第307話 ムラついた魔王 VS 聖女の讃美歌
帝国に来て、アミアンが墓から掘り出されて、ひと段落したころ、ヴラドがフランスに言った。
「フランス。この城で、身近にひそむ危険が何か分かるか?」
フランスは首をかしげて言った。
「この城で?」
この城は、イギリスがフランスのために用意してくれた帝国の城だ。
城の中には使用人も騎士も少ないが、城の回りの警備はガッチガチだと聞いている。それに、この城にいるのは、かなり限られた者ばかりだ。
眠っているアミアンと、その世話をしに通っているダラム卿。そして、この城で生活しているのは、フランスとイギリスとヴラドと、あと、ウリムとトンミムだ。
イギリスは、仕事の時は外に出る。
今も仕事で出ているし、イギリスと会うために誰かがここに来るということもなさそうだった。
フランスは、口元に手をあて、悩みつつ言った。
「この城に、そんな危険はないんじゃない? まあ、ロビンは忍び込めていたから、妖精だったら、もしかして人にはバレずに入って来られるという危険はあるのかもしれないけれど……」
ヴラドが、いつになく真面目な顔で言う。
「いや、この城には一番の危険人物がいる」
「ええ。いないわよ。全員、安全よ」
ヴラドがため息をついて、しょうがないな、みたいな感じで言う。
「いいか。フランスにとって、この城で最も危険なのは、イギリスだ」
「イギリス⁉ なぜよ?」
「一番、フランスのことを襲う可能性が高い」
あ、それって、男女のあれ的なことで?
フランスは笑いながら手をふって言った。
「イギリスは、そういうことには興味ないと思う」
なぜかその瞬間、ヴラドだけでなく、近くにいたウリムとトンミムまで、フランスのほうを真剣な表情で見た。
せめるような表情で。
フランスは、急にこわくなって、姿勢をただして言った。
「え……。なに、わたし今、何か変なこと言った?」
ヴラドが、妙に真剣な顔でフランスの両腕をがしっとにぎって言った。
「フランス、それはあまりに残酷すぎる。その考えはあらためろ」
「え、そうなの? でも、今までイギリスとそういう、なんというか、色っぽいかんじの雰囲気になったことないわよ」
「そんな雰囲気になる環境じゃなかっただろ?」
「そう?」
「帝国に来るまで、どこにいた?」
「教会」
ヴラドが、おおきくため息をついてから言う。
「教会でムラつけると思うか?」
「……ムラつく?」
新しい。
なにその語感。
はじめて聞くのに、なぜかなんとなく意味が分かる。
不思議。
フランスは首をかしげつつ聞いた。
「教会ではムラつけないんだ?」
「そうだ。いや、どこでだってムラつけるやつもいる。でも、イギリスはそうじゃない。あいつは真面目ちゃんだからな」
「ふうん」
「だが、ここは教会じゃない。それに、いくらでも二人きりになれるし、いい感じの雰囲気になれそうな場所もいくらでもあるだろ?」
「そうなの?」
「そうだ」
ええ……。
全然、分からない。
いい感じの雰囲気になれそうな場所とかある?
どういうポイントでそれをわきまえればいいのか、全く見当もつかない。
聖女教育では習わなかった……。
それに……。
フランスは、なんだか不思議な気持ちで言った。
「でも……、イギリスが?」
正直、想像つかない。
だって、今まで、そんなこと一度もなかったし。
イギリスが頬にキスしてもらいたがったり、お互いの身体にふれあってじゃれつくようなことはあっても、そんなあやしい雰囲気になったことはない。
フランスが、うーんとやっていると、ヴラドが、フランスの腕をぽんぽんとやって言った。
「まあ、そういうこともあるってことは、ちゃんと自覚しておけよ。アミアンがいないから、おれがしっかり教えといてやる」
「うん。ありがと、ヴラド」
「どういたしまして、フランス」
フランスは、目の前にいる、男の姿をじっと見て考えた。
ヴラドは……、ムラついたり、しないわよね?
フランスが、じっとヴラドの顔を見つめると、ヴラドが「なんだよ?」といつも通りの表情で言う。
……。
ヴラドは……、大丈夫ね!
*
フランスは、おそらくムラついているイギリスを前にして、考えた。
どうするか。
この状況……。
ひとけのない場所で、背後には大きな木、片手を握られて、追い詰められている。
イギリスを正気にもどすには……、股を打つしかないか?
フランスは、あの股を打った時の感覚を思い出してぞっとした。
思い出しただけでも、なんだか内臓が上がる気がする。
息が止まり、声さえ出ないほどの、あの苦しみ……。
こわ。
あんなとんでもない痛みと苦しみを、イギリスに与えるのは気が引ける。かと言って、このままイギリスに妙な雰囲気で来られると、こっちがもたない。
うっかりキスしちゃうかも。
それは、まずいわ。
一回でもキスなんかしちゃったら……。
だめ、だめ!
絶対、だめ!
イギリスは、ちゃんと話を聞いてくれるわ。
たとえムラついていたとしても!
でも……、こういうのって、断ったら、イギリスが傷ついたりしないかしら。
難しいわね。
フランスは妙な雰囲気でせまってくるイギリスに向かって言った。
「イギリス、聞いて」
「ん」
ひいいい、耳元で妙に色っぽい声で返事するのやめてよね!
フランスは、心を落ち着けて言った。
「わたし、あなたがそうやって、わたしに近づいてくるのは嫌じゃないわ。嬉しいし、わたしもあなたと同じように近づきたいと思ってる」
イギリスが、ちょっと顔をはなして、フランスと目を合わせた。
よしよし。
この調子。
フランスは、イギリスの目をじっと見つめて続けた。
「ここであなたのことを拒絶したら、あなたが傷ついたり、気分を害したりしないかなって、こわい。でも……、できないの」
イギリスが、しょんぼりした様子で言う。
「キスも、いやなのか?」
「いやじゃないわ。そこは誤解しないで」
フランスはイギリスの頬にふれて言った。
「わたし、あなたのことが好きよ、とっても。だから、キスしちゃったら、もうあなたのこと拒めないと思う。キス以上に、あなたにくっつきたくなっちゃうかも。だから、できない。……分かってくれる?」
「……」
黙ってしまったイギリスに、不安になる。
「怒っちゃった?」
イギリスが、フランスの肩に顔をうずめて言った。
「怒ったりしない。ちょと、落ち着くから……」
「……うん」
「……」
フランスの肩に顔をうずめて、大きく息をはいたイギリスに向かって、提案してみる。
「ピュイ山脈の景色思い出してみる?」
「思い出してる」
思い出してるんだ。
綺麗な景色。
「……」
「……」
フランスは、気をつかって言った。
「讃美歌うたってあげようか?」
「たのむ」
フランスが讃美歌をうたうと、すぐにイギリスが顔を上げて、すん、とした顔をして言った。
「落ち着いた」
……。
は?
なんか、ムカつくわね。
そこまで萎える歌声ってこと?
口げんかしながら観覧席まで帰ることになった。




