第388話 魔王と聖女の物語
フランスが、賢者ビアスに、何から何までを話すべきなのか、うんうん悩んでいる間に、あっという間に日はすぎた。
ダラム卿から毎日届く手紙に、変わった様子は書かれていない。シャルトルたちの安否も、ヴラドの行方も、何も良い報告はなかった。
悪い報告もないのだから、きっと無事でいるわ。
そうよ。絶対に。
それでも、じわりじわりと、不安が押し寄せる。
そうして過ごしていたある日の昼時に、一台の馬車が、ガルタンプ大司教の邸宅に到着した。
フランスは自分の部屋の窓から、その馬車の様子をながめていた。
妙な時間ね。
ガルタンプ大司教は、今日は夜まで戻らないはずだし。
どなたかしら。
馬車からおりてきたのは、三人の男だった。
フランスはその姿を見て、急いで窓を開けて、叫んだ。
「ソロン様! ビアス様! クレオブロス様!」
三人の男が、フランスの声に気づいて、こちらを見上げる。
以前、会った時と変わらない、三人の賢者の笑顔。
ソロンがまぶしそうにこちらを見上げ、ビアスとクレオブロスが手を振ってよこす。フランスも、笑顔で手を振り返した。
すぐに、三人の賢者たちは、フランスの部屋へとやってきた。
相変わらず美男で、背が高く体格の良いクレオブロスが、やあやあと、親しげな様子で言う。
「フランスちゃん、ひさしぶり!」
「クレオブロス様、お久しぶりです!」
ソロンが、気真面目な雰囲気の顔に、優しい笑顔を作って言う。
「元気にしていたか?」
「はい、元気にしていました! ソロン様も、お元気そうで何よりです」
小柄で神経質な雰囲気のビアスも、笑顔で言う。
「まさか、フランスちゃんから弁護を頼まれるなんてね」
「ビアス様、この度は、急で不躾な願いを聞いてくださり」
「ああ! いいよ、いいよ、気にしないで! 久しぶりに、国外旅行だ。こっちにも、大きい書庫があるっていうし、三人分の旅費も生活費も、出してもらえるしね」
ガルタンプ大司教が手配してくれたのだろうか。
意外と、太っ腹ね。
感謝しなくちゃ。
フランスは、申し訳ない気持ちで言った。
「あの、でも、弁護にかかる費用は、手紙にも書きましたが、今のわたしにはなくて……」
ビアスが、問題ないよ、と笑顔で言う。
「もう、もらったよ? 前払いで!」
「えッ⁉」
ということは……、ガルタンプ大司教が、支払ってくれたということ⁉
つまり!
それは‼
フランスの借金が確定したと言うこと‼
くうう。
ビアスが、頼りになる顔で言う。
「さて、手紙に書いたけれど、問題の事の起こりについて、時系列に話してもらうよ。全部ね」
「はい」
フランスは、しっかりまとめておいた今までの話を、三人の賢者にすることにした。
せっかくだから、全員で共有しておきたい。
フランスは、アミアンとシトーも呼び出して、全員に、話をすることにした。
シトーは、入れかわりについて、知らないはずだしね。
聖女フランスが、どうして、皇帝イギリスを助けるために、聖女の力を失うことになったのか。
フランスは、自分の部屋に集まったみんなの顔を、ぐるりと見まわしてから言った。
「かなり、長い話になると思います。どこから話すべきか、悩んだけれど、とってもややこしいから、最初から全部ひっくるめて話すことにします」
ビアスがうなずきながら言う。
「うんうん、それがいいよ。裁判するときって、結局、全部話すことになるから。一度、全部、筋立てて言えるようにしておいたほうがいい」
「では、第一話から話します」
クレオブロスが、感心したように言う。
「第一話! 物語みたいだな」
「はい。どうやって、まとめればいいのか、分からなかったので、アミアンと相談して書いてみたら、なんだか物語みたいになりました。と言っても、まとめ書きみたいなものですけど」
ソロンが、ゆったりとした様子で言った。
「いいじゃないか。ここには、菓子も茶もある。ゆっくり物語を聞かせてもらうとしよう」
「では、第一話『聖女、股を打つ』からいきます。今のところ、第三百八十八話まであります」
ビアスが、眉間に皺をつくって言った。
「股を打つ⁉ しかも三百八十八話⁉ 不安しかないけど」
ソロンが笑って言う。
「いいから、聞いてみよう」
それから、フランスとイギリスに関する物語をすべて話し終えるまで、丸二日もかかった。
ソロンが背もたれに、背をもたれさせながら言った。
「あ~、すごい。けっこう長い物語を読んだ感じある」
フランスは、すべて話し終ってから、シトーに向かって言った。
「シトー、黙っていて、ごめんね。入れかわりのこと」
シトーが、しれっと言う。
「途中から気づいていた」
「エッ⁉ そうなの⁉」
「時々、イギリス陛下の姿で、教会の草むしりをしていたのを見かけて」
してた~!
見られていたんだ!
「雑な抜きかたが、どう見てもフランスだった」
シトーの言葉にアミアンが笑った。
フランスは、むっとして言い返した。
「雑じゃないわ! しっかり抜いていたわよ!」
「雑」
くっ!
たしかに、わたしが抜いたあとは、妙に草が生い茂るのが早かった気もする。
聖女フランスは、雑草抜きが、下手!
今さら知った事実!
でも、手抜きをしていたわけじゃないもの。
ビアスが、思案するようにあごに手をやって言う。
「それにしても、かなり大きな問題があるね」
みんなの視線が、ビアスに集まる。
ビアスは、みんなの視線を気にする様子もなく、つづけた。
「聖女の力を失っているのなら、この教国の歴史において、生き残れた聖女は存在しない。どう言い訳しても、お偉方は処刑をのぞむかもね。見せしめとして」
フランスは、手をぎゅっとやって言った。
「では、やはり、ビアス様に弁護を頼むのは、難しいですね……」
逃れようがない罪の弁護をすることは、できないだろう。
ビアスが、フランスをじっと見て言う。
「言っただろ。『お偉方は』だよ。でも、民衆はどう思うかな?」
「民たちがどう思うかが、裁判に影響を与えますか?」
「そりゃそうさ! 特に今は、カリスマ的存在がいない。以前の教皇であるシャルトルのような、誰もが惹きつけられ、強い決断力と推進力を持つ、人気の教皇様みたいなね。そういうカリスマ的存在がいない時は、民衆の感情ってのは、なかなか無視できないもんさ」
「でも、裁判の内容は民たちには伝わらないはずです」
「いいや。公開裁判を求めればいい」
公開裁判か。
そんな方法があるのね。
でも……。
「公開裁判を求めても、申請は却下されませんか? 上にとって都合が悪いなら、なおさら」
「まあ、普通に申請したらもみけされるかもね。でも、公開裁判を求めた場合、通常は正当な理由がなければその主張を退けることはできない。今回の騒動は、国中のだれもが知りたい内容のはずだ。なんて言ったって、聖女フランスと皇帝イギリスの、とんでもない破廉恥な話かもしれないって、みんな期待しているから」
ビアスが、ニヤっと笑って言う。
「だから、公開裁判を求める手紙から、ぜんぶ大公開するんだよ」




