第398話 聖女が見つけた自由
フランスは処刑台に立ち、群衆の姿を見つめた。
こちらを見上げる彼らの顔には、不安がある。
聖女の力は、教国において、教皇の強力な権威の象徴だったかもしれない。
けれど、今、ここで不安な表情を持っている者たちは、心のどこかで聖女の力をたよりに思ったり、拠り所にしていたのではないだろうか。
聖女の力が、すべての者に対していきわたるわけではない。
だが、身近に感じられる奇跡のような力は、主をそばに感じられるものかもしれない。
それが、今、聖女たちによって、主に返されようとしている。
永遠に。
フランスは、じんわりとひろがっていくような不安の波に向かって、大きな声で言った。
「わたしは、みなさんもご存知の通り、奴隷としてこの教国に渡ってきました。ですが、運よく、聖女として見いだされ、今まで、聖女としてこの国で生きてきました。人生の、多くの時間を、この国ですごしました」
言葉を言うごとに、フランスの身体から、震えは去ってゆく。
「自分で望んだ場所ではなかったけれど、わたしは、この国を、ここで生きる人々を——」
そこまで言って、実感する。
そうか、こんな状況になっても——。
フランスは、心をこめて言った。
「あなたがたを愛しています」
フランスは、笑顔で続けた。
「気の合わない人もいます。不自由だなと感じることや、わずらわしいと思うことも多くありました。でも、教国は大切なわたしの第二の故郷です。たくさんの素敵な出会いがありました。教国で知り合ったすべての人が、好きです。もしや、国なんて関係ないのかもしれません。帝国に行けば、そこでも一生懸命、ひとは生きている。わたしが知り合った、帝国のイギリス皇帝陛下もそうです。それに、妖精たちも、人と妖精の間に生まれた半妖精も。みんな、知れば……、好きになってしまう」
フランスは、急に、目の前にいる群衆の、ひとりひとりの顔の形が、はっきりと見えるような気がした。
「ひとも、妖精も、知れば、愛さずにはいられない。本当の姿を知ってしまえば——、愛さずにはいられないんです」
フランスの心には、もうどんなおそれもなかった。
「わたしは、知らずに憎む道ではなく、知って愛する道をゆきたい。まだ知り合っていなくても、あなたがたは、みんな、わたしの隣人です」
フランスは、自分で言葉にしながら、少しずつ自分の心を理解していった。
知って、愛する道をゆく。
きれいごと、かもしれない。
でも、残酷さも併せ持つ世界だから、きれいごとも、あってほしい。
これが、自分の望む道……。
それなら、今までずいぶん自由にやってきたわ。
フランスはおかしくなって、心から微笑んで言った。
「わたしは、今まで、聖女として生きる中で、自由を持っていないと感じていました。まるで、自分が縛りつけられ、強制的に働かされているように感じることもありました」
風が、フランスの頬をなでる。
あたたかな風だ。
「でも、ちがった。わたしは、今も、いつだって自由です。わたしの心を縛りつけることは、誰にもできない。たとえ、命を奪われたとしても」
あたたかな風が、すべての人に届きますように。
フランスはそういう気持ちでつづけて言った。
「知ってしまえば、愛さずにはいられないのですから……。それなら、最初から愛してしまいましょう。きっと、今、わたしの姿を見ている、すべての人と、もし知り合うことがあれば、わたしは、きっと愛さずにはいられない。きっと、あなたがたのことを好きになる。わたしに今悪意を向けるものであっても、剣を向ける者であっても、それは同じです」
その続きの言葉は、考えたわけでもなく、自然と、フランスの口から出た。
「主よ、あなたは、わたしに多くの愛と祝福を与えてくださいました。あなたがすべてを愛すように、わたしもすべてを愛しましょう」
シャルトルが、処刑台で言った言葉と同じだった。
自然と、同じ言葉が出た。
ただ、フランスには、もはや、聖女の力はない。
フランスは、心から悪く思って言った。
「あなたがたが、頼りにしてくれていた素晴らしい力を、わたしは失ってしまいました。ひとりの友を守るために、使い果たしてしまいました。本当に、心から……ごめんなさい。でも、わたしは、もし、あなたがたの誰かが、目の前で危機に立たされたら、何度でも、同じようにします」
フランスは、姿勢をただし、顔をあげて言った。
「それが、わたしの自由な道だから」
見習い聖女ちゃんが、目をうるませて言う。
「フランスねえさまあ、かっこいいです」
ブールジュが、腕を組んでやれやれと言う。
「ったく、そう言われちゃ、なんも言えないわ」
フランスは、助けに来てくれた聖女たち全員の顔を見てから言った。
「あなたがたも、別に、聖女であることが嫌で、聖女の力を返すって言ったんじゃないでしょ?」
ブールジュが、でっかい声で言う。
「そりゃそうよ! 主の愛とともにあれないなら、返すべきってことよ!」
ブールジュが、近しい友人たちにでも言うような口調で、群衆に向けて言った。
「ほら、どうすんのよ! フランスは、あんたたちがどうだろうと、愛するらしいわよ! このバカたれ女が、聖女にふさわしくないと思うものは、手えあげなさい。わたしが、しばいてやるから。ほら、手えあげなさいよ」
その聞き方で、手をあげられる人いる?
「あんたは?」
急にブールジュに指名された、運悪く近くにいた騎士が、勢いにやられてか、あたりの空気を感じ取ってか、おそれるように首をよこにふる。しっかり手は身体にくっつけて下げている。
「あんたは?」
次々に騎士が、犠牲になってゆく。
ちょっと、やめて、ブールジュ。
この空気の中で、そういうの、ほんと……、笑っちゃうから。
見習い聖女ちゃんが、大きい声で、群衆に向かって叫んだ。
「あなたがたは、どうですかーーーーッ⁉ 聖女フランスは、主の愛とはともにないですかーーーーッ⁉ そんなことないですねーーーーッ‼」
いやいや。
その聞き方も、どうなの。
有無を言わせない圧力に、さすがに笑ってしまう。
誰も、手をあげるものはいなかった。
だが、処刑台の後ろの城壁の上からから、神経質な声が高らかにひびく。
「何をしている! 聖女フランスの処刑は、すでに決められたのだ。あの女の罪は認められた。刑をはじめよ!」
ブールジュが、すんごい顔で『なに、言ってんの、こいつ』の顔をした。
騎士たちは、聖女の力を前に、動くに動けないようだった。
なんとなく、広場全体に、白けたような空気が広がっている。
どうなるの、これ。




