まぎれもない教国の人間だ。帝国とは関わりない! いい加減なことを言うのは、やめていただこう!」
「ここに、正式に皇帝陛下が許可された書類があります」
ダラム卿が合図をすると、後ろにひかえていた騎士の男が、ひとつの書類を広げてかかげ見せるようにした。
いや、ここからじゃ、そうされても中身までは見えないけれど。
フランスも目を細めて見ようとしたが、まわりにいる全員同じようにした。
書類にある小さい文字に、視線が集まる。
誰にも見えていなさそう。
教皇の男も目を細めている。
ダラム卿は、その書類を示して言う。
「聖女フランスは、まちがいなく帝国の人間です。彼女は、先代アキテーヌ公の一人娘であり、財産を受け継ぐ正当なる後継者、帝国直轄領であるアキテーヌ公国の公女です」
フランスは、ブールジュと目を合わせた。
そ、そういうこと⁉
思わず、アミアンとシトーのほうにも目をやる。
ふたりとも、フランスの視線に気づくと、力強くうなずいてくれた。
まさか、公女フランスとして、帝国の人間であることにするなんて!
現教皇の男が、しばらく黙ったのち言った。
「女は家督を継ぐことはできない」
ダラム卿は淡々と答える。
「いいえ、帝国では、女でも、財産を受け継ぐことができます。それに、帝国法は、最近変わりましたので、女であっても家督をつぐことは可能です」
そういえば、イギリスがいつだったか、女も家督を継げるようにしていくって言っていたわね!
本当に、そうなったんだ!
ダラム卿が、にっこりとフランスに笑顔を向けて言う。
「ここにございます書類は、皇帝陛下直筆サイン入り、アキテーヌの後継者として公女フランスを正式に認め、アキテーヌの自治権を返還する旨をしたためた書類です。ちなみに、すでにこの返還は実施済みですので、公女フランスとお呼びするのは失礼ですね。すでに、彼女は父親のあとを引継ぎ、アキテーヌ女公です」
すると、ダラム卿は、うやうやしく礼をしてつづけた。
「フランス女公陛下、イギリス皇帝陛下の命により、お迎えにあがりました」
フランス女公陛下‼
蕁麻疹出そう。
となりのブールジュも、そう思っていそうな顔をしていた。
現教皇の男が、信じられないものでも見た、みたいな顔で、ダラム卿に顔を向けている。
そんなところに、また深紅の旗をかかげた騎士が馬に乗って飛び込んできた。
「急告―ッ‼ 東西の境の街道に、帝国軍の進軍ありー‼」
騎士は必死でそう叫んだのに、あんまりまわりが反応のうすい様子に戸惑っているようだった。
赤い旗を持って走るって一世一代のイベント感あるのにね。
こんな反応じゃ、びっくりよね。
でも、もう、それ三回目だから……。
ダラム卿がにっこりと笑顔で言った。
「ちなみに、南部での戦闘に参加している騎士団も、こちらに向かっています。四方から、この中央の街に、帝国軍の先発隊として向かっている状況です」
教皇の男が疲れたような声で言う。
「先発隊……」
「はい。もし必要であれば、後発隊もひかえております」
ダラム卿が、眉をしかめ、深刻な状況をしらせるといったふうで言う。
「おそれながら、皇帝陛下は、今回のこと、非常にお怒りでございます。ここに、皇帝陛下のお言葉をいただいてまいりましたので、読み上げます」
一体、何を言うつもりかしら。この期に及んで……。
もう、教皇聖下は、心折れているんじゃない?
フランスが見た教皇の男の顔は、もはや無表情だった。
ダラム卿が一瞬、ちらっとフランスに目をやった。
え。なんで、ちょっと申し訳なさそうなの?
今、申し訳なさそうな顔で、こちらを見たわよね?
ダラム卿が、懐から一枚の紙を取り出し、よく通る声で、読み上げた。
「わたしの花嫁に、指一本触れるな」
あたりが、異様にしんとした。
ダラム卿が紙を丁寧にたたんでから懐におさめ、にっこり言う。
「以上です」
以上です⁉




