第302話 魔王がどうしても欲しいもの
フランスは、アミアンの身体をふき、髪をきれいにとかしつけたりしながら、数日前のことについて思いをめぐらせていた。
もうずっと、考え続けている。
結局、オーベロンの記憶の中では、赤い竜が身ごもっていた、ということしか分からなかった。
オーベロンの他に、当時タイターニアと接触していたものについて、心当たりがないか聞いたが、オーベロンはただ首を横にふっただけだった。
彼は、タイターニアが身ごもっていたという話を聞いても、実感がないのか、ただ「そうか……」と無表情に言っただけだった。
まあ、そうよね。
それを、聞いてもどうしようもないことよ。
ただ、残酷な話を聞かせてしまっただけかもしれない。
タイターニアも子供も、今は、ここにいないのだから。
フランスはため息をついた。
オーベロンと人の娘とのことが、何度も頭の中にくりかえし、よみがえる。
老いて先に行くもの、残されるもの。
それは、ひどく残酷だった。
片方だけが若い姿のままで、片方は若さを失い、老いて姿を変え死に向かってゆく。それは、実際に見てみると、ひどくそわそわさせられた。
まるで不釣合いになってゆく姿に、まざまざと違いを見せつけられることになる。
きっと、どちらにとっても、つらいことかもしれない。
フランスは、美しく整えられたアミアンの額にキスして言った。
「あなたは、癒された」
光が、心のうちをなでる。
「アミアン、また、あとで来るね」
フランスがアミアンの部屋を出ると、扉の外にイギリスが立っていた。
「あら、イギリス、まだお仕事中じゃないの?」
「ああ、すこし時間があいたから」
「そう。お散歩できるくらい?」
「うん」
イギリスの腕にくっついて、すっかり慣れた城の中をあるく。
歩きながら、イギリスがちょっと申し訳なさそうに言った。
「フランス」
「なあに」
「三日後に、狩りがある」
「まあ、そうなの?」
「ああ。今回、参加するのはやめようと思っていたんだが、思ったよりも反対が多くて、やはり出席することにした」
狩りか。
大規模なやつかしら。
フランスは、帝国の貴族たちが集まる狩りの様子を想像しながら言った。
「狩りだと、しばらくここを離れて過ごす感じね?」
「ああ。五日かけて行われる」
貴族がする狩りって、大きいイベントだもの。
そのくらいの期間なら、まだかわいいものね。
フランスは、ちょっと考えて言った。
「皇帝陛下が参加しなきゃいけない狩りだもの、伝統行事とか?」
「そうだ。儀式的なもので、赤い竜を打ち倒した日に、帝国の礎となった公国があった場所で狩りをするんだ」
「へえ、どういう儀式なの?」
「一番大きな獲物を精霊に捧げる儀式だ。公国があった場所や、帝国の多くの領地は、古くから妖精信仰が文化的に根付いているからな」
「帝国って、妖精の国って言われているものね。実際に、妖精の国とつながっているし」
帝国に来てすぐに、ロビンがあらわれて、妖精の国にも行ったし、妖精の王様にも会った。教国じゃ、考えられなかったことばかりだ。
イギリスが、フランスの言葉にうなずきながら続ける。
「昔は、妖精がたまに、人里に出てきたりもしていたからな」
「イギリスも昔、妖精見たことあったの? 赤い竜以外で」
「あった。ひとり、たまに顔をだす妖精がいた。妖精があらわれるのは縁起がいいから、どこでも歓迎されていたな」
「そうなのね」
「ああ。今回の儀式だが、公国があった場所で狩りを行い、一番大きな獲物を赤い竜に捧げるんだ。公国を襲った存在だが、赤い竜も妖精だ。死んでしまった精霊をなぐさめるための儀式なんだ」
「それは、皇帝陛下が出ないといけないわ。帝国のはじまりに関する儀式のようなものでしょ」
「そうだな。帝国の基礎的な行事で、毎年多くの名のある貴族が集まって行われる大規模な狩りだ」
「それは、出なくちゃ」
「……」
イギリスが、じっとフランスの顔を見つめた。
何、その含みのある顔。
イギリスが、真剣な顔で言う。
「一緒に来てくれるか?」
「あら、そんなの、行くって言うに決まっているじゃない。聖女フランスが、幽閉なんかされずに、ちゃんと活動しているって見せびらかすにも、いい機会だし」
「……」
またイギリスが含みのある顔で、じっと見てくる。
フランスは、こわくなって眉をぎゅっとやってから、言った。
「なに?」
「狩りの一日目は、催しとして馬上槍試合がある」
「ほう」
馬上槍試合かぁ。
男たちが大好きなやつね。
イギリスが、大まじめの顔で言う。
「勝った騎士は、目当ての女性のゆるしがあれば、花と口づけをたまわることができる」
「……」
「……」
お互い、うかがうように見つめ合う。
フランスは、おそるおそる聞いた。
「口づけって、どんな口づけ?」
「頬に」
フランスは、気をゆるめて、イギリスの腕を叩きながら言った。
「なんだ! びっくりするじゃない! とんでもない口づけかと思った!」
「……」
え?
まさか。
フランスは、真面目な顔でこっちを見ている、イギリスに、一応聞いた。
「え? もしかして、馬上槍試合に参加しようとしてる?」
イギリスがうなずく。
いやいや。
大丈夫、それ?
多分だけど、それって現役の若い騎士がやるやつよね。
皇帝は普通参加しないんじゃないの?
フランスは、ちょっと引き気味に言った。
「それ、皇帝陛下が参加なんてしたら、全員棄権しない?」
「……やっぱり、そう思うか?」
「いや、そうでしょ。誰が皇帝に向かって槍を思いっきり突き刺せるのよ」
しかも、あの空気で。
あの、直視できないくらいの、おそれられっぷりで!
イギリスがすねたみたいな顔で言う。
「馬上槍試合で、意中の女性から口づけをたまわるのは、騎士の何よりの栄誉だろ」
なんで、そんなことにムキになるんだろ。
頬に口づけなんて、毎日しているのに。
何が違うのか、まったくわかんないけれど。
まあ、でも、なんだか特別感があって、素敵かな?
想像してみると、ちょっとロマンチック?
いや、やっぱ、分かんないや。
フランスは、何の気なしに言った。
「ヴラドと試合すれば?」
イギリスが、ハッとした顔をしたあと、それだ! みたいな顔をした。
かわいいわね。
あ、でも、なんかまずい気がするな。
また、竜の姿で暴れたり……しない?
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おまけ 他意はない豆知識
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【馬上槍試合】
中世からルネサンス(12~16世紀)にかけて西欧で流行した、騎士の技量を争う競技。あんまり人気すぎて禁止令を出すところもあったとか。海をわたってでも参加しようとする者もいたという、とんでもない超大盛り上がりイベント。




