第386話 ビカビカの、あの人の邸宅
フランスは、ひどい馬車酔いに、ぐったりとしながら、となりに座るアミアンにもたれかかった。
緊張からか、いつもより、酔いがひどい。
頭まで、痛む。
目の前の席では、シトーが剣をかかえるようにしている。何事かあれば、いつでも応戦できそうな様子だった。
帝国から、教国までの道のりは、ずいぶんと物々しい雰囲気だった。
帝国を出るまでの数日は、ダラム卿が用意した騎士たちが、馬車を守り、慎重に街道を進んでゆく。
フランスは、窓の外を見ながら言った。
「他の馬車も、無事に進んでいるといいわね」
「そうですね。あぶないのは、一番豪華な仕立ての馬車かもしれませんが、中には屈強な騎士しか乗っていないので、きっと大丈夫ですよ」
フランスたちが出発すると同時に、ダラム卿の指示で、いくつかの街道に分かれて、聖女フランスの馬車を装った一団が出発した。
フランスが乗っている馬車は、作りはしっかりとしているが質素な仕立ての馬車だ。
騎士たちの服装も、できるだけ質素に見えるものを準備したらしい。
最も地味な一団となった。
緊張とは裏腹に、何事もなく国境までたどり着く。
教国に入ってからは、見慣れない紋章を身にまとった騎士たちにかこまれ、中央の町へと、馬車は進んだ。
フランスは、うーんと思い出しながら言った。
「あの紋章……、どこかで見たような気もするわね」
アミアンが、ああ、と悩みもせずに言う。
「あれ、ガルタンプ大司教の親戚筋の、家門の紋章じゃないですか?」
「ああ、そうか。そうかも。ガルタンプ大司教も、姻戚関係充実しているわよね。もしかして、ガルタンプ大司教が、貧乏くじでも引かされたのかしら」
もともと、フランスは、ガルタンプ大司教の管理教区内の聖女だ。裁判のために教国にもどる聖女の、監視役だか、世話役だかを押し付けられたのかもしれない。
アミアンが、くすっと笑いながら言う。
「かもしれませんね」
「騎士団も、ただで動くわけじゃないもの。金がかかるって、今ごろ、あの、嫌味な顔して文句言ってそう」
アミアンが、器用に二重アゴをつくり、声を低くして言う。
「聖女フランス、またずいぶんな騒ぎですな」
「似てる」
アミアン、細いのに、そのアゴの肉どこから出てくるわけ。
フランスが笑っていると、アミアンが、にやっとして言った。
「ガルタンプ大司教様のフルネーム、覚えています?」
「え、なんだっけ、え~と」
フランスは、しばらく考えてから、まだ立派に二重アゴをつくっているアミアンに向かって、身を低くして言った。
「サン=サヴァン・シュル・ガルタンプ大司教にご挨拶申し上げます」
「完璧ですね!」
「あぶない、あぶない。思い出せてよかったわ」
フランスは、ずっと座りっぱなしで痛む尻を、ちょっと浮かせつつ言った。
「ウリムとトンミム、ちゃんとあたたかくして寝て、ごはん食べているかしら」
「ダラム様が、完璧にお世話してくださいますよ」
ウリムとトンミムは、フランスが出発する日にも、まだ元気がない様子で、ほとんどカゴから出ずに寝てばかりの様子だった。
心配だわ。
よっぽど、時の回廊でのことが、負担だったのかもしれない。
フランスがしばらく出かけると言ったら、ウリムもトンミムも、眠そうな目をこすりこすりカゴから出て来て、フランスの頬にキスした。
そうして、また、すぐに丸まってしまった。
「シャルトルたちや、ヴラドのことは進展があったかしら」
「ロビン様もついていますし、きっと良い方向に向かいます」
「うん」
何もかもが、心配なことばかりね。
教国に入って数日、中央の町に向かっていると思っていた馬車は、見たことのある邸宅の前で停まった。
あれ、これって……。
アミアンが、フランスが思っていたことをそのまま言う。
「あれ、ガルタンプ大司教の邸宅じゃないですか?」
「そうね。何度か、ご機嫌伺いに来たことあるわよね」
フランスがいた東側の教会から、馬車で一時間ほどの距離にある、いかにも金の香りがする邸宅が目の前にあった。
とにかく、できるだけ、金色といった感じ。
門が、ビカビカなのよ。
庭園の噴水も、ビカビカ。
邸宅の中に入ると、もう、そこらじゅうビカビカだった。
フランスは、一瞬白目をむいた。
相変わらず~。
趣味、合わないわ~。
ほんと、ガルタンプ大司教とは、なにから、なにまで、はしから、はしまで、ほんとにウマが合わないのよね。
彼の中に、清貧という二文字は、間違いなく存在しない。
貞潔と従順も、だいぶあやしい気がする。
知らないけど。
フランスが到着しても、ガルタンプ大司教は姿をあらわさなかった。
これまたいけ好かない雰囲気の、ビカビカの衣装を着た使用人に、邸宅の奥へと案内される。
三つ、部屋が用意されていた。
フランスとアミアンとシトーに、ひと部屋ずつ。
教国にもどるなり、拘束されたり、牢に放り込まれたりするだろうかと思っていたフランスにとって、これは、かなり嬉しい待遇だった。
部屋は、どの部屋も、しっかりと掃除がゆきとどき、薪も十分に暖炉にくべられている。
内装の趣味がビカビカで、どうにも、フランスの趣味と合わない点をのぞけば、最高に贅沢な待遇だった。
ビカビカの服がすごい使用人が、フランスにビカビカの笑顔を向けて言う。
「ご主人様は、夜にはもどられます。夕食ののちに、話をしたいとのことでございました」
「わかりました」
「必要なものなどございましたら、何なりとお申し付けください。それと、おそれいりますが、部屋の前には、騎士を置かせていただきます」
「部屋からは出るなということですね」
ビカビカの使用人は、大きく口だけをにっこりと横に引っ張り上げて言う。
「わたくしは、ご主人様の言いつけに従っておりますだけです。どうぞ、ご理解ください」
「この三人で、部屋を行き来するくらいはいいでしょうか?」
「はい。それは、問題ございません」
必要なものは、お申し付けていいのよね。
フランスは、遠慮なく言った。
「あ、酒を用意できますか? ぶどう酒と、黒イチゴ酒もあると嬉しいけれど。それか、ハチミツ酒か、ビールか」
ビカビカの使用人が、一瞬戸惑うようにしたが、しっかりニッコリしたまま返事をした。
「は、はい、かしこまりました。夕食はそれぞれのお部屋にお持ちいたしますか?」
「わたしの部屋で、三人で食べます」
「かしこまりました」
え、結構、待遇良くない?
酒まで、頼んだら出てくるわよ。
使用人がビカビカの笑顔をひっさげて退室したあと、アミアンがぼそっと言った。
「とりあえず、酒ですか?」
フランスも、ぼそっと返す。
「とりあえず、酒で、心を洗っておこうと思って」
シトーの声も、ぼそっと聞こえた。
「酒で……洗う……?」




