第393話 恥ずべき行為は多分してない
「わたしは、恥ずべき行為はしていません」
フランスはそう言って、まっすぐにシャルトルブルーの瞳を見つめた。
透き通る清くて深い泉のようにも見える、シャルトルのその瞳を見つめると、フランスの心も、清く洗われて、すっかりとあたりがよく見えるような心地になる。
そうだ、自分は恥ずべき行為はしていない。
おのれの心に従い、友を助けた。
たとえそのために、何を失うとしても、後悔したりしない。
助ける相手がロビン以外でもそうしただろう。
思いを知れば、愛してしまう。人も、妖精も。愛さずにはいられない。
主よ、あなたもそうですか?
あなたは全てを愛していらっしゃいます。
知れば、愛さずにはいられないからですか?
シャルトルが、すこし考えるようにしてから言った。
「今すぐ、ここからあなたを助け出すこともできます。あなたが名を捨てて生きていく場所も用意できる。でも、あなたは、それを望みはしないのでしょうね……」
フランスは、笑顔で答えた。
「はい。シャルトル、あなたの申し出に、心から感謝いたします。危険をおかしても、ここまで来てくださいました。その心に、救われました。やはり、わたしは、あなたのことも、誰のことも、きっと、知るほど愛さずにはいられない。それは、まだ知り合ってもいないこの教国の民すべてもそうです」
まだ知り合ってもいない隣人を思う。
ふとしたことで知り合う。
アミアンやシトーや、イギリスもそうだったように。
誰にも、真心と正直さを向けたい。
「わたしは、聖女として生かされました。望んだことではありませんでしたが、教国で聖女として見いだされたことで、救われました」
あのまま、アキテーヌから奴隷として売りに出され、さまよいはてて、どこかでもっと苦労する人生もあっただろう。
でも、身を寄せ合えばあたたかい家も、分け合えば心温まる食事も、たくさん、この教国で与えられた。
感謝こそすれ、恨んで立ち去ることなんてできない。
それに——。
「それに、わたしは、わたし自身にも誇りを持ち、愛してあげたいのです。聖女フランスは、恥ずべきことはしていない。この名を捨てるつもりはありません」
シャルトルは困ったようにすこし微笑んだあと、表情をきびしくして言う。
「第一番の聖女を逃がした教国は、今や中央の権威を大きく失ったような状況です。聖女たちのふるまいも、抑えられないほど、力は弱まっている。ですが、そういう時こそ、人はおそろしくなれる。権威を取り戻すために、強引な手段を使ってでも、あなたのことを良くない状況へと追い込むことも考えられます。処刑されることにもなりかねない。それでも、ここに残りますか?」
フランスは、シャルトルの優しい心に微笑んだ。
彼女は、フランスの心を尊重しながら、それでも助けたいと思ってくれている。
迷いはない。
フランスは、まっすぐに答えた。
「はい。わたしは、ここに残り、結末を見届けます。教国が、聖女フランスに、どんな判断をくだすのか。この目で見届けたいのです」
「……わかりました」
シャルトルが、ひとつため息をついて言う。
「本当は、強引にさらってでも、あなたをここから出したいのですが……。あなたの気持ちも分かります。わたしも、弾劾裁判を受けた時は、同じような気持ちでいましたから」
そうだ。
シャルトルも、きっと同じだったかもしれない。
彼女は、処刑場に立たされたその瞬間ですら、誰かを恨んだり、自らの運命を呪ったりしているような様子はなかった。
『主の愛に感謝いたします』
そう言って、微笑んでいた。
フランスは、流石に処刑台に立たされて、そんな感じにできるかは、まったく自信はなかったが、なんとなく気持ちは分かる気がした。
あの時のシャルトルは、失われたものや、目の前にないものを嘆くことはせず、それまでにあった様々なことに感謝をささげているように見えた。
こうして、命の危険が迫っているかもしれないと感じて、あらためて思うことは、本当に、ずいぶんと愛のある人生だったと思う。
とても、恵まれている。
いや、まだ死ぬつもりはないけれど。
主の愛に、感謝いたします。
「シャルトル、ひとつお願いがあるのですが」
「何でも言ってください」
「裁判が思わしくない方向に傾いていけば、もしや、わたしの身近にいるものが、拘束される可能性もありますよね?」
「侍女のアミアンと、シトー修道士のことですね。ええ、彼らは、あまりにあなたに近い存在ですから、見せしめとして拘束し、早急に処刑してしまおうという動きも考えられます」
「ふたりを、ダラム卿のもとに逃がしてはくださいませんか?」
「あのふたりが、あなたを置いて逃げるとは考えられませんが……。そうですね……」
シャルトルは、すこし考えるようにした。
「そう……、あのふたりにも、何か役割を与えれば、よく働きそうですね」
シャルトルは場違いににっこりと微笑んでそう言った。
何か、企んでいるのかしら。
聖下の、にっこり微笑み顔は、要注意よ。
つい、聖下と心の中で言ってしまう。
いつまでたっても、フランスにとって、シャルトルブルーの輝きを持つ美しい人は、あこがれの聖下として輝いている。
今も。
真剣に話しつつも、まばたきを最小限におさえて、しっかりと目に焼き付けている。
シャルトルが、片手を口もとにやり、考える仕草で言う。
「イギリス陛下が目を覚ませば、この裁判も力技でなんとかできそうですが……。彼がいつごろ目覚めるかは、ある程度の時期も分からないのですよね?」
フランスはうなずいて答えた。
「一度引きはがされた赤い竜の力を受け取るために、しばらく眠る必要があるようです。オーベロンが言うには、前回ほど長い眠りにはならないだろうと言っていましたが……」
「前回?」
「ええ。三百年前に、イギリスが赤い竜から力を譲渡された時です。そのときは、一年間、眠りつづけました」
「一年……。時間がたてば自然に目が覚めるのですか?」
フランスは、ちょっと戸惑って、言いよどみつつ、答えた。
「前回は、わたしが、その……、キスしたことがきっかけで、目覚めました」
「キス?」
フランスは、妙に焦った気持ちで、手をふりながら、声を強めて早口で言った。
「いいえ! 違うのです! 眠る美男に目がくらんで、口づけしたわけではなく! 強い繋がりを持つ者が、お互いを引っ張り合う力が、目覚めさせることもあるかも、と聞いてキスしただけです! よこしまな気持ちは! ちょっとだけしかありませんでした!」
「ふうん」
シャルトルは、口もとに手をあてて、からかうような目でフランスのことをみていた。
違うんです~。
聖下~。
うわーん。




