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第392話 颯爽とあらわれて助けてくれる者

 見張りのいなくなった地下牢は、しんとしている。


 ガルタンプ大司教が、場所をゆずるように少し身を低くした。

 そこへ、フランスが目をとめていた男が進み出る。


 行商でもしていそうな、旅慣れた男の服装が目についた。


 高貴な花の香り。

 頭巾を目深にかぶるその人の顔は見えない。


 まさか——。

 え、でも……。


 フランスがじっと見つめる先で、旅装束の男が美しい所作で頭巾をとりさる。


 フランスは思わず叫びそうになって、両手で自分の口をしっかりおさえてから、心の中で叫んだ。


 聖下ーーーーーーッ‼


 じゃない‼

 シャルトル⁉


 シャルトルは、美しいシャルトルブルーの瞳をフランスに向けて、にっこりと微笑んで言った。


「フランス、無事でよかった」


 フランスは、思わず声を落としつつ、ちいさな声で叫ぶように言った。


「無事でよかったは、わたしの台詞です! よくご無事で! いえ、それよりも! こんなところに来るんなんて‼」


 正気ですか⁉


 ここは教国の中央にある大聖堂だ。

 大罪人として処刑されそうになり、教国から逃亡した元教皇、もとい第一番の聖女が、最も避けるべき場所。


 そんな笑顔で来られる場所ではない。


 ああ、でも!

 無事で本当に良かった!


 今日も、お美しいわ。

 思わず、ちょっとうっとりする。


 が、ハッとしてシャルトル以外にも目をやる。


 え?

 その後ろにいる者たちは、誰?


 それよりも、なぜ、ガルタンプ大司教と一緒に?


 フランスが完全に混乱しきっていると、シャルトルが丁寧にひとつずつ教えてくれる。


「覚えていますか? あなたと仮面舞踏会で会った時のことを」


 仮面舞踏会……。


 なつかしい記憶がよみがえる。

 もうすっかり昔のことのように感じる。


「はい。幕の内側にふたりで隠れて、のぞき穴をのぞきこんだ仮面舞踏会ですよね?」


 シャルトルが、フランスの言葉にうなずき、不敵な顔で言う。


「不思議ではありませんか? なぜ、わたしが、あの日、あの時間に、あの場所で、東側の貴族たちが密会することを知っていたのか」


「……」


 たしかに。


 あの時、シャルトルはためらいなく場所をえらび、のぞき穴をのぞきこんだ。まるで、用意されていた通りに、物事を運ぶように。


 フランスは、ちらっとガルタンプ大司教を見た。


 あの日、のぞき穴の向こうに、ガルタンプ大司教もいた。

 ということは——。


「ガルタンプ大司教が、内通者ということですか」


「彼も、黎明団に所属する者です」


 エエッ!

 そうなの⁉


 自由と平等の名のものとに、あのビカビカの邸宅を楽しんでいるわけ?


 自由は、ありそう!


 フランスが口をあんぐり開けて固まっている間にも、シャルトルの言葉がつづく。


「ミディから聞きました。裁判の様子が、芳しくないと。あなたのために、彼は役に立ちたいそうです」


 シャルトルが後ろに目をやると、背の小さな人物が、前に進み出て、頭巾をとる。


 フランスは、あらわれた顔を見て、小さく叫んだ。


「ロビン!」


 ロビンが、なんだかかわいそうなものを見るような表情で言う。


「フランスの家、趣味悪いな」


「家じゃないわ。これは牢屋よ」


「ふうん」


「ロビン、もしかして、裁判のこと聞いて、来てくれたの?」


「うん。証言? っていうやつ? すればいいんだろ? 運命の魔法の力を退けるために、フランスが力を使ったって」


「そうよ。でも、ロビン、大丈夫? たくさんの人の前に出ることになるわ」


 フランスが心配してそう言うと、ロビンは胸をそらし、憤慨した様子で言う。


「ったく、やんなっちゃうな! ぼくは、恥知らずで恩知らずの妖精じゃない! 助けられたら、ちゃんと助けるんだ! そんなの、あたりまえだろ!」


 ロビンの、その純粋な心が、フランスの心の緊張をほぐしてくれるようだった。


 善良なるロビン様は、素敵な妖精だわ。


 ビアスが、ダラム卿にあてて、ロビンを証言台に呼びたい旨を手紙に送っていたが、まさか、本当に来てくれるとは、正直なところ思っていなかった。妖精が人の国の裁判に出ること自体、普通なら考えもおよばないことだ。


 ロビンが、笑顔で言う。


「立派に役に立ったなら、キスしてくれてもいいんだからな」


「じゃあ、はやくこの鉄格子の中から出ないとね」


 フランスは最後に残った謎の人物に目をやった。


 とんでもなく背が高い。

 今、この場にいる誰よりも高い。


 大きい鳥のユーフラテスほどではないにしても、ちょっとそこらへんで見ることはなさそうなくらい背の高い人物だった。


 フランスの視線を見て、シャルトルがくすりと笑いながら言う。


「彼は、あたらしくできたわたしの友人です。彼のおかげで、帝国から教国まで、あっという間の道のりでした」


 帝国から教国まであっという間の道のり?


 男が、頭巾をとる。

 その男は人ではなかった。


 まあ、妖精ね。


 馬のような耳に、ガラスのような瞳、髪は濡れたようにつややかな背の高い男だった。


 シャルトルが、笑顔でしれっと言う。


「彼は、我々のことを襲ってきたケルピーですよ」


「ええっ!」


 ケルピーだという男は、フランスには関心がないのか、牢屋の様子を物珍しそうに眺めている。


 そう言われてみれば、馬の耳をしているし、濡れたようなつややかな髪は、あの時みたケルピーのたてがみによく似ている。


 シャルトルが笑顔でつづける。


「あの後、彼らと争わずに、話し合いでなんとか事を進めたのですが、すこし仕事の話が長引いて、戻るのがおそくなりました」


「仕事……?」


「まあ、その話は、いずれ」


 ミディおばあちゃんが言っていたことを思い出す。


『あの子たち、何か面白いことを見つけて遠回りしているのよ、きっと。心配するだけ無駄だわ。面白い土産話を楽しみに待ちましょ』


 まさに、ミディおばあちゃんが言ったとおりになったというわけね。

 ケルピーと一体、どんな仕事の話をするというのかしら。


 全く想像もつかないわ。


 天下のシャルトルーズ商会の商会長様だもの、商売の話とか?


 フランスが、シャルトルの『仕事』に思いをはせていると、シャルトルがそんなことよりも、とフランスに向き直って言う。


「ガルタンプに無理を言って、ここまで来たのは、あなたの心を聞くためです」


「わたしの心を?」


「あなたは、自ら覚悟の上で、教国に戻ったのでしょう? 聖女の力を失って、ここに戻れば、ひどい扱いを受けることになるのは明白だ。でも、あなたは戻った。それは、あなたの行いの罪の有無を、確かめたかったのではないですか? 主の前に正しくあるために」


 そう言われて、はじめて気づいた。


 そうだ。

 裁判をしたとして、聖女の力を失った事実を考えれば、裁判に勝てる可能性は、ほとんどない。この教国での今までの聖女のありかたを考えれば、間違いなく、そうだ。


 でも、フランスは、それを理解したうえで帰って来た。


 教国の民に、正直に、すべてを告白したいという気持ちがあった。


 でも、どういった思いが、自分をそう行動したいと強く思わせたのかは、今の今まで気づいていなかった。


 そうか。

 わたしは、主の前に正しくありたいんだわ。


 逃げて隠れるようなことはしたくない。


 フランスは、シャルトルブルーの前に、祈りをささげるように言った。



「わたしは……、恥ずべき行為はしていません」





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