第390話 聖女、拘束される
フランスたちが企んだ、公開裁判を求める『公開手紙』の効果は、教国中に、しっかりと発揮されたようだった。
ガルタンプ大司教の話によると、どうやら、公開裁判の申請を、教国の上層部は受けるつもりはなかったようだが、あまりに民の関心が高まりすぎて、上層部も無視することはできなかったらしい。
ガルタンプ大司教が、一通の手紙をフランスに手渡して言う。
「公開裁判が決定したそうだ。やれやれ、派手に騒がないと裁判もできないのかね、まったく」
「お騒がせしております」
それから数日して、ついに裁判がはじまった。
ビアスは、気楽な様子で言う。
「ありのままを言うしかないね。嘘を並べたってだめさ。今回のことについては、前例がないし、裁判がどう転ぶかは分からない。フランスちゃんは、とにかく、真実を述べればいい。ぼくが思うに、聖女としてやましいところは、ひとつもないのだし。まあ、つっかかられそうなところは、多々あるけれど、それは、とりあえず心配しないで」
「わかりました」
フランスは、それから数日かけて、裁判の場で、魔王と聖女の物語について話すことになった。
公開裁判に足を運ぶ者は多く、とにかく人でいっぱいの裁判だった。
ビアスの指示と、ミディおばあちゃんの協力で、フランスが裁判で話した内容は、その日のうちに、公開裁判を見ることのできなかった民にも見えるよう、あちこちで張り出された。
そうして、聖女フランスのために皇帝イギリスが倒れたという事実と、聖女フランスが聖なる力を失ったという事実が、ともに明らかにされた。
裁判を進めている議長が、フランスの言葉を繰り返して、確認する。
「皇帝イギリスが倒れたのは、白い竜である妖精王オーベロンによって、身に受けた赤い竜の力を一時的に奪われたからであり、時間がたてば皇帝イギリスは何事もなく目覚める。間違いありませんかな?」
「はい」
「そして、聖女フランス、あなたが聖女の力を失ったのは、妖精王の子息である善良なるロビンの記憶を、運命の魔法から守るため。間違いありませんかな?」
「はい」
裁判の場は、人々の議論する声でたちまちさわがしくなった。
「静粛に!」
議長がそう叫んでも、場はおさまりそうにない。
様々な声があった。
こんな馬鹿な作り話があるかという者。
聖女の力を失ったのなら、それは教国への裏切り行為だという者。
いいや、この物語に、罪あるものはいないという者。
聖女は慈悲の心をもって、力を失ったのだと言う者。
罪をさけぶもの、ゆるしをさけぶもの、様々だった。
あまりに、場が荒れて、騎士団までもが、出動する騒動になった。
そうして議長が叫ぶように言う。
「聖女フランスは、聖女の力を失った。これに罪が認められるかが決定するまで、聖女フランスの身柄は、拘束するものとする」
ビアスがフランスの腕を掴んで叫ぶ。
「おい、横暴だぞ! それでも法を嗜むものか! 罪が認められないうちから、罪びとのように扱うな!」
議長が、顔を真っ赤にして叫んだ。
「連れていけ! 本日は閉廷!」
フランスはビアスから引きはがされ、騎士の男たちに、無理矢理に連れ出された。
そうして、ひとり、放り込まれたのは、中央の大聖堂にある、地下牢だった。
以前にも、一度、来たことがある。
フランスのことを襲った荒くれものたちが入れられた牢だ。
結局、牢に入れられたわね……。
冷えた石の床には、地下水だろうか、水がしみ出していて、湿っぽい。簡易的なベッドには、うすい布が用意されてあるだけだった。火はない。
さっむ。
フランスは、とりあえず、置いてあるかけ布を身体にまきつけた。
やだあ。
ちょっとしっとりしている気がするこれ。
カチカチのベッドに座る。
イギリス、暖かいベッドで眠っているかな。
寝苦しくないかな。
寝てばっかりで、身体、しんどくないかな。
ダラム卿がいるし、大丈夫よね。
目を、覚ますわよね。
ウリムとトンミムも、よく食べて、よく眠っていてほしい。
もう元気に、走り回れるようになっていたらいいな。
アミアンとシトーは、無事でいるかな。
まさか、ふたりも牢に入れられたりなんて、してないわよね。
お願いだから、ガルタンプ大司教の邸宅で、無事にすごしていてほしい。
ビアスも大丈夫だっただろうか。
騎士たちに無理矢理離されるとき、すごい剣幕で文句を言っていたけれど……。
フランスは、冷えた手足をかかえこんで、丸くなった。
シャルトルたちも、こんなふうに冷えた場所にいたら、嫌だな。
傷ひとつなく、暖かい場所にいてほしい。
ヴラド。
かわいい子コウモリちゃん。
いまごろ、ひとりでさみしくて、泣いていたりしないかな。
そんなことを思っていると、フランスの右目から、ぽろっと涙が出た。
「フランス!」
呼ばれて、フランスはハッと顔をあげた。
「ブールジュ⁉」
「このバカ! すぐに呼びなさいよ!」
「うわぁぁ、ブールジュうう」
鉄格子ごしに抱き合う。
ブールジュのうしろに、一人の立派な騎士がいた。あまりに、ブールジュに似た美男。見た覚えがある。
シャルトルが帝国に脱出したとき、聖女を任地に戻すために追いかけてきた、西方の騎士団を率いていた男だ。
ブールジュのお兄様ね。
まだ、お股を弱みに、にぎられているのかしら。
ブールジュの兄は、両手にいっぱいの荷物を抱えていた。
ブールジュがそれをバラしながら、フランスにひとつずつ渡してくる。フランスは、格子の隙間から、物を受け取った。
それは、柔らかな敷布や、かけ布、それに、防寒力の高そうな服や靴やマントだった。それに、たくさんの飲み物と、日持ちしそうな食べ物まで。
ブールジュが申し訳なさそうに言う。
「さっき、町でかき集めてきたの。今のところ、これが精一杯だった」
ここに入ってくるのにも、一苦労しただろう。
賄賂を渡したりしたのかもしれない。
きっと、牢に放り込まれたのを見て、町中で、必要になりそうなものをかき集めてくれたに違いない。
フランスは、ともだちの真っ直ぐな真心に、胸を打たれて言った。
「十分すぎるほどよ。最高だわ」
「わたしに、裁判を左右するほどの権力があれば良かったのに! まだ、ないの。わたし、くやしいわ」
そう言って、ブールジュが泣く。
「ブールジュ」
お互いの身体を引き寄せるように、抱きしめ合う。
冷えた地下牢に、一時、あたたかな時間があった。




