第310話 混ざってしまったふたり
フランスの身体が、オーベロンによって、暗やみひろがる大穴に突き落とされそうになった瞬間、フランスのポケットからウリムが飛び出した。
ウリム、だめよ、あぶない!
危険があってはいけないと、ウリムとトンミムをポケットに押し込んでいたのに、ウリムが飛び出してきて一瞬あせった気持ちになる。
だが、ウリムは、あっという間に身体を大きくして、フランスの身体を守るようにした。フランスの前に立ったウリムの姿は、フランスの背丈よりも高い。大きな獣のような姿だった。
ウリムが威嚇するように、オーベロンに向かって吼える。
オーベロンは、フランスから距離をとり、白い竜の姿になって、こちらも威嚇するように吼えた。
洞窟の中に、おそろしい声がひびく。
白い竜が翼をふるうと、とんでもない風が、洞窟内に巻き起こった。
砂や、石ころが、飛んできてフランスの身体にあたる。
どこかで、がらがらと、石がくずれるような音がした。
とんでもなく強い風に、大穴のほうへと押される。
フランスは、ウリムの大きくなった身体につかまるようにして耐えたが、ひときわ大きな風にあおられてバランスをくずした。
ウリムが叫ぶ。
「あぶない!」
大穴に向かって飛ばされるフランスに向かって、ウリムが飛びつくようにした。
ウリムに抱えられて、一緒に落ちる。
大穴の内側は、けわしい急斜面になっているようだった。いや、斜面と言うよりは、切り立った崖に近い。
ウリムがフランスをかばって、崖を背で滑り落ちるようにする。
フランスは、ただ必死に、ウリムの身体にしがみつくしかなかった。
土砂をまきこみながら、ウリムとフランスの身体は、勢いよく下へと落ちてゆく。
落ちるほどに、何か奇妙に、下へとひっぱられる感覚があった。
何、これ。
気持ち悪い。
それに、頭が、いたい。
ウリムが、もがくように吠えながら、崖に手をかける。
だが、落ちる速さは、すこしもゆるくならない。
がらがらと、ウリムが手を掛けた場所から、石が転がり落ちてゆく。
唐突に、何かに引っかかって、ウリムとフランスは、止まった。
衝撃はあったものの、身体に痛みはない。ウリムがしっかりとフランスの身体を守ってくれたおかげだった。
だが、ほっとしたのも、つかの間、何かにひっぱられるような強い感覚がして、頭の痛みがひどくなる。
「うぅ」
フランスはその場にうずくまった。
ウリムが金色の炎を強くしたのが、視界のはしに見えた。
あたりが金色でつつまれる。
身体がひっぱられる感覚はなくなったが、頭の痛みは増すようだった。
なにこれ。
この感じ。
頭だけ、別に切り離されそう。
強く、ひっぱられる感覚が、頭のほうに集中する。
ひときわ、激しく頭がいたんだあと、ふっと、痛みから抜けるようになった。
ふわっと、飛ぶような軽やかな感覚。
あれ?
フランスは、目の前の奇妙な光景を、ふわふわとした心地でみた。
フランスが、崖にあるほんのちいさな岩場にひっかかるようにしてウリムとともにいる姿がみえた。ぐったりとしたフランスの体を、ウリムが守るようにしている。
フランスの視界に、フランスとウリムの姿が、はっきりと見える。
なぜ、自分の姿が見えるの。
そのとき、ぐったりと倒れているフランスのポケットから、ちいさなトンミムが出て来て、こちらに向かって飛んできた。
トンミム!
叫んだつもりだったのに声は出ない。
さらに、ひっぱられて、崖にいるウリムとフランスの姿が遠くなる。
ウリムが金色の炎をはげしく燃やしながら、こちらに向かって叫んだ。
「トンミム、ぼくを見つけて! フランス、きみの身体はぼくが守るよ!」
ウリムの声も姿も、あっという間に遠ざかった。
吸い込まれてゆく。
暗やみの中に。
何も見えなくなった。
自分の姿も、トンミムの姿も。
音もしない。
ここには、何もない。
どんな感覚もなかった。
トンミム、いる?
声は出せなかった。
だが、トンミムの答えが返ってくる。
「いるよ、フランス」
トンミムには、フランスの声にならない声が聞こえているようだった。
これって、どうなっちゃうのかしら?
「ぼくも、この感じは、はじめてだなあ。でも、なんだか層を抜けていっている感じはする。そこは記憶の層と似ているね」
これが時の回廊なら、時の層があるとか?
「面白いね。でも、ぼくたち何の座標も持っていないし、やたらめったら漂っている感じかも。明けの星でも見えればなあ。ウリムの明けの星を座標にすれば、帰れるかもしれないけれど……、でも、あっという間にずいぶん遠くまできちゃったみたいだ。よく見えないや……」
オーベロンは、フランスとイギリスが強く結びついていると言っていた。
彼の言う通りなら、もしやイギリスの元へと行けるのかもしれない。
ここが時の回廊なら、過去のイギリスのもとへ。
オーベロンが知りたい真実は、フランスが知りたい真実でもある。
でも、どうやって過去のイギリスのもとに?
行ったとして、どうやって帰ってくるの?
おそろしいわ……。
でも、おそれているだけじゃあ、何も見えはしない。
ここには、どんなものも見えないけれど……。
過去のイギリス……?
フランスは、昨日、イギリスから聞いた様子を思い浮かべてみた。
イギリスが子供の頃に隠れたと言う場所の景色に心の像を合わせてみる。遠くに見えるブレナム宮殿と、横たわる川。大きな木がある隠れ場所。イギリスの背丈は、フランスより、すこし高いくらい。
トンミムが、嬉しそうな声で言った。
「フランス、それは座標だね!」
これが、座標になるの?
「より具体的な像は、より精度の高い座標になる。それに……、どうやら、その座標は、そう遠くない感じがする。ぼくたち、時の回廊を、過去に向かって吹っ飛ばされたのかもしれないね。もっと思い浮かべてみて。ぼくが、そこに引っぱっていってあげる」
よし、いいわね!
ここは、前向きに!
せっかく、ここまで来たんなら、真実を見に行きましょう。
フランスは、イギリスと親友のダラムが、ふたりで遊んでいる姿を思い浮かべてみた。
あのぐらいの身長なら、まだ騎士の叙任は受ける前の少年といったところかしら。
気に食わない授業を抜け出して、馬に乗り、いつもの隠れ場所へと向かうふたりの友人の姿が、フランスの心の中に立ち上る。
あの丘の上から、生徒をさがす先生を見て、くすくす笑いながら隠れたりしているんだわ。
「いいね。かなり、はっきり見えてきた!」
トンミムがそう言うと、ぐんとひっぱられる感覚があった。
ぐんぐんと引っぱられて、急に目の前が光につつまれたようになる。
あたたかい。
と、思った次の瞬間、寒い場所に放り出される。
目の前にあったのは、遠くに見えるブレナム宮殿と、横たわる川、それに草原、森。
だが、ブレナム宮殿は、今日フランスが見た姿よりも、小さいように見えた。
「ここが、過去……、エッ⁉」
フランスは自分の声にびっくりした。
なに、この声!
わたしの声じゃない!
フランスの喉から出たのは、まるで少年のような、青年のような、そのはざまにあるような、男の声だった。
そして、なんだかすーすーする身体を見下ろして、さらに叫ぶ。
「イヤーッ‼」
裸ァッ‼
男の股ァッ‼
「なにこれ、どういうこと、こわい~」
すると、頭のなかに、トンミムの声がひびいた。
『フランス落ち着いて。ぼく、きみの中身を見失わないように、ぎゅって抱えていたから……。どうやら、ぼくたち混ざっちゃったみたい』




