第308話 妖精王の心変わり
昼下がりの森から、狩猟笛の音が聞こえる。
フランスは、森の入り口付近に用意された天幕で、くつろいでいた。
ウリムが、大きな焼き菓子にかぶりつきながら言う。
「イギリスとヴラド、どっちのほうが大きい獲物を狩って来るかな?」
トンミムがお茶をふうふうしながら言う。
「ぼくは、ヴラドだと思うな」
フランスは面白がって聞いた。
「あら、なぜ?」
トンミムが、邪気のない声で言った。
「ヴラドは、昨日、馬上槍試合で負けた上に、はげちゃったんだよ? 今日勝てなきゃ、ほんものの敗者さ」
「ま……まぁ……」
なんという残酷な意見なの。
トンミムは、笑いながら弱り果てた者に蹴りを入れる、みたいなところがある。たまに。
でも、そうね。
今日もイギリスに負けちゃったら、ヴラドもさすがにへこんじゃうかも。
はげちゃったし。
フランスはあたたかいお茶を飲みつつ言った。
「今日は、ヴラドのこと応援してあげなきゃね」
ウリムも優しい声で言う。
「そうだよ。はげちゃったかわいそうな青い竜を、応援してあげないと」
トンミムも。
「おはげの竜、がんばれ」
あんまりはげって言わないであげて。
泣いちゃうわよ。
殿方が狩りに出ている間、ご婦人方は森のほとりでお茶会を開催する。そっちに行っても良かったが、いかんせん、月のもの二日目で、身体も心もどんよりしている。
イギリスが出るなと言わなくても、あんまり外に出たい気分にはならなかった。
でも、さすがにちょっと外の空気でも吸おうかしら。
フランスが立ち上がると、トンミムが首をかしげて聞いた。
「フランス、どこいくの?」
「ちょっと、外の空気を吸ってくるわ」
ウリムが食べていたお菓子を皿の上にもどして言った。
「じゃあ、ぼくも行く」
「あら、そんな遠くには行かないわよ」
「イギリスから、目を離さないでくれって頼まれているもの。見て。ぼくの一番右の目は、ずっと君から離れていない」
ウリムが動いても、六つある目のうち一番右の目だけが、フランスをとらえて微動だにしない。
その動き、こわいわ。
フランスはかなりびびりながら言った。
「す……すごいわ、ウリム。頼りになる」
ウリムとトンミムを両肩にのっけて、外に出る。
天幕の前には、ひらけた草地の先に森が見えていた。
森のなかでは、今ごろどんな感じで狩りが行われているのかしら。
ヴラドが、一番立派な獲物を狩っているといいけれど。
大きな鹿とか!
ん?
なんだか妙に静かね……。
近くでご婦人方が茶会をひらいているはずなのに、人の話すざわめきのようなものも、音楽も、何も聞こえない。
それに、天幕のまわりに、誰もいない。
護衛の騎士も、使用人のひとりも?
そんなことある?
そのとき、フランスの目の前の、草地の上に、真っ白なうさぎがあらわれて、目が合った。
美しい緑の目をしている。
愛らしいうさぎだ。
いつから、そこに?
うさぎは、ぴょんぴょんと、二度森のほうへとはねて、フランスをふりむいた。
フランスは、二歩進んで、そのうさぎに近寄った。
また、うさぎが跳ねて、フランスから離れて森へと近づく。
フランスも、うさぎがはねたぶんだけ、足をすすめた。
ウリムが肩先で言う。
「フランス。そのうさぎには、ついて行かないほうがいい気がするよ?」
「……」
ウリムに何か答えなきゃと思うのに、フランスの足はうさぎがはねるたびに前へと進んだ。
反対側の肩先で、トンミムが言う。
「フランス。これじゃあ、すっかりイギリスたちの所から離れてしまうよ?」
「……」
トンミムの言ったことは、はっきりと聞こえたはずなのに、なぜかその内容をうまくつかめない。
フランスはぼんやりとした心地で、ただ、うさぎがはねるのにあわせて、足を前へ、前へと進めた。
あたりがすこしずつ、霧につつまれる。
下草と、うさぎだけが見えた。
ここが、森の中か外かも分からない。
そのうちに、誘うようなゆったりとした笛の音が聞こえるようになった。
かすかに聞こえていた笛の音は、足を進めるたびに大きく、はっきりと聞こえるようになる。
そうして霧の先に、笛を吹いているものの姿があらわれた。
フランスの前をゆくうさぎは、その笛をふくものの足元に走ってゆくと、ことりと横向きに倒れた。
倒れたのは、木彫りのうさぎだった。
笛を吹いていた者が、それを拾い上げる。
フランスは、まだぼんやりとする頭で、そこにいる者の名を思い出して言った。
「……ロビン?」
ロビンが、元気のない様子で言う。
「やあ、フランス」
「ロビン、なぜここに——」
「わたしが命じた」
後ろからの声に、フランスは勢いよくふりむいた。
ぼんやりとした頭の靄が、急にはれたようになる。
オーベロンの姿が目の前にあった。
フランスは、妙な状況に警戒しながら言った。
「わたしに、何かご用ですか?」
フランスがそう聞くと、オーベロンはうなずいて答えた。
「ああ。きみに手伝ってもらおうと思ってね」
「……タイターニアのことですか?」
「そうだ」
オーベロンは、すこし考えるような仕草をして言う。
「過ぎ去ってしまったことを、あらためて知る必要はないと思っていた。だが……、気が変わった。真実を知りたい」
タイターニアが身ごもっていたことを知ったのだもの。
真実を知りたいと思うことは、まっとうなことに思えた。
フランスは、オーベロンの思いに歩み寄って言った。
「わたしに手伝えることであれば、協力します。ただ、イギリスたちに——」
「わたしが、愛したはずの者が、なぜ消えなければならなかったのか。その真実への鍵は、おまえだ」
フランスの言葉をさえぎり、そう言ったオーベロンは、たちまち姿を大きな白い竜に変えて、その大きな手でフランスをつかんだ。
そのまま、容赦なく飛び上がる。
フランスは、ウリムとトンミムが落ちないように、肩にいるふたりをつかんで耐えるだけで精一杯だった。
どこに行くつもり‼




