第399話 教国の、とんっでもない危機
フランスの目の前で、広場にしらけた空気がひろがる。
そんな中、現教皇の男が、神経質そうな声で叫ぶように言った。
「罪人フランスを処刑せよ!」
教皇のまわりにいた騎士たちは一瞬、どうすべきか迷ったようだったが、教皇の命令に逆らうという選択はとれなかったようだった。
騎士たちの一団が、あらたに処刑台へと向かってくる。
フランスは、もうこれ以上は、どうしようもないかと、その騎士たちの動きを不安な気持ちで見た。
群衆から、ざわめきのように声が上がった。
「聖女フランスを殺すな!」
「国土を守れない教皇め! 南部にいくら国土を奪われたんだ!」
「教国はどんどん弱くなっているじゃないか! そのうえ聖女を殺して、さらに御心からはなれるのか!」
「そうだ、今、教国がどんどん小さくなっているのは、御心とともにないからではないのか!」
教国に戻ってから、うっすらとは聞いていた。シャルトルが教皇の座を降りて以来、教国は急激に力を失いつつある。
南部戦線は、負けつづけ、ずいぶんと戦線をおされている。
強い教国をたよりに、傘下についていた国のいくつかは離れていった。
うわさに聞いていたが、民衆も、この事実には、不満を持っていたのかもしれない。今、それがあふれ出したかのようだった。暴動でも起きそうな勢いだ。
だが、そこに、突如として、広場のはしから、飛び込んできたけわしい声が、群衆の動きも、騎士たちの動きも止めてしまった。
「急告ーッ‼」
旗を持った騎士が、馬をかけさせてくるのが、見えた。
馬の腹にも、騎士の足にも、泥がはねている。
見るからに、急いでかけてきたというありさまだった。
人々は、その馬のゆく先を邪魔しないように、急いで道をあけるようにした。
大きくはないが、目をひく旗が風になびいている。
深紅の旗だ。
あの赤は——。
戦に関わる急な報せを教皇に届けるためのものだ。誰も、決して、赤い旗の前を邪魔して、その旗を運ぶ者の道を邪魔してはならない。教国の危機を報せる旗。それが、深紅の旗だ。
紅ひるがえる旗を止めた者は、重罪とされ即刻処刑されることもありえる。
人々がおそれるようにあけた道を、赤い旗を持つ騎士が大声で叫びながら馬をかけさせてくる。
「道をあけよ‼ 急告ーッ‼」
馬はまっすぐに処刑台の前まで走ってきてとまる。
処刑台の向こうにいる現教皇に向かって、騎士は赤い旗を捧げるようにした。
赤い旗を持つ者は、いかなる場合にも、自分が持つ報せを優先する。それは、教皇の発言許可さえ必要としない。
騎士は、馬に乗ったまま、旗を捧げ持ち、大きな声で教皇に向かって言った。
「報告いたします! 西の街道より、帝国軍が進軍しています!」
教皇の男が青ざめて言った。
「進軍だと⁉ 帝国が⁉ 武装しているのか? 数は?」
「武装し、隊列を組んで進軍しています。数は不明ですが、街道を埋め尽くすほどの数です。数百ではとどまらず、千をゆうにこえる騎兵が中央に向かっております!」
「中央に⁉ ここに向かっていると言うのか⁉ 領主たちは何をしておる。今すぐ進軍を止めさせよ」
「帝国軍は、進軍するのみで、まだこちらには攻撃をしかけていません。教皇聖下のご下命を——」
「急告ーッ‼」
そこに、また赤い旗をかかげた騎馬がかけこんできた。
かけこんできた騎士が、息もあらく、赤い旗をかかげて叫ぶように言う。
「報告いたします! 東の街道より、帝国軍が進軍中! 戦闘はおこなわず、中央に向けて進軍しております! 数は不明ですが、数千をこえる規模と思われます!」
教皇の男の顔がさらに青ざめる。
すると、突如、広場のはしから悲鳴が上がった。
悲鳴の上がった先にあるのは、大きな旗だった。
真っ白に輝く旗には、赤い竜の姿が刻まれている。
帝国旗だ。
ひとりの年若い騎士が馬に乗り、ひとりで持つには大変そうな、大きな旗を立派にかかげたまま騎乗している。
フランスは、その騎士の姿に目をこらして、あまりの驚きに、口を大きくあけて固まった。
大きくて重そうな帝国旗を立派にかかげ、馬を進めている騎士は……。
アミアン⁉
なぜ、帝国旗⁉
どういうこと⁉
アミアンの隣には、こぶりな白い旗をかかげて敵意がないことを示している騎士も馬を進めている。こちらは、胸に百合の紋章を刻んでいた。
シトー‼
どういうこと⁉
そして、その後ろにつづいているのは、ダラム卿と、何人かの騎士だった。騎士らしい姿をしているが、どうやら、全員、剣を持ってはいないようだった。
白旗をかかげた一行は、ゆっくりと、広場の、フランスがいる処刑台の近くへとやってきた。
フランスは、自分が何を見ているのか、信じられない気持ちで、ぽかんとあけていた口を閉じてから、ちょっと気になって教皇の男を見た。
完全に口があいていた。
わかるわ。
これは、口もあいてしまうというものよ。
帝国が進軍してきたと思ったら、皇帝の最側近が使者でやってくるなんて……。
これはもう……。
戦線布告するのか、開戦の報せか、何なのか分からないけれど、深刻度合いはとんでもない。ということだけは、誰の目にもあきらかだろう。
フランスは、あらためて立派に帝国旗をかかげるアミアンを見た。
……。
アミアンすごいわね。
成人男性三人ぐらいで持ちそうな旗、一人で持っているじゃない。
馬だって、よくあんな重そうなもの掲げて耐えていられるわね……。
……ん?
馬……、おおきいわね。
それに、見たことのある、あの濡れ艶の強い、馬……。
よく見ると、ケルピーだった。
アミアンも、シトーも、ダラム卿も、ケルピーに乗っている。
……。
これは絶対に、シャルトルの差し金‼
間違いないわ‼
え、シャルトルの計画ってこと⁉
じゃあ、絶対なんとかなりそう!
興奮してきた‼




