第391話 雲行きのあやしい裁判
フランスは、地下牢で、格子越しに、ブールジュと手を握りあった。
強い意志を感じるブールジュの瞳を見つめると、フランスの心は、安全な場所でほっとひと息つけたような、そんな感覚になった。
「フランス、あなた以外は、今のところ拘束されていないわ」
ブールジュにそう言われて、フランスは、大きく息をつき、知らず力をこめていた肩をゆるめた。
良かった。
ビアスも拘束はされなかったらしい。
「ブールジュ、何から何まで、ありがとう」
ブールジュがフランスの頬をぎゅっとつねって言う。
「あんたは、もっとちゃんと甘えなさい!」
「ふぁい」
「今、聖女たちでも、意見書をまとめているところよ」
「意見書?」
「イギリス陛下が、フランスのせいで倒れたかどうかについては、わたしたちは口を出せない。でも、聖女が力を失った件については、きっちり口出しさせてもらうわ。シャルトルが残してくれた、あの聖女に関する本を提出するかも考えたけれど……、それは一旦やめて、聖女たちの意見をそれぞれにまとめることにした」
「そのほうがいいわ。一部には知られてしまっているとしても、聖女の力の秘密をすべての者に明かしてしまえば、また、戦争に聖女の力を悪用する勢力も現れるかもしれない」
ブールジュが、難しい顔をしてうなずく。
「そうね。それは、これからの聖女の身の危険を、増やすことにもなる。だから、今回意見をまとめるのは、聖女の力を行使する対象は、教国の者にかぎらない、ということを強調するためよ。だって、そうでしょ? 主の愛は、一国にだけ与えられるちんけなもの?」
ブールジュの相変わらずな言い方に、笑ってしまう。
なんだか、ちょっと元気がわいてきた。
フランスとブールジュは、お互いに見つめ合い、しっかりと手を握って、お互いに確認するように言った。
「あきらめない!」
「あきらめない!」
地下牢の冷たさをとっぱらうくらい、頼りになるブールジュの笑顔がそこにあった。
その日から、裁判は長く続いた。
毎日、公開裁判が行われるわけではない。数日に一度、フランスは急に外へと引っ張り出されるようにして、裁判へと向かう。
牢に入れられている間は、最初にブールジュに会った以外、誰とも会うことはできなかった。裁判の場でも、ビアスと、すこし言葉を交わすくらいしかできない。
もどかしい日々だった。
誰にも相談することもゆるされず、いかなる情報も手に入れることができない。まるでフランスだけ、すべてから切り離されたような生活だった。
裁判で、最初に議論されたのは、そもそも妖精と関わる話などというものが、空想に過ぎないばかばかしいものだという意見だった。
だが、これはビアスによって一蹴された。
「帝国皇帝であるイギリスの存在こそが、妖精の存在の証明である。そして、彼が間違いなく、赤い竜の姿を持つことを、今や、教国中の人間が知っている」
聖女フランスの教会に、イギリスが滞在したことをきっかけに、この事実は教国中で知られた話だった。実際に、赤い竜の姿を見たものも多い。
そして、皇帝イギリスと聖女フランスの身に起きた不可思議な入れかわりについても、疑いがかけられたが、これは、なんとミディおばあちゃんが、詳細に書き連ねていた観察結果が提出されたことで、証明された。
シャルトルに送っていた報告内容の写しを、すべてとっていたらしい。
ミディおばあちゃんは、シャルトルに頼まれた調査であることは伏せ、ただ個人の興味から観察していたと、しれっと言い放っていた。
「だって、皇帝と聖女ですよ? どんな破廉恥なことが飛び出すかと、楽しみにしていました」
証言台でにっこり言うミディおばあちゃんの堂々たる姿に、フランスは思わず笑ってしまった。
しかも、ミディおばあちゃん、確信を持ち始めてから、イギリスにひっかけのような質問をして、聖女フランスでないことを確認していたらしい。
そんなことしていたんだ!
入れかわりについては、アミアンも証言した。
フランスの侍女であるという点から、その証言に重きはおかれなかったようだが、すべて、ミディおばあちゃんの報告と一致していた。
そして、次の争点は『聖女フランスは皇帝イギリスを害したか』になるはずだった。
が、その部分は、徐々に薄れ、『聖女が教国の外で妖精のために力を失ったことは事実か、事実だとすればそれは罪になるかどうか』について強く意見が交わされた。
まあ、そうよね。
聖女フランスが皇帝イギリスを害した事実にたどりつけば、教国としては、困ったことになる。
その点をさけて、別の大きな問題に、とりかかるのは、わざとでしょうね。
調査官のひとりが言う。
「妖精王の子息を証言台に立たせるべきではないのか?」
これは、何度も繰り返しされている要求だった。いまだ、妖精との話には、誰もが懐疑的で、すべてが作り話ではないかという議論から抜け出せないでいる。
ビアスが、落ち着いた様子で答える。
「それについては、現在、依頼しているところです」
「わざと遅らせているのだろう。そんな証人を用意できるアテなどないのだ」
もともと良くない雰囲気が、ぐっと悪くなる。
調査官とビアスのやりあいは、もはや最近のお決まりだった。
ビアスが、小ばかにした顔で言う。
「妖精の国に行くのに、どれほどの時間がかかるか知っているのかね」
「知るものか」
「知らないことで、わあわあ言うな。調べてから反論しろ」
調査官が吐き捨てるように言う。
「そもそも、聖女が妖精のために力を失うことは、この教国を捨てたことに他ならない」
ビアスが、鼻をならして返す。
「この国の神は、愛を限定的に取り扱っているのか? 新興宗教国家のあつかう神はかなり狭量らしい!」
議長が叫ぶ。
「静粛に! 神への侮辱は、ここではゆるされません!」
けんけん、がくがく。
わあわあ、やあやあ。
まあ、毎回、喧嘩のようになっては議長が顔を真っ赤にして「閉廷―ッ‼」と叫ぶありさまだった。
ブールジュのおかげで、牢での暮らしは、さほど厳しいものではなかった。
ムチ打ちなんかもない。
お風呂も、三日に一度入れる。
だが、日に日に、フランスは疲弊していった。
疲れる……。
外の状況が分からないことも、心を疲れさせているのかもしれない。それに、裁判の雲行きは、フランスが感じるところでは、かなりあやしいのではないか、という気がした。
そんなある日の夜、ガルタンプ大司教が地下牢にやってきた。
ガルタンプ大司教が見張りをしている者たちに、何かを握らせると、見張りはどこかへ行く。彼は、何人か人を連れてきているようだった。
極端に背の小さい者と、極端に背の高い者、あとは、まあ普通の男性くらいの背丈の者で、いずれも深くマントをかぶっている。
普通の男性くらいの背丈の男から、香った。
高貴な花の香り。
この香りって……。
フランスは、その男をじっと見つめた。




