第304話 馬上槍試合
フランスの目の前で、聖女フランスの姿をしたイギリスが、完全にぶすーっとした顔で椅子に座っている。
かわいそうに。
狩り用の衣装って、舞踏会用と違って、そんなに締め付けたりもしないし、身動きしやすいけれど、防寒対策で重たい上に……。
まさかの月のものまで来ちゃって、完全に、ご機嫌ななめだわ。
フランスたちは、朝に支度をすませてブレナム宮殿を出発し、狩りが行われる森の近くまでやってきていた。
森の近くの平原は、大規模な野営地のようになっていて。貴族たちがそれぞれに建てた天幕がずらりと並んでいる。
それぞれの家門の紋章がでかでかと入った天幕だ。
どれも競い合うように立派だった。
しかも、派手。
その天幕の群れからすこし離れた場所に、皇帝用の天幕が建てられていた。赤い竜の紋章が入った、一番大きな天幕だ。
フランスはその天幕の中で、過ごしていた。
ヴラドとウリムとトンミムは、午前からすでにはじまっている馬上槍試合を観に行った。
イギリスが、ぶすーっとした顔で言う。
「わたしも、見に行きたかった」
「お腹痛いんでしょう? 外に出て冷えたら余計にいたくなるわよ」
フランスがいれたお茶を手渡すと、イギリスがちびちびと飲んだ。
動くと痛いのか、お茶を飲むのもおそるおそるだった。
そして時々襲ってくる激痛に、硬直する。
もう何回も過ごしているけれど、月のものはやっぱりつらそうね。
それなのに、イギリスは試合を観に行こうかと、悩んでいるようだった。
フランスは、やれやれと言った。
「馬上槍試合の、何がそんなにいいのかしら。見ているとこわいわよ」
あの試合を喜んで見ているのは、ほとんど男だ。
女も楽しんでいるが、男たちのほうが相当盛り上がっている。
午後になってフランスとイギリスが入れかわると、すぐにイギリスは試合の用意のために出ていった。
フランスは、使用人と護衛騎士にかこまれながら、試合会場に向かった。
用意されていた観覧席で、ヴラドとウリムとトンミムが、すでにめちゃくちゃに盛り上がっている。
「すっごい、楽しそうね」
フランスが声をかけると、ヴラドが楽しそうに答えた。
「フランス! 遅かったな。せっかく楽しいのに、もうそろそろ終わりだぞ」
「あら、これから、あなたの試合でしょ?」
ヴラドが、にやっとして言う。
「イギリスのこと、落馬させてやる」
「楽しみにしているわ」
すぐにヴラドも準備のために出てゆき、しばらくすると、特別試合が開催された。
ヴラドがはたして観客の前で立派に戦えるのか不安だったが、『馬上槍試合なら大丈夫』という謎の自信をもって出ていった。
なんなら、ここ最近のヴラドの楽しみは、もっぱら馬上槍試合の準備のようだった。
どういう理屈かまったく分からない。
男の馬上槍試合にかける情熱は一体何なのか、まったく理解に苦しむ。
いつもは試合に参加することのない皇帝の参加に、会場はすごい盛り上がり方だった。
ヴラドの紹介には「どちら様?」みたいな空気があったが、それもすぐに吹き飛ぶほどの盛り上がり方だった。
だが、実際にイギリスが馬に乗って出てくると、みんなおそれるように目をふせる。イギリスが完璧に兜をかぶって、顔を見えないようにすると、みんな安心して顔をあげるようだった。
相変わらずの空気ね。
それにしても。
流石に皇帝陛下の乗る馬は、すごい!
派手ね~!
かっこいいけれど、それって、試合できる?
いやまあ、馬上槍試合ってそんなに動くことないか。
人にも馬にも、たっぷりと豪華な布がかけられている。
馬上には完全に鎧に包まれた、イギリスとヴラドの姿があった。
どちらも、豪華に装飾されて、本当の姿は何も見えない。だが、イギリスの馬は赤い装飾をまとい、ヴラドの馬は青い装飾をまとっている。
顔が見えなくても、これは分かりやすいわね。
あ、顔が見えないから、ヴラドも出られるのかしら。
イギリスとヴラドは向かい合って槍を持ち、お互いに向かって馬をかけさせる。
観客席から、はげしい応援の声が上がった。
わああ、こわいい。
お願いだから怪我しないでよ、ふたりとも!
フランスが、ちょっとこわくてのけぞり気味に見ていると、ウリムとトンミムが興奮した様子で叫びまくった。
「いっけええええ! ヴラドおおお! イギリスのこと、ぶっとばしてやれえええ‼」
ウリムぅぅ、どうしちゃったのおお。
ウリムは完全に興奮しているように見えた。背中の炎がびっしびしに燃えている。
「イギリスやれえええええ! ヴラドのこと叩き落とせええええ‼ 脳天かちわってやれぇぇえええ‼」
かわいいトンミムがぁぁ。
つぶらな瞳がこわい感じで大きくなっている。こちらも尻尾の先の炎がびっしびしに燃えていた。
だめね。馬上槍試合は、男たちをおかしくするんだわ。
どっちも、落馬なんてさせられたら、立ち直れないんじゃない?
落馬って、騎士にとって、すごく不名誉なことだもの。
イギリスとヴラドが、槍をかまえたまま馬を思いっきりかけさせて、すれ違いざまにお互いを攻撃する。
イギリスの槍が、ブラドの鎧にあたり、先端がくだけ散った。
ひええ、こわい‼ こわい‼
槍先は試合用につぶしてあるって分かっていても、こわい!
両者態勢を整えて、また向かい合う。
そして、お互いに向かって、思いっきり馬をかけさせる。
次は、ヴラドがイギリスに槍を当てて、槍の先端が折れた。
ウリムとトンミムが、わあわあ言ってもりあがる。
観客席も、大興奮の盛り上がりっぷりだった。
フランスは、こわくて、かなり目を細めながら見た。
鎧を着ていても、痛そう……!
歓声が上がるなか、次の回では、両者の槍がおたがいの身体にあたったが、その瞬間、それぞれの馬がおかしな動きをした。
衝撃にたえられなかったのか、馬が、後ろ足を震わせて、動きを乱す。
ふたりの力の強さに耐えられなかったのかしら。
ヴラドの馬が、おそれるように後ずさっって、暴れはじめる。
棄権か! どうだ! とウリムとトンミムが盛り上がった。
ヴラドが馬を降りる。
馬番が走ってきて、暴れる馬を三人がかりでなだめた。
馬が怪我してなきゃいいけど。
イギリスも馬を降りた。
どちらの馬も、馬番たちに引いて行かれる。
「馬をかえるのかなあ」
トンミムがわくわく声で言う。
すると、ヴラドが突然、青い竜に姿を変えた。
あたりから悲鳴があがる。
そして、青い竜は、大きな口をぱかーっとあけて、目の前にいる皇帝イギリスをぱくっとやった。
えっ‼
一瞬、悲鳴がやんで、あたりがしんとなる。
青い竜の口の先から、皇帝の足だけが見えていた。
うそでしょ、うそでしょ。
何やってるの、ヴラド‼
そんなもの、食べちゃダメでしょ‼
すぐに、イギリスが赤い竜に姿を変えて、怒ったように吼えた。
あたりに、さっきよりも強烈な悲鳴が満ちた。
あああああ、言わんこっちゃないわ‼
ウリムとトンミムが「喧嘩だーッ‼」と大盛り上がりした。




