第396話 見習い聖女ちゃん、登場
フランスが、目深にかぶっていたマントが、執行人によって取り払われる。
すると、一気に、あたりのざわめきが強く聞こえた。
目の前に広がる中央の町の広場は、人で満ちている。
高い場所にある処刑台の上からは、広場の全体が見渡せた。
声も満ちている。
波打ち際にでもいるようだった。
声の波がよせては返す。
ひとつひとつの声は聞こえない。
これだけ人がいると、どこを見ていいか、わからなくなるわね。
人って、たくさん集まると、ひとりひとりの存在はこんなに希薄になるんだわ。
ふたつの眼をもつ、大量の何かが、こちらを見つめて、口をひらき、ゆれている、そんな感じがする。
不思議とぼんやりとした気持ちで、フランスはあたりの様子を見ていた。
そこに、大きく男の声が聞こえてきた。
さっさと罪人を処刑しろ、とはやし立てる声だった。
やたらとはっきりと聞こえたその声に、縄がしっかりとかけられたフランスの手が、震えはじめた。
こわい。
ひとつの声が聞こえると、声の波の中から、魚がはねる音が聞こえるように、ぽつりぽつりと、聞こえてくる声があった。
それは、フランスが教国を捨て、あやしげなもののために聖なる力を失ったことを責め立てる声もあったが、それよりも、フランスを擁護する声が多く聞こえた気がした。
男の声も、女の声もある。
「だれかを助けるために、聖女の力をつかったものに罪をあたえるな!」
「主の愛は、ここにはないのか!」
「聖女フランスに、慈悲を!」
そして、それに反発するように聞こえる、反対の声。
「結局、男のために力を失った女だ!」
「悪女フランスが嘘をついていないと言えるのか! 今までのうわさを考えてみろ!」
どちらの言葉にも、フランスはじっと耳をかたむけた。
今までの裁判で、聖女フランスが、皇帝イギリスと出会ったのち、一体どんなことが起きたのか、それは、赤裸々に告白された。何も隠すことなく。ここにいる人たちは、それをすべて知っている。
それが真実かどうかは、彼らには確かめようもない。
「ここに、捕らえられたのは、罪人フランスである!」
罪状を読み上げる立派な服を着た男の声が、広場に響いた。千人ほども、この広場にいるのだろうか。
群衆は罪を告げる声に、口をつぐんだ。
波が引くように、ざわめきが引いてゆく。
「これより、われらは、罪人フランスの罪をあきらかにし、主の前に、その罪を並べるものとする」
そのとき、処刑台のはしのほうで、場違いに、いたって日常的な、かわいらしい声が聞こえた。
「あ、どうも~、すみませーん。通ります。あ、ごめんなさい、ちょっと、失礼しますね。はい、ありがとうございます」
罪状を読み上げようとしていた男が、何事だと処刑台のはしに目をやる。
フランスも同じように目を向けた。
すると、階段をゆっくりと笑顔で、あがってくる姿があった。
見習い聖女ちゃんだった。
何しているの⁉
見習い聖女ちゃんは、にこにこしながら、まわりにいる騎士たちに、さも、ここを通る権利はわたしにありますよ、という顔をして「あ、お疲れさまです、前、失礼しますね~」などと言いながら、壇上に上がってきた。
そして、ゆっくりとフランスのもとに歩いてきて、フランスの額に濡れた指先を押し付ける。
これって……。
もしや、聖別の儀式?
見習い聖女ちゃんは、フランスににっこりと笑顔を向けたあと、罪状を読み上げようとしていた男に向かって言った。
「すみません、お邪魔しまして。ちょっと、言いたいことがあったので、お時間いただきます」
「……」
「……」
フランスもぽかんとしていたが、罪状をにぎりしめた男のぽかん具合はさらにひどかった。しばらく阿呆のように口をあけていた男はハッとして、大声で言った。
「誰がここに上げていいと言ったのだ! つまみ出せ‼」
まわりにいた騎士たちが動くよりもすばやく、見習い聖女ちゃんが言った。
「あなたがたに言う。わたしがよいと言うまで、あなたがたののどはかたく閉じよ」
すると、罪状を持った男も、騎士たちも、口をぱくぱくとして、何も声を出せなくなったようだった。
見習い聖女ちゃんが、にっこりと言う。
「自由までは奪わずにいましょう。あなたがたを傷つけたいわけではないのです。ですが、もし、乱暴なことをするようであれば、わたしも乱暴な言葉を使わざるをえません。しばらく、黙っていてくださいますね?」
黙っていてくださいますね、と可愛い感じで言う見習い聖女ちゃんだったが、すでに強制的にまわりの人間は黙らされている。
見習い聖女ちゃんが、処刑台を見つめている群衆に向かっても言った。
「さて、この力の影響を受けた方も、ご心配なさりませんよう。わたくしの話がおわれば、聖女の力で、あなたがたののどは元通り、楽しくお喋りができますから。すこしだけ、わたくしに時間を下さいませね」
見習い聖女ちゃんが、処刑場の後方にある、さらに一段高い場所にある城壁の一角に目を向けて、声が届くように大きな声で言った。
「このような無礼をどうぞお許しください、教皇聖下!」
騎士に囲まれて、立派な祭服を着た男がいた。
現教皇ね。
処刑を見物に来ていたんだわ。
神経質そうな顔の男が、不愉快そうな顔をこちらに向けている。聖女の力を知っているからこそ、無理に邪魔だてしようとはしないようだった。
見習い聖女ちゃんが、フランスの隣に立ち、群衆に向かって、大きな声で言った。
「はじめまして~! わたくしは、聖女教育を受けております、見習いの聖女でございます!」
みんな、何事が起こったのかと、ぽかんと見習い聖女ちゃんを見上げている。
「先に結論から申し上げますね~! わたくしは、この教国の聖女にはなりたくありません! あなたがたに、聖女の力を与えたくはありません」
しんとした。
見習い聖女ちゃんは「あ、聞こえていないかな」と小さい声でつぶやいてから、さらにどでかい声で言った。
「わたくしは、聖女になりたくありませーーーーーんッッ‼」
フランスは、何が起こっているのか分からず、見習い聖女ちゃんの背中を見つめた。
なりたくありませ……?
え?




