第387話 裁判のこと何も考えてなかった
ガルタンプ大司教の邸宅での一日目は、とても快適だった。
フランスは、自分の部屋で、アミアンとシトーと三人で夕食を食べた。用意された食事は、意外なことに、しっかりと暖かく、立派に豪華だ。
夕食が終わると、使用人に案内され、フランスは、ひとりで応接間に通された。
暖炉の前に、ずいぶん久しぶりに見る姿がある。
おお。
あごが、また成長している。
たぷたぷしている。
フランスは、身を低くして言った。
「サン=サヴァン・シュル・ガルタンプ大司教にご挨拶申し上げます」
ガルタンプ大司教が、これ見よがしに、大きなため息をついて言う。
かなり、嫌味な感じの声で。
「聖女フランス、またずいぶんな騒ぎですな」
うへええ。
アミアンが真似したまんまね。
いっそ、懐かしくて嬉しいわ。
ああ、東側に戻って来たなぁ感ある。
なんなら、居心地良いまである。
フランスは、心の中でだけ、大きい声で言った。
ウマが合わない! とにかく! ウマが合わない!
はあ。
フランスは、心の中の声がもれ出ないよう、満面の笑顔を、ガルタンプ大司教に向けた。
その笑顔を受けて、ガルタンプ大司教が嫌そうな顔で言う。
「小さな教会でもうるさくしていたのが、帝国でも大人しくしていられなかったとは……。やれやれ」
「お騒がせしております」
「本当に、本当に。この屋敷でも、まさか暴れてうるさくなど、しませんでしょうな」
「はい、それはもちろん。大司教様のお慈悲で、すばらしく居心地の良いお部屋までご用意いただいたのです。身を小さくして、大人しくしております」
「着いた途端に酒を飲んでいたところを見るに、その言葉を信用していいものやら」
「ごちそうさまでございました」
フランスが堂々と笑顔で、そう言うと、ガルタンプ大司教が、白目をむくようにして、やれやれと首を横にふった。
ガルタンプ大司教は、気分を変えるように、手をひとふりしてから言う。
「それで、どうするか考えたのですか?」
ん?
どうする?
フランスは、何についてそう言われたのか、分からなくて、首をかしげて聞いた。
「……どうするとは?」
「……」
「……」
ガルタンプ大司教が、信じたくない、みたいな顔で言う。
「まさか、何の用意もなく、ただぽかんと帰って来たなどと言うつもりですかな。裁判ですぞ。もちろん、準備はしていると思いたい」
「……」
フランスが、固まったまま、何も返せずにいると、ガルタンプ大司教が、虚ろな目で言った。
「本気か?」
まあ、そう言われると、たしかに……。
裁判なんて、はじめてだし。
誰かに何か相談する間もなく移動したし。
何の用意をすればいいのか、というところから、分かっていない。
自分でも、自分に言いたかった。
本気か?
ガルタンプ大司教が、さらにひとつ、大きなため息をついて言う。
「弁護人のアテは?」
「弁護人のアテ……」
「やれやれ……。アテがないのなら、わたしが紹介してもいいが……」
「あの……、弁護人をやとう金はありません」
「貸してやる」
貸してくれるんだ!
いや、でも、また借金か。
それ、返済時に割り増しにならない?
フランスは、成金趣味全開の、金色の壺がかざってあるのを横目に見ながら、心の中でため息をついた。
返済額、とんでもないことになりそう。
ガルタンプ大司教は、フランスの不安な気持ちを置き去りに、説明をつづける。
「弁護人が決まったら、裁判がはじまる。裁判については……、弁護人に相談するのがよろしかろう」
「お世話になりま……、あ」
「なにか?」
「弁護人は、国外の人間でもいいのでしょうか?」
「申請が通れば、問題ないでしょうな」
フランスは、すこし考えてから言った。
「では、弁護を頼みたい人物に、ひとりアテがあります」
「では、弁護人を立てるのに時間がかかるということは、わたしから申請しておこう。どの国から人を呼ぶつもりかね?」
「スイス大公国です」
フランスは、なつかしい顔を思い出しながら言った。
「スイス大公国の、ザンクト・ガレンからです」
フランスは、その後、すぐに手紙をおくった。
宛先は、スイス大公国のザンクト・ガレンに住む、賢者ビアスだ。
彼は、たしか、不当な被害者のために、無償で活動した弁護士だったはず。一度会っただけのフランスに手を貸してくれるかは疑問だったが、とりあえず、頼んでみることにする。
フランスは手紙を送ってから数日、ガルタンプ大司教の邸宅での軟禁生活を、まあまあゆるくすごしていた。
どうやら、軟禁対象は、聖女フランスだけらしく、アミアンとシトーは自由に邸宅の外に出てもかまわないようだった。
アミアンとシトーは、久しぶりに、教会の様子を見に行ってくれた。
フランスは、朝から出かけたふたりを待ちつつ、部屋でガルタンプ大司教が貸してくれた、なにも面白くない本を読む。
本の趣味も合わない。
一切、何も、ウマが合いそうにない。
ダラム卿が、毎日送ってくれる菓子を、ひとつ口のなかに放り込んで、もぐもぐやりながら、いけすかない本を読んだ。
ダラム卿からは、状況を報せる手紙と、それよりも分厚いアミアンへの手紙が毎日届く。
なんなら、フランスたちがガルタンプ大司教の邸宅に着くより先に、ダラム卿の手紙とお菓子が届いていたくらいだ。
流石だわ。
手紙によると、帝国は、相変わらずの状況らしい。
そうして過ごして、お昼時に、フランスの部屋をおとずれた懐かしい顔があった。フランスは、その姿を見るなり、両手を広げて、抱きしめた。
「カーヴ!」
「ねえさん!」
ふたりで抱き合う。
「わああ、カーヴだ! 会いたかった。懐かしい。かわいい。大好き!」
「会いたかった、です」
アミアンが、横からぬっと顔をだして、にやっとしながら言う。
「カーヴ司祭様です」
「ええッ‼ カーヴ、もう司祭になったの⁉」
カーヴが、嬉しそうに恥ずかしそうに言う。
「つい、三日前に」
す、すごい!
助祭から司祭に、そんなに早く⁉
特進すぎる‼
フランスは、誇らしい気持ちになって、聞いた。
「教会は変わりない?」
「みんな元気にしています。でも、みんな、ねえさんがいなくて、寂しがっています。静かすぎるって」
「うるさかったみたいに言わないでよ」
ふたりで笑う。
カーヴは、ゆっくりとフランスの部屋で、最近の教会でのことについて教えてくれたりした。
日が傾きはじめて、カーヴが帰ったあと、一通の手紙が届いた。
フランスは、差出人を見て、嬉しい気持ちで言った。
「ビアス様からだわ!」
すぐにあけてみる。
手紙には、一行だけ、書いてあった。
『時系列でまとめておいて』
ん?
時系列でまとめておいて?
何を?
いや、多分、この裁判の要である『聖女フランスが、皇帝イギリスを害した罪を持つか』の部分に関することを、時系列でまとめておけってことよね。
……。
うわあ。
どこから?
どこから、話すべき?
悩むわ。
しかも、聖女の力を失っているという、とんでもない真実を抱えているのよ……。
どこから、どこまで話すの?
ぜ……、全部?
***********************************
おまけ 他意はない豆知識
***********************************
【ビアス】
紀元前6世紀頃に活動。ギリシア七賢人のひとり。
生涯を通じて、不当な被害者のために、無償で活動した弁護士。




