第394話 シャルトルとケルピー
シャルトルがフランスのもとを訪れて以降、フランスにとって嬉しいことがひとつあった。
毎日、夜になると、ロビンがこっそり地下牢に忍び込んで来てくれるようになったことだ。
「ロビン、一体毎日どうやってすんなり忍び込んでくるの?」
「すごいか?」
「すごいわ。さずが、ロビン様ね」
ロビンが、途端に得意げに胸をそらして声高に言う。
「そうだろ! そうだろ! ぼくは夢をあやつることができるからな! こうしていつも眠り草がおじぎした時に落とす夜露を集めているんだ」
そう言うロビンの手には、美しい小瓶がある。
不思議な色の液体が、その中に揺れていた。
ロビンが、瓶を雑にちゃぷちゃぷ振りながら言う。
「これをちょっとふりかけてやれば、夢の入り口はすぐそこさ。あとは、すっかり夢中になれる夢を見せてやれば、しばらく起きない。見張り番だって、いちころ!」
そういえば、ロビンと知り合ってすぐに、夢の中で会ったわね。
あらためて、不思議な能力だわ。
ロビンがしのびこんでくれるおかげで、毎日色んな知りたかった事が知れるようになった。今、外がどうなっているかを知れないのと知れるのでは、気持ちに、かなりの違いがある。
ロビンが来るようになってから、フランスは、ずいぶん落ち着いた気持ちで過ごせるようになった。それに、笑顔を向けてくれる誰かがいるということも、フランスの心を癒した。
ロビンは、牢の外側で、そこらに座って、気楽にフランスに話しかける。
「ぼくが見たときは、イギリスは、相変わらず寝ていたぞ。無理矢理目をあけてみたりしたけど、さっぱり起きる気配がなかったな」
「そうなのね」
フランスが肩を落とすと、ロビンがすぐに元気づけるように言う。
「でも、顔色は悪くなかった! ちゃんと息もしていたし!」
「うん。良かった。ありがとう、ロビン」
「ふん。あと、ヴラドは……」
ロビンは、そう言ったあと、表情をくもらせ、つづけた。
「ヴラドのやつを探すのは、かなり難しそうだったな。妖精でも、あの崖の下には近寄らないし、人間があれを降りるのは、かなり難しいんじゃないかな。二十年以上も前から、あそこは呪われているってうわさだ。あそこへ行った妖精が戻らないって」
「そんな、おそろしい場所なのね……」
「昔は、ただの森だったらしいけど、今じゃ紫がかった霧に包まれていて、どうなっているのかさっぱりだ」
「……」
ヴラドが落ちていった先が、ただの崖下ではなく、そんなややこしい場所だったなんて……。
フランスがまた肩を落とすと、ロビンが焦ったように声を大きくして言う。
「でも、気を落とすなよ! 竜は強い! ちょっとやそっとで、死んだりしないさ! ヴラドがどのくらい竜らしい力を受け継いでいるか知らないけどさ。きっと、大丈夫だよ」
見るからに、励まそうとしてくれているロビンの真っ直ぐな様子に、フランスは笑顔を向けた。
「ありがとう、ロビン。なぐさめてくれて」
あら、そういえば。
フランスは、気になっていたことを聞いてみた。
「シャルトルのことも、ロビンが助けてくれたの?」
「……」
ロビンが真顔になって黙った。
「……ん?」
「いや……、シャルトルのは、ぼくは、何も……。なあ、あいつってさ、なんかこわくない?」
「シャルトルが?」
「うん。ウォーターリーパーはまだしも、ケルピーなんて妖精の中でも、気性が荒くて有名なんだ。なのに、すっかりケルピーたちは、シャルトルのこと……、なんというか……、崇拝しているんだ」
崇拝?
フランスは、確信して言った。
「わたし、ケルピーと仲良くなれると思うわ」
ロビンが微妙な顔でつづける。
「ケルピーといや、気に食わないやつを、水のなかに引きずりこんで簡単に殺しちまう、おっそろしいやつらなのに、シャルトルとぼくが、帝国からここまで、どうやって来たと思う?」
「そういえば、ロビンとシャルトル、ふたりで来たの?」
「そうだよ。ふたりで、ケルピーの背に乗って、川の中を走って来たんだ。とんでもない速さで」
「ええ……」
「ケルピーが人間を背に乗せて運ぶなんて、聞いたことないや」
フランスは、シャルトルが言っていたことを思い出しながら聞いた。
「そういえば、シャルトルがケルピーたちと、話し合い? とか、仕事? とかって言っていたわね」
ロビンが、やれやれとうなずきながら答える。
「ぼくたちが襲われた場所に、とんでもない数のケルピーとウォーターリーパーがいたろ?」
「いたわね。追いかけられて怖かったわ」
「あいつら、住む場所を追われて、あそこに集まっていたんだ。森が少なくなった影響さ。あいつらも、どこの川でも住めるってわけでもないからな。それで、シャルトルが、住む場所を提供するって話をしたらしい」
「へえ、それじゃあ、崇拝したくもなるわね。……でも、仕事の話って?」
「シャルトルは、住処を提供するかわりに、ウォーターリーパーに真珠を育てる手伝いをさせたり、ケルピーには魚を育てる手伝いをさせたりしているんだ」
「……よ、養殖?」
「あ、そうそう、養殖って言ってた。ウォーターリーパーは貝を食うから、飯まであるって喜んでいたし、ケルピーも育てた魚はシャルトルと山分けする上に、人間たちから守られる広い住処もあるって、喜んでた」
なんという商人魂。
妖精まで使い倒して、養殖産業盛り上げてやろうというシャルトルの、とんでもない商売の底力を見た気がした。
シャルトルーズ商会って、かなり手広くやっていそうだったもの。畜産とか養殖に、手を出していてもおかしくないわね。
さすが……。
さすがのシャルトル商会長様だわ。
ロビンが、信じられないだろ、とでも言いたげな仕草でつづけた。
「しかも、シャルトルは、あいつらが住みやすくなるように、人間たちが力添えするって約束したんだ。で、それが嘘じゃないって、確認するために、ケルピーたちがシャルトルのことをあちこち連れて回っていたらしい。それで、戻ってくるのが遅れたんだと」
「あらためて、すごいわね」
「ほんの短い期間で、あんな、ケルピーたちが心酔するなんて、なにかとんでもない魔法を使ったりするんじゃないのか、あいつ……」
「それは、あるかもね。魅力の魔法よ」
「うへえ」
ということは、シャルトルにくっついていたあの背の高いケルピーは、シャルトル心酔勢のトップってことかも。
機会があれば、仲良くなりたいものね。
ロビンは、裁判でも、その姿をかくすことなく、証人台にのぼった。
教国では、妖精はもはや物語の中の存在だ。帝国よりもさらに、妖精という存在とのつながりはうすい。多くの人が、おそれたり、興味を持ったりしながら、ロビンの半身山羊の姿を見ていた。
そうして、ロビンが衆目に耐えて、頑張ってくれたものの、裁判は相変わらず、良くない雰囲気だった。
聖女の力を失ったこと自体が、罪である。
そう結論付けたい動きが強いように思えた。
そうしてまた、何日も過ぎた。
そして、ある日の夜。
ロビンではなく、ガルタンプ大司教がひとりで地下牢にやってきた。
彼は、やれやれといった感じで言った。
「急なことですがな……。聖女フランスは罪人と認められ、処刑されることに決まったようです」
……。
なんですってーーーッ‼




