第397話 罪のないものだけが、石をなげよ
処刑台の上に、人々が戸惑うようにひそひそと話している声が、風が草地をなでるときのような音で聞こえてくる。
フランスが、急な状況に困惑している中、見習い聖女ちゃんはかまわず、群衆に向かって話し続けた。
「わたくしは、現在、聖女になるための教育を受けております。ですが、わたくしは、聖女になりたくはありません」
広場にいるものは、一体どういうことかと、見習い聖女ちゃんを見つめているようだった。困惑しながらも、一体、彼女が何を話すのかと、様子をうかがっているように見える。
見習い聖女ちゃんは、ぐっと背をのばすように真っ直ぐに立って、真っ直ぐな言葉を話す。
「この処刑を指示した現教皇聖下であるあの男にも、この処刑の執行に関わるすべての者にも、また見物して楽しんでいるすべてのものに、聖なる力で癒しを与えたくはありません」
とんでもない言葉だった。
どんな罰を受けるかしれない、おそろしい言葉だ。
それなのに、見習い聖女ちゃんは、臆することなく続ける。
「聖女の力は、癒しの力ではありません。聖女の力は、言葉の力です。この力は、聖なるものでも、邪なるものでもありません。みなさんが使う言葉と同じものです。誰かが、聖女フランスを処刑せよ、罪とせよ、と言葉にしたから、聖女フランスは今、ここで縄につながれています。言葉は、聖にも邪にもなる。わたしたちの誰もが、言葉を使うとき、聖なる使い方も、邪なる使い方もできるのです。今、あなたがたが、聖女フランスに罪をみとめ、殺してしまえと言葉にすればそうなるでしょう。ですが、もっと話を聞いてみようと、生かしておこうと言えば、きっとそうなります。だれもが、言葉の力を今一度考えてみるべきではありませんか。わたしたちは、聖なる言葉を口にしているでしょうか?」
見習い聖女ちゃんは、ぐるりとあたりを見渡し、声高に言う。
「あなたがたの誰が、聖女フランスが罪をおかしたところを目撃しましたか? 証言台に立った妖精の姿を見た者もいたはずです。彼は、聖女フランスに助けられたと言っていました。心から感謝いていると言っていました。好奇の目にさらされても、あの妖精は、立派に聖女フランスのための言葉を口にしました」
風が吹いた。
見習い聖女ちゃんの髪が、風にふかれて、燃えるように広がる。
「誰が、聖女フランスの罪を見たのですか! 誰が、聖女フランスを罪あるものとしたのです! 彼女は、ただ、友人を助けただけです! それが信じられませんか? 彼女は、教国のために立派に聖女の勤めをはたしていたではありませんか! 彼女に助けられたものの話はいくつも出ても、彼女に害されたものの話はありましたか? 聖女フランスに害されたと言うものは、主の前に真実をならべ、今ここで前に進み出て、言葉にしなさい!」
誰も、動かなかった。
見習い聖女ちゃんの視線の先にある、広場にいる、誰ひとり、前に進み出る者はいなかった。
「いないではありませんか! それでも、聖女フランスを罪びととしたいものは、今、彼女に石を投げればいい。ただし、罪のないものだけが、石をなげてみせなさい。いつわりや、そむきや、うそぶくものは、主の怒りを買うでしょう」
見習い聖女ちゃんが。力を入れていたのだろう、上げていた肩を、ぐっと下げて、落ち着いた声でつづける。
「聖女の力は、もしや、人々がもとめた切なる言葉の力によって、わたしたちの先祖にあたえられたものかもしれません。今よりも、きっと生きにくかった時代に、聖なる言葉と、奇跡の業を必要としたのかもしれません……」
彼女は、すこし考えるように間をおいてから、決然とした声で言う。
「聖女が、あなたがたを愛するのは、当然のことですか? 聖女が、教国にすべてを尽くすのは、当然のことですか? 主への愛は、あなたがたと教国につくすことですか? 親愛なるお父様、なぜ、身を束縛されながら、愛を強請られなければならないのでしょうか。これは、正しいことですか? 聖女として生まれたのなら、すべてを差し置き、自らの心は捨て、すべてを教国に差し出さねばならないのでしょうか?」
その後の、見習い聖女ちゃんの叫ぶような声は、怒り、そのものだった。
「主よ! 彼らは、聖女フランスに罪をみとめ、聖女フランスを排除しようとしています。教国が罪なき聖女を捨てるというのなら、すべての聖女は、教国に与えられるべきではありません! 聖女の言葉が、より強い力を持つのなら! わたしは、心をこめて言いましょう。主よ! わたくしが持つ、聖女の力は、あなたにお返しいたします! そして、二度と! 教国に聖女の力をもつ女を産み落とさないでください!」
広場から、いくつかの悲鳴が上がった。
これは、明確な、聖女による呪いの言葉だと、誰もが感じたのだろう。
「あの者は、反逆者だ! とらえよ!」
そう言葉にしたのは、現教皇の男だった。
だが、騎士たちが、壇上にかけてくる様子はない。騎士たちの代わりに、上がってきたのは、聖女たちだった。
先頭にいるのは、ブールジュだ。
見習い聖女ちゃんが、すんなりと上がってきたのは、おかしいと思っていた。
聖女たちの力で、騎士たちを動けないようおさえていたんだわ。
聖女たちがみんな、フランスと群衆の間に並んで立った。
そして、聖女たちは、全員が、祈りを捧げるときのように、両膝をしっかりとつき、天に向かって言った。
見習い聖女ちゃんも並んでおなじようにする。
彼女たちは、きれいにそろった声で言う。
「主よ、わたくしたちが持つ、聖女の力は、あなたにお返しいたします。そして、二度と、教国に聖女の力をもつ女を産み落とさないでください」
広場は、おどろくほどしんとしていた。
現教皇の男がわめく声だけが、やたらとはっきりとひびく。
「何をしている! だれか、あのものたちを止めよ!」
聖女たちは、その言葉を気にするでもなく、淡々と同じ言葉を繰り返した。
「主よ、わたくしたちが持つ、聖女の力は、あなたにお返しいたします。そして、二度と、教国に聖女の力をもつ女を産み落とさないでください」
フランスは震えた。
こんなことをしたら!
あなたたちまで!
フランスは、聖女たちの決意にかたまった背を見て、目の前がぼやけた。
フランスはたまらない気持ちのまま、大きな声で叫んだ。
「主よ! どうか、彼女たちから、聖なる力を取り上げたりなさらないでください!」
ブールジュが立ち上がり、振り向いて。燃えるような瞳で言う。
「わたしは、この力を失うことをおそれたりしない! この力は、わたしたちが持つには強すぎるわ。人は、この力に頼らず生きていくべきよ」
それは、そうかもしれない。
でも……。
フランスは、震えたまま言った。
「その力に救われたひとたちも、たくさんいるわ。わたしたち自身でさえ、救われたこともあったでしょう?」
フランスは不安に揺れ始めた群衆に目をやって言った。
「わたしは——」
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おまけ 他意はない聖書豆知識
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【罪のないものだけが石を投げよ】
イエスのああ言えばこう言う系のエピソードのひとつ。
罪ある女をどう裁くかと律法学者たちに問い詰められた時のイエスの返事。




